第148話 くっころ男騎士とオレアン公の意図

 僕の意見具申を受け入れたフランセット殿下は、敵クロスボウ隊への反撃をいったん中止し近衛騎士団を後退させた。盾を持った騎士を正面に展開し、防御陣形を組み上げる。クロスボウは強力な兵器だが、流石に守りを固めた重装騎士が空いてでは分が悪いのだ。


「歩兵隊は避難民の誘導を急げ!」


 騎士隊の円陣の真ん中で、フランセット殿下が声を張り上げて命令する。戦場が狭く有効活用しづらいとはいえ、こちらには膨大な数の予備戦力がある。そこから歩兵隊の一部を抽出し、戦場から民間人を追い出すことにした。

 とにかく、今一番問題なのは戦場に民間人があふれていることだ。これさえ何とかすれば、クロスボウ隊や軽騎兵隊などライフル兵の一斉射撃で容易に殲滅できるんだが……。


「隣接した大通りでも、市民の避難と道路の封鎖を行いたいところですね。おそらく、敵の主力は迂回攻撃をしかけてくるはずですし」


 地図を見ながら、僕はそう進言する。彼我の戦力は五対一といったところで、こちらが圧倒的に有利だ。しかし、パレード中に急襲をくらったせいで、こちらの部隊の大半はいまだ移動隊形のままだからな。

 こんな状態ではまともに戦えないし、下手をすれば各個撃破を喰らってしまう。早急に迎撃態勢を整える必要があった。


「なかなか難しいな。後列の部隊では、まだ前線で何が起こっているのか把握していないだろうし……」


 兜のバイザーの位置を直しつつ、フランセット殿下が唸った。この混乱した状況では、伝令を出しても無事に到着するやらわかったものじゃないからな。前線から離れた部隊の指揮官に情報や命令を伝達するのは、かなり難儀だった。


「第二連隊の連中を使うのはいかがでしょう?」


 そんな意見を出したのはオレアン公だった。第二連隊の連中というのは、さきほどの騎士隊だろう。彼女らは現在、フランセット殿下の命令に従い周辺の警戒に当たっている。


「当家の家紋を帯びているあたり、今仕掛けてきている部隊はグーディメル侯爵の私兵でしょう。しかし、敵の主力はあくまで第二連隊。つまり、あの騎兵どもなら、敵の主力部隊にいきなり攻撃を仕掛けられることはないということです。なにしろ、味方でありますから」


 オレアン公の声にははっきりとした苛立ちがあった。まあ、そりゃそうだろうな。敵はオレアン公爵家の家紋を使っている。くだらないかく乱工作だが、罪を擦り付けられかけた当人としてはたまったもんじゃない。


「なるほど、そうやってこちらの事情を第二連隊の本部に伝えてもらうわけですか」


 彼女ら騎兵隊は投降(というのもおかしいが)し、こちらの指示に従ってくれる状態になっている。しかし、あくまでこちらに寝返ったのは前衛部隊の一部だけだ。第二連隊の本隊は、いぜんとして敵対状態のままだ。……無線か、せめて有線があれば接触しなくても事情を説明できるんだがな。本当に面倒だ。


「なんだかんだといっても、有利なのは貴方たちの側なのですからな。この状況で、向こう側にまわりたい者なぞそうはおりません。事情さえ理解すれば、すぐにこちらについてくれるでしょう」


 ……逆に言えば、こちらが戦力的に劣勢だった場合は、そのまま攻撃を続行してくる可能性もそれなりにあるのが恐ろしい。前世の歴史でも、王族が隙を見せたとたんに下克上を狙われるケースはそれなりにあるからなあ。王座が狙えそうだと判断すれば、不埒な考えを抱く連中も居るだろう。


「僕も同意見です。周辺警戒程度の任務なら、後詰の部隊でもできます。しかし、第二連隊本部の説得は、彼女らにしかできない任務ですからね。優先すべきは後者でしょう」


「なるほど、わかった」


 フランセット殿下は頷き、配下の紋章官を呼び寄せた。紋章官というのは貴族の家紋などを記録・管理する役職の者で、それが転じて軍使や外交官のような仕事をこなすことも多い。


「第二連隊に対して現在の任務を停止し、余の元に参陣するよう要請する命令書を作成してくれ。もちろん、正式な書面でな」


「はっ、承知いたしました」


「クロスボウ、来ます!」


 紋章官が頷いた途端、前線の騎士が叫んだ。耳障りな風切り音と共に、大量の矢弾が飛んでくる。紋章官は悲鳴を上げて地面に伏せ、近くに居た騎士が慌てて盾を構えてそれを庇う。それを見て、数名の騎士が鼻で笑った。……紋章官は文官シビリアンなんだから、そりゃ戦闘慣れしてないのは仕方ないだろう。


「まったく、こっちには殿下も居るってのにさ……!」


 目の前に飛んできた矢弾をサーベルで切り払ってから、僕は深いため息を吐いた。こちらを反逆者呼ばわりしつつ、王太子に矢を射かけてくる……やりたい放題にもほどがあるだろ。

 まあ、曲射のクロスボウ弾ごときで重装騎士を倒すのは難しいというのは、確かなんだが。それにしたって万が一ということもある。もし王太子殿下がケガでもしたら、どうするつもりなのか。……そのための、オレアン公爵家のサーコートか。事情を知らない一般兵や民衆からすれば、連中が本物のオレアン公爵軍兵に見えてもおかしくはない。まったく、悪辣なことだ。


「早く命令書を用意するんだ。いいな?」


「は、はい!」


 慌てて立ち上がった紋章官が、全力疾走で後方へ走り去っていく。その背中を見送ってから、殿下は肩をすくめた。


「命令書なんて用意するより、余自ら同行したほうが早い気がしてきたな」


「いけませんよ、殿下。敵は貴方を狙っているのですから……」


「わかってるよ。……しかし、事情を分かっている者を同行させた方が良いのは確かだ。書面だけだと、説得力が足りない。国王陛下の命令書と王太子の命令書が並んでいれば、優先するのは前者だろうからな」


「……確かに」


 考えてみれば、そりゃそうだよなあ。でも、流石にフランセット殿下を前に出すわけにはいかない。現状ですら、結構危険なんだ。これ以上危ない真似はさせられない。


「で、あれば……私とブロンダン卿が適任でしょうな」


 そんなことを言いだしたのは、オレアン公だった。彼女はあまり面白くなさそうな様子で、自らの胴鎧を叩いて見せる。


「グーディメル侯爵の出した偽勅は、私の派閥と宰相・辺境伯派閥の間で起こった私戦を鎮圧せよ……というものでしたな。で、あれば、その紛争の当事者である私とブロンダン卿が一緒に居れば、勅令の内容に矛盾が生じます」


「なるほどな。反乱は終結したという余の主張にも、説得力がうまれるわけか。……ううーん、アルベールくんを敵地・・に出すのか? 正直、やめてほしいのだが」


 突然妙なことを言いだしたな、この婆さんは。オレアン公本人はともかく、僕まで出ていく必要があるんだろうか? 面食らう僕をしり目に、殿下は腕組みをして唸った。


「しかし、私だけでは説得力が足りませんよ。その点、彼は宰相の懐刀として有名です。紛争当事者の双方が揃えば、向こうも納得してくれやすいのではないかと思いますが」


 オレアン公はそう説明するが、僕としてはリスクのわりにメリットの少ない作戦のように思える。……歳を食ってるとはいえ、オレアン公は一流の大貴族だ。その彼女が、むやみに危険なだけの作戦を立案した? なんだか、違和感があるな。


「……」


 兜のバイザーからのぞくオレアン公の目は、完全に据わっていた。覚悟を決めた戦士の目つきだ。……なるほど、そういうことか。


「そういうことなら、ご協力いたしましょう」


「アルベールくん? 大丈夫なのか?」


 心配そうな目つきで、フランセット殿下が僕を見た。まあ、そりゃ殿下からすれば僕が頷くとは思わないよな。とはいえ、ここはオレアン公の思惑に乗るのも悪くない。うまくやれば、彼女に恩を売りつつ一手で事態を解決できる可能性もある。


「ええ、問題ありません。そうでしょう? オレアン公爵閣下」


「……ええ、もちろん」


 そういって頷くオレアン公の声は、凪の海のように静かだった。

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