第231話 くっころ男騎士と捕虜返還

「お、おはんはダレヤ婆様ん近侍ん……」


「へい。大婆様ん傍仕えを務めさせていたでちょりもす、ウル・フォリアンにごわす。貴殿がリケ・シュラントどんじゃな? お話は伺うちょります」


 翌日の朝。領主屋敷の中庭では、捕虜のエルフと連絡員のカラスが向かい合って頭を下げてあっていた。僕は昨日の耳かきにより、リケ氏に対する懐柔工作はおおむね完了したと判断した。そこで、計画を次の段階に勧めようと考えたのである。

 具体的に言うと、キャッチ&リリースだ。いったん彼女を解放し、自分の意志でこちら側へ寝返ってもらおうというのだ。敵を味方にするときは、自分の手で退路を断ってもらうのが一番確実で安心できるからな。

 まあ、そのまま戻ってこない可能性もあるが……あそこまでやったんだ、たぶん大丈夫だろう。それに、彼女からは既に必要な情報はすべて聞き出してある。万が一逃げ出したとしても、こちらは損をしない。


「そ、そん、なんちゅうか……」


 リケ氏はひどくしどろもどろになっていた。今すぐ逃げたそうな様子だ。……まあ、機能あんなことになったばかりだからな! さぞ気まずかろうよ。

 ちなみに、気まずそうなのはウル氏も同じだ。なにしろ彼女ら"新"は先日の襲撃事件で失態を演じたばかりだ。その件に関しては一応謝罪は受けているのだが、この件に加えさらに昨日"新"の連絡員エルフが"正統"の連絡員とトラブルを起こしている。そりゃあ、居心地が悪いだろうさ。


「あてはカラスじゃっで、エルフん方々ん考え方はいめちようわかりもはん。とにかっ、無事でないよりじゃ」


 にっこりと笑って、ウル氏は折りたたみ椅子にリケ氏を座らせた。この辺りの柔軟性は、カラス鳥人ならではだ。現在我々はエルフの"新"側連絡員も受けて入れているが、今回はそういう連中は呼んでいない。あの連中は、正直言ってだいぶ頭が固いからな。リケ氏に心無い言葉をぶつけてきそうな気がする。


「せっかっんご馳走じゃ。冷むっ前に頂いてしめもんそ」


 椅子の前には、たくさんの料理が乗ったテーブルがあった。今日の朝飯である。エルフェニアの連中の態度を柔らかくするには、ウマイ飯を食わせるのが一番だ。そういう訳で、昨日に続き今日もご馳走である。まあ、ド田舎のリースベンなりのご馳走なので、メインディッシュは豚の生姜焼きだが……。


「お、おお! そん通りでごわす。はよ食べよう」


 リケ氏は首をぶんぶんと振ってから、気を取り直したように笑った。僕は彼女に笑い返し、自分も席に着く。食前のお祈りをしてから、食事開始である。ちなみにエルフやカラスは、当然ながら星導教式のお祈りはしない。手を合わせて一礼するだけだ。日本人のやる「いただきます」に近いかもしれない。


「リースベンでは良う肉が出てくっね。故郷さとじゃあまり食べられんで嬉しか」


 それからしばらく後。油の乗った豚バラを頬張りつつ、ウルがそんなことを言い出した。この頃彼女はよく『あーん』を求めてくるのだが、流石に今日は控えている様子だ。いつものように、足の指で器用にフォークを握っている。


「エルフは弓の名手ばかりだろう? 君たちの村は森の中にあると聞いている。獲物はそこかしこに居るのでは?」


「まだエルフが沢山残っちょった時分に、食い物になりそうな動物はほとんど狩り尽くしてしもたんじゃ。今じゃ、獲物はほとんど残っちょらん」


 大量の豚肉を白ワインと共に喉奥へ流し込んでから、リケ氏がそう説明した。豪快な食べ方だが、容姿がとんでもなく美しいので不思議と絵になってしまう。ズルいよなあ、美人ってさ。


「陸ん幸だけじゃなか。川ん幸もじゃ。あれだけ大きかエルフェン河も、今じゃ小魚ばっかいか」


 エルフェン河というのは、このリースベン半島を縦断するように流れている大河だ。僕らの住むカルレラ市も、この川のほとりにある。


「リースベンに大型の動物や魚がいないのは、そういう理由だったのか……」


 フォークで豚肉をいじりつつ、僕は唸る。猟師(あの狐っ子のレナエルだ)から聞いた話だが、リースベンは獲物になるような動物があまりいないのだという。彼女自身、普段狙っているのは小鳥類だと言っていた。これだけ森の深い土地だというのに、なぜこんなに動物相が貧弱なのかと首をかしげていたのだが……なるほど、その原因はエルフたちだったのか。


オイが生まるっ前は、エルフだけで何万人もおったちゅう話なんじゃが。そりゃあ、どしこ森が広うとも、狩猟と採集だけで全員食べさせていっなんて無理な話やったんじゃ……」


「大昔ん話じゃなあ。カラスんあてからすりゃ、もうほとんどおとぎ話くれん感覚ど」


オイもそうじゃ。エルフちゆてん、ラナ火山噴火以降ん生まれなんじゃっで……」


 二人はしみじみと語り合いながら、ワインを飲んでいる。酒が入ったせいかウル氏の対応が良かったのか、リケ氏からは先ほどまでのぎこちない雰囲気が消えていた。


「……はあ、じゃっどん良かねぇ、こん国は。食べ物も酒もたくさんあっ。いっそ、こっちに住み着こごたっような心地になっちょっじゃ」


 空になった酒杯をひらひらと振りながら、ウル氏が突然そんなことを言い始めた。いきなりなんてことを言うんだこのカラス娘は。あんた一応一国の代表者一行だろうが。亡命をほのめかすような発言はちょっと不味いんじゃないのか?

 少々面食らってしまったが、どうもウル氏は何かしらの意図があってこんな発言をしたようだ。彼女は薄く笑いながら、リケ氏の方を見ている。……なるほど、暗に新エルフェニアには帰ってこないほうがいいと言っているわけか。


「……」


「本国に帰ってん、出てくったぁ芋がちょっぴり入った雑草ん煮物ばっかいど。貴殿も、こちらで新しか生業を見つけた方が良かかもしれもはん」


「わ、分かっちょっさ。オイがもう、故郷くにに戻れんていうたぁ。こげん恥を晒してしもた以上は……」


 リケ氏はフォークをぐっと握り締め、深く息を吐いた。この様子だと、"新"は捕虜返還要求をしてこないようだな。単純に捕虜を容認しない文化なのか、それとも兵力が一人分回復するよりも食料消費が一人分減るほうが大切なのか……両方あり得そうで嫌だなあ。


「なあに、我らとリースベンが盟を結べきびれば、こん街にも大勢んエルフがやってくっごつなっやろう。そうすりゃ、貴殿はいっばんの先輩になっわけじゃ。こんた、そう悪か事じゃなかやろう?」


「まったく、カラスは現実的にごわすなあ……」


 少し呆れた様子で、リケ氏は肩をすくめた。しかし、その顔には晴れやかな笑みが浮かんでいる。どうも、故郷に対する未練を吹っ切ったようだ。ウル氏がにやりと笑って酒杯を突き出してきたので、僕はそれにワインを注いでやる。

 ……ううーん、これは……ウル氏はこちらの思惑を読んでいたのかな? だとしたら、うまく躱された形になるが……とはいえ、積極的に妨害してこようという様子もない。彼女はどういう目的で動いているのだろうか……?

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