第195話 くっころ男騎士のファーストコンタクト
「総員警戒態勢! 攻撃は別命あるまで禁止!」
リボルバーをエルフ幼女に向けつつ、僕は叫んだ。部下の騎士たちが慌てて剣や銃を構える。このエルフ、いったいどこから出てきたんだ? 休憩中とはいえ、ここは敵地といっていいような場所だ。当然、警戒は緩めていない。十分な数の騎士たちに、見張りを命じていたはずだ。
今回、僕が連れてきている騎士は自分の子飼いの部下……つまり幼年騎士団の同期達と、ジルベルトの郎党たちだ。どちらにせよ、騎士としての腕前は折り紙付きである。そんな彼女らの監視網を突破し、密かにここまで接近したのだから、この幼女は尋常な相手ではない。
「軽臼砲準備! 赤色信号弾、いつでも撃てるようにしておけ!」
探索中にエルフと遭遇してしまう可能性は、もちろん考慮していた。こういう時のために、上空には
「おやおや、いきなり武器を向けるとはひどいのぅ。安心せい。ワシには、オヌシらを害するような意図は微塵もありゃせんよ」
幼女エルフは、苦笑しつつ両手をパーにして武器を持っていないことをアピールした。とはいえ、だからといって安心できるものでもない。周囲にはこの幼女以外のエルフの姿はないようだが、姿を隠して潜んでいる可能性も十分に高い。
「何用だ、エルフ」
冷え切った声音で、ソニアが聞く。彼女は愛用の両手剣を抜き放ち、いつでも突撃できる姿勢になっていた。
「挨拶じゃよぅ、挨拶」
一方、エルフのほうは、妙に牧歌的な表情を浮かべつつ口を尖らせた。すくなくとも、その顔には敵意らしきものはうかんでいない。
「
「蛮族に礼儀を説かれる筋合いはない!」
ジルベルトが吠える。
「わはは、ひどい言いようじゃなあ! ま、致し方ないか」
ケラケラと笑ってから、エルフは肩をすくめた。そしてピシリと姿勢を正し、一礼する。蛮族エルフがするにしては、妙に典雅な動作だった。
「一応、挨拶をしておこう。ワシは、リンド・ダライヤ。新エルフェニア帝国の長老衆の一人として、ガレア王国はリースベン代官のアルベール・ブロンダン卿に挨拶を申し上げる」
なんで蛮族が僕の名前を知ってるんだよ! 思わず叫びそうになったが、ぐっと堪える。指揮官は部下の前で動揺を見せてはならないのだ。
……というか、長老っていったよな今。見た目は幼女だが、中身は高齢という事か。つまりは、ロリババア! なんたることか、まさか人生初の生ロリババアが、敵対勢力の者とは。わが身の不幸を呪わずにはいられないな。
「謹んでお受けしよう、ダライヤ殿。しかし、ひとつ訂正したいことがある。今の僕はリースベン代官ではなく、城伯だ」
「おや、それは申し訳ない」
ひどくバツの悪そうな表情で、ダライヤ氏は頭を下げた。蛮族という前評判のわりには、妙に淑女的な立ち振る舞いである。もちろん、だからと言って警戒を解くわけにはいかないが。
しかし、新エルフェニア帝国ね。名前の響きからして、エルフたちの国だろうか? 規模や体制が知りたいな。まったく、情報不足も甚だしい。相手は僕の名前や立場まで把握しているというのに、こちらは向こうの国名すら今初めて聞いたような有様なのだ。これは、圧倒的に不利な状況と言わざるを得ない。
「まあ、とにかく……今日は挨拶をしに来ただけなのじゃ。そう警戒する必要はない」
「……黙れ、エルフめ。その臭い口を閉じろ」
怒りの籠った声でそんなことを言うのは、レナエルだった。彼女は猟銃を構え、僕の前へと出てきた。どうやら、庇ってくれているようだ。
「やめなさい、レナエルくん。騎士が民間人に庇われちゃ、恰好がつかないじゃないか」
苦笑しながら彼女の肩に手を置き、半ば強引に後ろに下がらせる。ヒートアップして発砲されちゃ、たまったもんじゃないからな。このエルフは、少なくとも今すぐは攻撃を仕掛けてくる様子はない。つまり、情報収集のチャンスということだ。
「非常に申し訳ないが、僕は新エルフェニア帝国なる国は寡聞にして存じ上げない。詳しく聞かせてくれると嬉しいが」
「うん、その辺りはまあ……茶でも飲みながら話し合おうではないか。立ち話というのも、風情がないじゃろう?」
エルフ幼女の言葉に、僕はちらりとソニアの方を見た。彼女は無言で剣を背中の鞘に戻し、代わりに腰に差した短剣の柄をぽんと叩く。護衛なら任せろ、ということらしい。なんとも頼りになる副官だ。彼女が居るのだから、少しばかり相手の思惑に乗ってやっても構わないだろう。
「いいだろう。しかし、武器の類はすべて手放してもらえるとありがたい。見ての通り、男の身でね。怖いんだ」
「北の山脈で、隣国の兵隊どもを殲滅した男が良く言う。実に勇敢な戦いぶりじゃったがのぅ」
ディーゼル伯爵との戦争も見られてたのかよ!! 情報戦で完全敗北してるじゃねえか!! どうするんだ、これ。思った以上にやりにくい相手だぞ、エルフ。やはり長命種は伊達ではないということか。平気でこちらの想定を上回った手を打ってくる。
「まあいい。しかし、その代わりと言ってはなんだが、従者を一人呼んでも構わんかね? ワシの身に何かがあった場合、本国に知らせる必要があるからの」
「了解した」
僕が頷くと、後ろに下がっていたレナエルが厳しい目つきで僕を見た。
「領主様、大丈夫なのですか? 相手はエルフですが……」
「たとえ敵でも、交渉の窓口くらいは作っておいた方が良いんだ。安心しなさい、僕は君たちの利益代表者だ。君たちの不利益になるような真似は、断じてしない」
「……もうしわけありません、出過ぎたことを言いました」
そんなことを話していると、エルフ幼女が指笛を吹いた。甲高い音色が、鬱蒼とした森に響き渡る。……すると、遠くから鳥の羽音らしきものが聞こえてきた。ばさり、ばさりというその音は次第に接近し、やがて茂りに茂った木々の枝葉を避けて真っ黒い鳥のようなモノが飛来する。
「ないか御用じゃしか、大婆様」
黒い鳥のようなモノは幼女エルフの真横に着地すると、こちらを無遠慮に眺めつつそんな言葉を吐く。よく見れば、ソレは鳥ではなくカラスの鳥人だった。鳥人というのは、文字通り鳥型の獣人だ。フィオレンツァ司教をはじめとする翼人と違い、他の人種で言うところの腕にあたる部位が翼になっている。軽量化されているぶん、空中戦では翼人より数段手強いという話だが……。
「護衛を頼ん」
「承知」
そういえば、リースベンに出没する蛮族には、カラスやスズメの鳥人も含まれていると村長が言っていたな。どうやら、彼女らは協力関係にあるようだ。……ただでさえ厄介なエルフが、空中戦力まで保有している? こりゃ参ったね。戦いたくねえなあ……
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