第196話 くっころ男騎士とロリババアエルフ(1)
「……」
「……」
なんとも居心地の悪い雰囲気が、森の中に漂っていた。場の中心人物であるエルフの長老とやら……リンド・ダライヤ氏は、澄ました顔で香草茶をすすっている。従者のカラス獣人のほうは、ビスケットや乾燥豆を足で器用につまんで(鳥人は腕がまるまる翼なのでモノが持てないのだ)ガツガツと食い続けていた。しかし、その金色の眼はさきほどからずっと僕の方へと向けられている。非常に居心地が悪い。
一方、こちらの陣営もひどく殺気立っていた。ソニアは自然体に見えてすぐにでも短剣や拳銃を抜ける姿勢になっているし、ジルベルトもダライヤ氏を睨みつけていた。レナエルに至っては、親の仇と遭遇してしまったような表情である。
「良い茶葉じゃのう。いやあ
そんな針の筵じみた状況だというのに、ダライヤ氏はまるで実家に居るかのようなくつろぎぶりだった。どういう面の皮の厚さをしてるんだろうか。只者じゃないね、まったく。
いや、このロリが尋常な手合いではないことは、最初から分かっていたさ。わざわざこちらの警戒網を突破して見せたのは、伏兵の可能性をチラつかせることでこちらの動きを制限するためだろうし、鳥人との協力関係をに初手で提示してきたのも、空を使った戦術がこちらの専売特許ではないことを知らしめる意図があってのことだろう。
いきなり奇襲を仕掛けられるより、よほど厄介な事態に陥っている気がする。すくなくとも、奇襲効果はバッチリだ。状況の主導権は明らかに向こうが握っている。
「ふうむ……」
唸りながら、香草茶を飲む。頭の中であれこれ考えつつ、視線を近くの木の根元に向けた。そこには、エルフとカラス鳥人が所持していた武器類が置かれていた。彼女らは、一応は武装解除に応じてくれたのである。
まず、目につくのは奇妙な木剣だ。これは木の板を剣の形に成型したもので、刃の部分には無数の黒曜石の破片がはめ込まれている。前世世界における中南米……マヤやアステカなどの文明で使われていた特殊な剣、マカナに近い構造の代物だった。
これは本来、製鉄技術を持たなかった中南米先住民族ならではの武器なのだが……彼女らの持っていた他の武器には、普通に鉄が使われている。ダライヤ氏は取り回しの良さそうな山刀を例の木剣と一緒に差していたし、カラス鳥人も長く鋭い鉄製の鉤爪が装着された革の足袋を履いていた。いた。いったい、エルフたちはどういう理由であんな使いにくそうな木製武器を作ったのだろうか……?
「ワシの剣が気になるかね」
片方の口角だけを上げる特徴的な笑みと共に、ダライヤ氏が問いかけてきた。少し迷ってから、僕は頷く。少しでも、エルフたちの情報が欲しい。向こうが教えてくれるというのなら、それを拒む理由はあるまい。
「その剣のことを、我々は
「はあ」
「オヌシらも魔法の剣は使っておるじゃろうが……元来、魔法と鉄の武器は相性が悪いものじゃ」
「そうだな」
基本的に、金属類は魔力を通さない。甲冑や剣などに魔法の効果をエンチャントするには、例外的に魔力をよく通す特殊な金属であるミスリルでメッキしてやる必要があるのだ。しかし、ミスリルは希少な金属である。とうぜん、
「……つまり、武器の材料に石や木を使えば、低コストで魔法の武器が作れると」
少し驚いた様子で、ソニアが聞く。ダライヤ氏はにっこりと笑って頷いた。
「その通り。エルフの戦士は、雑兵の一人に至るまで魔法の剣を所有しておるのじゃ。恐ろしかろ?」
「……なるほどね」
独自の技術体系まで持ってるじゃねえかよ! 何が未開の蛮族だ、めちゃくちゃヤベー連中じゃねえか!! んひぃ、こんな奴らと森の中で戦うなんて、絶対に嫌だぁ……どうしよう、コレ。
しかし、不思議だな。こんな連中が、なぜ略奪強姦三昧の蛮族生活なんてしてるんだろうか? そもそも、リースベンに入植がはじまったのもここ二十年くらいの話らしいしな。それ以前は、エルフたちも自給自足で生きていたはずなのだが……。
「しかし、そのような優れた技術をもった方々がなぜ我々の集落を襲うのだろうか? 武器を向けあうよりも、交易の相手として仲良くしたほうがお互いのためになるように思うが」
むろん、彼女らからすれば僕たちの方が侵略者であるという可能性も十分にある。しかし、農民たちの話を聞くに、エルフどもは集落を滅ぼそうとせず、あくまで略奪に重点を置いた攻撃を仕掛けてきているようだ。これは正規軍というより、盗賊のやり口である。どうも、彼女らの行動原理が見えてこない。
「うむ、まあ実際、ワシもそう思うんじゃがのぅ……」
ため息を吐いてから、ダライヤ氏は香草茶を飲んだ。そしてちらりとレナエルの方を見てから、申し訳なさそうな様子で言う。
「しかし、交易をしようにもワシらが差し出せるものなどほとんどないのじゃ。カネがない。しかしモノやヒトは欲しい。そうなるともう、奪うほかないじゃよ」
「差し出せるものがない、ねえ」
本当かね? 話を聞く限り、技術も知性もそれなり以上に持ち合わせている連中だ。交易の材料がないなどということは、考えづらいように思えるが……。
「信じておらぬようじゃな? しかし、これは本当のことじゃ。その証拠に、我らの国名には新の文字がついておる。この意味がわかるか?」
「
「その通り。我らの国は、一度滅んでおるのじゃ。その切っ掛けは、十年ほど前の話で……」
「大婆様」
突然、カラス娘がダライヤ氏の言葉を遮った。彼女は何とも言えない表情で、上司のロリババアエルフの方を一瞥する。
「ラナ火山ん噴火なら、百年前ん話ど」
その言葉に、ダライヤ氏は耳まで真っ赤になって顔を逸らした。……しかしこのカラス娘、言葉がめちゃくちゃ訛ってるな。
「そ、そうじゃったか。歳を食うと、時間の感覚があいまいになっていかんのぅ……」
ダライヤ氏は深くため息を吐き、頬をポリポリと掻く。油断ならぬ敵幹部とはとても思えないような、可愛らしい動作だった。
「……まあ、それはさておき、じゃ。あれは百年前、栄華を極めておった我らの帝国に、恐ろしい凶悪な厄災が襲い掛かった。この半島の中心部に存在する火山が、突如として大爆発を起こしたのじゃ」
突然昔話が始まり、ジルベルトが露骨にげんなりした表情になる。……正直同感だが、これも情報収集の一環である。大人しく聞くしかあるまい。
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