第184話 盗撮魔副官と誘惑

 フィオレンツァ・キアルージ。あの女とわたしは、一応幼馴染のような関係ではある。あの女は南方にある星導教の総本山サマルカ星導国の出身だが、家庭の事情でパレア大聖堂に預けられ、そこで育った。

 わたしがアル様を意識し始めたころには、すでにあの女は彼の周囲をウロチョロしていた。本来聖職の関係者とは無縁の幼年騎士団にまで出入りをしていたのだから、筋金入りのアル様フリークだ。当然のことだが、わたしは奴が嫌いだ。生涯の宿敵とすら思っている。

 とはいえ、フィオレンツァはアル様がリースベン代官に任じられたのとほぼ同時に、星導国へ帰還命令が出ていた。そうでなければ、アル様の王都行きなど認められるはずもない。あの女は、あまりにも危険だ。


「……確かにフィオレンツァ司教様は星導国に一時出向しておりましたが……すぐに王都に戻ってこられましたよ。あのお方は、相変わらず西パレア教区長のままですから」


「なにぃ……!?」


 無意識に、歯ぎしりをしてしまう。あの女、わたしを騙すために一芝居打ちやがったな! あの外面だけはいい毒羽虫は、それくらいのことは平気でやる。フィオレンツァからすれば、わたしは目の上のたんこぶだからな。アル様と離間させるためならば、どんな手でも使ってくるはずだ。


「貴様……! あの女の手先か!」


 で、あれば……ジルベルト・プレヴォがリースベンにやってきたのも、フィオレンツァの離間工作の一環と考えるのが自然だ。思わず、甲冑姿のジルベルトを睨みつけてしまう。


「……安心してください。わたしの主様は、アルベール・ブロンダン卿ただおひとりのみ。司教であれ国王であれ、主様の邪魔となるのならば切り捨てて見せましょう」


 フルフェイスの兜のスリットから覗くジルベルトの目には、非常に危険な光が宿っている。明らかに狂信者の目つきだ。むろん、その信仰・・の対象は星導教やフィオレンツァ個人ではあるまい。……うん、これはシロだな。


「……なるほど、失礼した。だが、フィオレンツァには気を付けておくように。アレは腹に致死性の毒をたっぷり抱え込んだ、要駆除対象害虫だ。それがアル様の周囲をブンブン飛び回っているのだから、わたしとしても気が気ではないんだ。そのせいで、少々過剰反応をしてしまった」


「そ、そこまで言いますか……相手は一応、司教様なのですよ?」


「耳触りの良い言葉ばかり吐く人間が、詐欺師以外の何だというのか。貴様もあの女の言動の数々を思い出してみろ」


「……言われてみれば」


 小さく唸り声をあげるジルベルトに、わたしはほっとため息を吐く。この様子ならば、彼女がフィオレンツァの手下である可能性は薄いだろう。おそらく、口先三寸で丸め込まこまれていたのではないだろうか? あの生ゴミから湧いてきた羽虫は、そう言った工作だけは得手としているのだ。


「あの女の所業を教えておこう。あれはわたしとアル様が八歳のころ……」


「誤魔化しても無駄ですよ、ソニア様」


 ジルベルトはピシャリと言った。


「今、追及されているのは司教の罪ではなく、貴方の罪なのです」


「チィッ!」


 おもわず舌打ちをしてしまう。流石に、この程度で話を逸らすのはムリか。


「そんなものまで用意して……まったく、なんと破廉恥な」


 枕元に置かれた愛用の幻像機カメラを一瞥してから、ジルベルトはため息を吐く。……言い訳は通用しそうにないな。半裸で幻像機カメラを弄っている女を見たら、わたしだって即座に盗撮の現行犯だと判断するだろう。


「いや、これは、なんというか……」


 困った。非常に困った。どうすればよいのだろう。わたしは、圧倒的に不利な状況に追い込まれていた。暴力的な手段でジルベルトを黙らせるのは不可能だ。ここで手を出したら、アル様にひどく迷惑をかけてしまう。そしてもちろん、金銭的に買収するのも難しいだろう。

 このままでは、わたしの密かな趣味が暴かれてしまう。そうでなくとも、覗きや盗撮に関しては間違いなく全面禁止になる。それでは不味い。性処理もせずにアル様のお傍で働いていたら、そのうち絶対に暴走してしまう。なにしろ、アル様の女の下半身をイライラさせる手管は尋常ではないからな。


「あなたに恥という概念はないのですか、ソニア様。主の部屋にのぞき穴を開け、こっそりと写真まで撮影するなど……断じて許せるものではありません!」


 わたしは悪くない! アル様がドスケベすぎるのがいけないんだ! ……というのがわたしの偽らざる本音ではあったが、まさかそんなことを面と向かってジルベルトに言えるはずもない。わたしは奥ゆかしく黙り込んだ。


「……」


 さて、どうしようか。なんとかして、この状況を切り抜けねばならない。彼女の口を封じ、覗きや盗撮を黙認させねば……わたしは破滅だ。ううむ、何かいい手は……


「いいですか、ソニア様。四六時中男性が傍にいるような状況ですから、劣情を抱いてしまうのは仕方がないかもしれません。しかし、それを行動に移すなど……」


 そうだ、劣情だ! ジルベルトとて女。しかも、明らかにアル様に恋心を向けている。そこに付け入る隙があるのではないだろうか? 彼女の言葉は間違ってはいない。あんなドスケベ男が近くに居たら、そりゃあ劣情もわいてくる。この女だってそうだ!

 つまりは、この女にもわたしと同じ穴のムジナになってもらうということだ。一方的に弱味を握られるのは不味いが、お互いに弱味を握り合ってしまえば少なくとも拮抗状態には持ち込むことはできる!


「確かにその通りだ。……白状しよう、わたしはアル様のあられもない写真を撮影する趣味がある」


 方針が決まってしまえば、あとは行動に移すだけだ。神妙な顔でそう言ってから、わたしは自分のベッドのシーツをはぎ取った。その下に敷かれた麦藁の束の中から、小ぶりな木箱を取り出す。


「……ええと、その……何をなさっているのです?」


「貴様の言葉で、己の罪深さを自覚したのだ。我が罪を白日の下に晒し、告解をしようと思ってな」


 首にかけたチェーンにくっついた小さなカギを使い、木箱のロックを解除する。箱の中におさめられているのは、立派な革表紙のアルバムだった。

 これこそ、わたしの秘密のコレクション……の、ダミーである。収められた写真は、比較的ソフトなものばかり。もちろん、本命のドスケベ写真集はもっと厳重に隠してある。このアルバムは、万が一わたしの盗撮趣味がバレてしまった時……つまり、今のような状況で出来るだけ罪を軽くするために用意した囮だった。


「さあ、プレヴォ卿。わたしの罪を見てくれ」


 ニヤリと笑ってから、アルバムのページをめくる。薄着姿で筋力トレーニングを行い、汗でびっしょりになったアル様。お腹を丸出しにして昼寝をするアル様……そのような写真が、各ページに張りつけられている。この程度の写真なら、バレたところで傷は浅い。アル様は、笑って許してくれるだろう。


「なっ……!」


 が、ジルベルトからすれば、十分に刺激的に感じている様子だった。兜の上からでもはっきりわかるほど、彼女は狼狽している。予想通りの反応だ。この女は、いかにも真面目一辺倒で生きてきたような雰囲気がある。おそらく、男と手をつないだこともあるまい。


「プレヴォ卿。そんな兜を被っていたら、しっかり写真が見えないじゃないか。ちゃんと兜を脱いで確認してほしい」


「あ、ああ……」


 言われるがまま、ジルベルトは兜を外した。その顔は、真っ赤に茹で上がっている。視線は完全にアルバムに固定されていた。……ふむ、ふむ。視線から読み取るに、この女は男の鎖骨を好む性癖タチか。よしよし。


「この写真など、ひどいものだろう。我ながら、なんという写真を撮ってしまったのだ」


 そう言って見せたのは、甲冑を脱いで涼むアル様のバストアップ写真だ。鎧下のボタンは全開で、その胸板が露わになっている。……ちなみに、これは盗撮写真ではない。訓練後の休憩中に、本人に許可を得たうえで撮影したものだ。隠し撮りする必要がなかったため、自分で言うのもなんだが随分とうまく撮れている。

 形の良い鎖骨が、汗に濡れて光っている。ああ、エロい。興奮してきた。この鎖骨に舌を這わせ、思う存分にしゃぶりたい。そんな感情が湧き出してくる。それでもなんとか平静を装いながら、ジルベルトをうかがう。彼女は、まるでご馳走を前にした猛獣のような表情をしていた。


「う、うう、こ、こんなものを見せないでください! ソニア様! 卑猥が過ぎる!」


 仕方ないじゃないか、そもそも被写体であるアル様本人があまりにも卑猥なのだから。そう思いつつ、神妙な表情でアルバムを閉じる。それを見たジルベルトが、「あっ……」と小さく声を漏らした。……「見せないでください」などと言った割りには、随分と残念そうじゃないか。ええっ?


「いや、すまない。……ところでプレヴォ卿。ひとつ、頼みがあるのだ。どうか、このアルバムはあなたが始末してほしい」


「エッ!?」


 ジルベルトは、すさまじく狼狽した様子で私の方を見た。うんうん、いいぞ。この反応を待っていた! ハハハ、真面目ヅラをしておきながら、貴様もなかなかのスキモノじゃないか。このまま、わたしと同じ場所まで堕ちてこい。そうすれば、貴様も共犯者だ!


「情けない話だが、己でこれをどうこうするだけの勇気が持てないのだ。どうか、頼む」


 有無を言わせず、アルバムをジルベルトに押し付ける。むろん、これはわたしにとっても苦渋の決断だ。わたしとて、独占欲はある。アル様のあられもない姿を新参者に見せてやるなど、業腹にもほどがある。が、背に腹は代えられない。穏当に事を進めるには、これ以外の手段はないと判断した。

 どれほどの痛みを伴う選択肢であっても、勝利のために必要ならば躊躇ちゅうちょなく決心せよ。これもまた、アル様の教えである。アル様の腹心として、その教えに背くわけにはいかない。


「いや、その……困ります」


 口では嫌がっても、身体は正直なものだ。ジルベルトは、結局アルバムを受け取ってしまった。さあ、この生真面目な騎士様は、このアルバムをどういう用途に使うのかな? 自制心が勝てば良いのだが……そうもいくまい。何しろ、アル様の色香はわたしをも狂わせるほどだからな……。

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