第237話 くっころ男騎士と離間作戦
翌朝。朝食後、僕は会議室にソニアとジルベルトを呼び出していた。むろん、昨日の会議の結果をふまえ、今後の方針について話し合うためだ。
「やはり、エルフは難物ですね」
食後の香草茶をすすりつつ、ソニアがため息をつく。こちらの要求を通すことには成功したものの、昨日の交渉はなかなかにハードだった。エルフたちはひどく強情で、かたくなだ。話し合いの相手としては、正直かなりつらいものがある。
「正直、すべてが上手くいって"正統"との和平が成ったとして……末端が従ってくれるのかは、怪しいように思えます。いや、末端だけではなく中枢も」
うなるような声で言うジルベルトに、僕は頷いて見せた。脳裏に浮かぶのは、昨日のダライヤ氏との会話だ。夫子を"正統"に殺され、復讐に狂ってしまったという長老のヴァンカ氏……彼女は、間違いなく我々の妨害に出てくるだろう。
「結局のところ、一番厄介な部分は……こちらに好意的な人間も、否定的な人間も、同じく"新エルフェニア帝国"というタグがくっついているというところだ」
僕は会議机の天板を指先でなぞりながら、思案した。"新"は"正統"とちがい、明確な旗印を持たない。単純に、行く場所がない連中が群れているだけだ。だからこそ、内部には様々な思惑をもった人間がいる。
こういう無秩序な集団と、マトモに交渉しようというのがまず難しい。一度決まった約束も、内部のゴタゴタにより反故にされてしまう可能性が多々あるからな。
「"新"には、いったん滅んでもらうしかないかもしれない」
「戦争ですか」
ジルベルトが、その形の良い眉を跳ね上げた。
「やれと命じられれば、もちろんやりますが……正直、あまり良い手のようには思えません。おそらく、勝てたとしても多大な被害を被ることでしょう」
こういう、面と向かって否定をぶつけてくる部下っていいよな。厄介ごとについて話し合っているというのに、僕はなんだかホンワカした心地になった。指揮官が不適当と思われる方針を打ち出したときは、しっかり反論をする。これが参謀のあるべき姿だ。指揮官としてきわめて有能なジルベルトではあるが、幕僚としてもやはり優秀である。まったく、僕は良い部下をもったものだな。
「だろうね。それに、こちらの勝利条件は交易路の保護だ。全面戦争が発生した時点で、我々の負けだよ」
戦わずして勝つ、これが戦略の理想だ。無意味に戦いを挑むなど、下策も下策である。
「しかし、"新"は危うい組織だ。叩き割るのにハンマーを使う必要はない。軽い力でつついてやれば、勝手にバランスを崩して自壊しそうな気配がある」
「なるほど、内部分裂狙いでしたか。失礼いたしました」
「いいや、ジルベルト。君は何も失礼なことなどしていない。そのままの君でいてくれ」
イエスマン(ウーマン)の幕僚なんて、単なる無駄飯ぐらいだからな。僕がニヤリと笑ってそう言うと、彼女は少し顔を赤らめて頷いた。
「つまり、
愉快そうな顔で、ソニアが言う。こういう搦め手じみた作戦は、ソニアの得意とするところだ。大貴族の当主としての教育を受けているだけあって、清濁を併せ呑む度量が彼女にはある。
「そうだ。こちらの手に負えないような過激派は、エルフたち自身の手でパージしてもらう」
内戦を止めるために内戦を起こすというのもおかしな話だが、もうどうしようもない。話し合いだけで解決するのならば十年でも二十年でも付き合うが、おそらくそれは無理な話だろう。エルフたちの好戦性は尋常なものではない。
まあ、不幸中の幸いもある。エルフたちが、我々を侵略者として認識していない点だ。このカルレラ市が建っている場所も、もとはエルフたちの土地だっただろうにな。入植者と原住民の
エルフたちから延々敵視されたままでは、領地の発展などままならないだろう。しかし、今であれば容易に取り込むことができる。タイミングがいいといえば、タイミングがいいだろう。ラナ火山噴火以前に入植を始めていたら、これほどスムーズに話は進まなかったはずである。
「まずは、"新"内部をグズグズに溶かす。食料を流し込みつつ、有力者をこちら側に取り込んでいくんだ。食わせて飲ませて抱かせれば、おそらく少なくない数のエルフはこちらに傾くだろう」
エルフが快楽に弱いのは、捕虜のリケ氏に対する実験で実証済みである。最初は強情に見えても、接待漬けにしてしまえば堕ちるのは早い。
「食わせて飲ませて、まではなんとかなりますが……抱かせる、ですか」
ちょっと不審そうな様子で、ソニアが聞いてきた。まあ、カルレラ市はド田舎だからな。有力者の篭絡ができそうな高級男娼など、当然いない。
「ウン。とりあえず、アデライド宰相に男娼の調達を頼んである。近いうちに、こちらに到着するだろう」
実際、"新"の連絡員を篭絡するための男スパイ連中は、すでに活動を開始している。現在、使用人を装って連絡員たちに接近中だ。寝技めいた戦法はアデライド宰相の得意とするところであり、このあたりの手際は非常に良い。
「なるほど。……それは良いのですが、まさかアデライド本人も来たりはしないですよね?」
ソニアはひどく嫌そうな顔で聞いてきた。まあ、彼女とアデライド宰相は犬猿の仲だからな。そりゃ、顔を合わせたくないだろうが……残念なことにそうは問屋が卸さない。
「いや、しばらくしたら来るよ。正直、エルフ案件は僕の手には余る。こういうときは、上司を頼るに限るからさ。救援を頼んでおいたよ」
実際、あの人はこういう外交戦は得意中の得意だからな。僕が指揮するより、よほど巧みにエルフたちを丸め込んでくれるだろう。……まあ、残念なことに宰相閣下は現在多忙らしいからな。今すぐ来るという訳にはいかないらしいが……。
「チッ!」
憎々しげに、ソニアは舌打ちした。……そこまで嫌うことはないと思うんだけどなあ。ちょっとケツを撫でまわしたり卑猥な言葉をかけたりしてくる以外は、いい人じゃないか。身分差がなかったら、求婚してるところだぞ。いやまあ、ガレアの貴族社会では男から求婚するのはアウト気味の行為なんだが……。
「まあ、今は宰相閣下のことはさておいてだ」
こほんと咳払いして、僕は香草茶で口を湿らせた。
「当面の方針としては、"新"内部で我々のシンパを増やすことを最優先とする。それと同時に、"正統"との和平を強力に後押ししていくわけだ。こうすれば、過激派たちは自然と焦燥を深めていく……」
「そして暴発しかけたところを、エルフたち自身の手で始末してもらう。そういうことですか」
「その通り!」
さすが、自慢の部下たちは話が早い。僕は満足して頷いた。
「むろん、危険もある。まず間違いなく、過激派は僕たちに妨害を仕掛けてくるだろう。直接的な暴力に訴えかけてくる可能性も、十分にある。しかし、だからこそ焦らず、ゆっくりと、確実に"新"の中枢へと浸食していくんだ」
要するに、リケ氏に対してやったことをそのまま拡大して"新"全体に仕掛けていくわけだな。
「なるほど……よい作戦のように思えます。わたしとしては、賛成ですね」
「同感です。あんな連中の内戦に巻き込まれて、自慢の部下たちをすり減らすような真似はしたくありませんし」
ソニアもジルベルトも、しっかりと頷いてくれた。どうやら、異論はないようである。……いやー、ほんとに我がリースベンは上意下達がラクでいいね。憔悴しきったダライヤ氏の顔を思い出して、なんだか申し訳ない気分になった。部下にイエスマンしかいないのも問題だが、だからといってあそこまで無秩序なのは論外だよなあ……。
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