第197話 くっころ男騎士とロリババアエルフ(2)

 リースベン半島の中央にある火山が、百年前に噴火を起こした。ダライヤ氏のその言葉が真実なのかどうか、僕は少しの間考え込んだ。大規模噴火が起きたのであれば、その影響はリースベンだけにはとどまらないはずである。王国史の中に、それらしい記述があったような……。


「そういえば、百年ほど前にガレア南部に大量の火山灰が降り注ぎ、冷夏が続いた時期があったな」


「十年戦争の引き金を引いた出来事ですね」


 十年戦争と言えば、ガレア王国と神聖帝国が直接激突した大戦争だ。名前の通り戦争自体は十年ほどで終結したが、その火種は終戦したのちも随分と後を引き、幾度となく大小の戦乱を引き起こした。そんな歴史上の大事件の引き金を引いたのが、リースベンの火山だというのだろうか?


「時期が被っているのだから、まあ原因は我らがラナ火山じゃろうな。まあ、それはさておき今は我らの帝国の話をしよう」


 こほんと咳払いをして、ダライヤ氏は香草茶を飲み干した。僕はちらりと従卒に目配せをして、お代わりを持ってこさせる。


「おお、気が利くな。感謝する。……噴火の影響は、すさまじいものがあった。ラナ火山のふもとにあった我らが帝都に火砕流が直撃し、全滅。これだけでも、頭を抱えたくなるような大損害なのじゃが……」


「被害はそれにとどまらなかった、と」


「うむ。一番の問題は、溶岩ではなく火山灰じゃった。帝国全土の農地が、降灰によって使い物にならなくなってしまったのじゃ。おかげで、とんでもない飢饉ききんが起きた。首都が全滅し、さらには食料危機まで起きた……もはや、状況を収拾できる者は誰もおらん」


 その愛らしい顔に苦々しい表情を浮かべつつ、ダライヤ氏は深いため息をついた。寿命の長いエルフたちにとっては、百年前などさして昔の話ではないのだろう。


「結果、帝国は崩壊。熾烈な内乱も発生した。同族同士で食料を奪い合う、恐ろしく悲惨な戦いじゃ。……いや、エルフだけならまだよい。しかし、問題は只人ヒュームじゃ。奴らは寿命が短く、身体も弱い。我らの帝国に住んでいた只人ヒュームの数は、わずかな期間で一割未満まで減少した」


「い、一割」


 ジルベルトが生唾を飲み込む。この話が本当なら、とんでもない話だな。これが竜人ドラゴニュートや獣人のような短命種の国の出来事なら、地域全体から人類が消え去っていてもおかしくはない。


「農地の激減は慢性的な食糧不足を招き、内乱はひどく長引いた。やっと戦争が終わり、新たなるエルフェニア帝国が建国されたのが……ええと……二、三年くらい前の話じゃったかな、ウル」


 ウルというのは、どうやら従者のカラス娘らしい。相変わらず足をつかってカブガブバクバクとこちらの糧食を食い散らしていた彼女は、じっとりとした目つきで主人を睨みつけた。


「新エルフェニア帝国ん建国は、あてが生まれた年ん話ど。あてが二歳や三歳に見ゆっと?」


「……見えんのぅ」


 カラス娘はため息を吐き、こちらをちらりと一瞥する。


「大婆様はびんたはシャッキリしちょっが、長生きしすぎて時間ん感覚があいめになっちょっ。こんしん言葉は話半分に聞いちょいた方がよかよ」


 彼女の言葉はひどく訛っている。言いたいことはなんとなくわかるが、その理解が正しいのかはいまいちわからない。困惑しつつも頷いて見せると、ダライヤ氏が半笑いになって手をひらひらと振って見せた。


「エルフ訛りじゃ。オヌシらには、少々聞き取り辛いじゃろう。こちらの人間は、エルフも鳥人もみなこのような言葉遣いをする。今のうちに、慣れておいたほうが良いじゃろうな」


 方言のような物だろうか? まあ、この世界には全世界共通語のような都合の良い存在はないからな。ギリギリ意思疎通できる程度には言葉が通じるというだけでも、ありがたいと思わねばなるまい。

 カラス娘の言葉遣いがこちらでの標準だとすると、ダライヤ氏はわざわざこちらに合わせた言葉を使ってくれているわけか。うーん……わざわざ言葉の通じやすい人材を寄越してくるあたり、やはり向こう側にも交渉の意志自体はあるのかね? とはいえ、新エルフェニア帝国云々の情報は、すべてダライヤ氏からもたらされたものだ。彼女が嘘八百を並べ立てている可能性もある。十分に警戒しておく必要がありそうだ。


「それはさておき、問題はわが国の現状じゃ。なんとか内戦は終わったが、相変わらず政情は不安定なまま。しかも百年近く延々と戦い続けていたわけじゃから、農地の再建も進んでおらん」


「食料不足が続いているわけか」


「うむ。我らが何十年も内乱に興じている間に、農地のほとんどは森に還ってしまってのぅ……今や我らは狩猟・採取生活に逆戻りよ。ワシの生まれたころ……五百年ほど前より、よほど原始的な生活を強いられておるのじゃ」


「大婆様はエルフ芋が伝来すっ前ん生まれやろう。少なかどん、千歳以上なんな間違いなかはずど」


 またまた、カラス娘がジト目で指摘した。ダライヤ氏の顔が真っ青になる。


「……ウソじゃろ?」


「なんで嘘をつっ必要があっとな」


「ワシはもう四桁歳になっちょったんか。えーころ加減往生そごたっね……」


 ビックリするほど渋い顔でため息を吐いてから、ダライヤ氏は交渉茶をガブ飲みした。……えっ、なに、この人千歳オーバーなの? 滅茶苦茶好みなんだけど! ……いやいや、今はどれどころじゃない。寿命が長いということは、それだけ経験の蓄積も多いということだ。戦えば、とてつもなく手強い相手になるのは間違いないだろう。


「ま、まあ、ワシの歳なんぞどうでもよい。話をもとにもどすぞ」


「は、はあ……」


「食料不足も深刻じゃが、問題は他にもある。只人ヒュームの人口も回復どころか減少し続けておるのじゃ。このままでは、新エルフェニア帝国は建国から百年とたたず滅んでしまう」


 千年オーバーの寿命があるなら、男不足はそこまで深刻な問題じゃない気がするんだがな。しかし、エルフたちが積極的に男性を拉致しているのも事実だ。何か事情があるのだろうか? ううーん……まあ、今手元にある情報だけではなにもわからん。要調査だな。


「だからといって、他人の土地から人やモノを奪っていいはずがないだろう」


 レナエルのほうを一瞥してから、僕はダライヤ氏を睨みつけた。これまでの話が全て本当ならば、エルフたちにも同情の余地は十分にある。しかし僕はリースベンの領主であり、領民たちの生活を守っていく義務がある。どのような事情があれ、こちらに武器を向けてくるのならばエルフは敵だ。


「まあ、そうじゃな。エルフにしろ竜人ドラゴニュートにしろ、生きるか死ぬかの状況に置かれれば、感覚がどんどんと獣に近くなっていくものじゃ。倫理など、あっという間に投げ捨てられてしまう。……が」


「が?」


「現状を憂う者も、確かに存在はしておるのじゃ。我らの皇帝陛下は、オヌシらとの話し合いの場をもちたいとおっしゃられておる。どうかね? リースベン城伯殿。この提案、受けてはもらえんかの?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る