第147話 くっころ男騎士と初動
わき道から現れた敵は革鎧や鎖帷子をまとった軽騎兵の集団だ。装備が軽いだけに、その動きは警戒だった。サーベルや槍を振り上げ、
「ぐあっ!?」
群衆の中から、クロスボウの矢弾が飛んでくる。どうやら、市民の中に敵が潜んでいたようだ。的クロスボウ兵は大した数ではないようだが、至近距離から放たれただけあって精度が高い。矢弾が騎士や軍馬、さらには近くに居ただけの一般人に突き刺さりあちこちで悲鳴が上がる。
「やりやがったな、クソッタレめ……!」
敵は平気で民間人を巻き込むような戦術を使ってくる。この手の光景は、前世でも飽きるほど見てきた。僕は舌打ちをしつつ、軍馬の腹を蹴ってフランセット殿下の前に出る。
「アルベールくん!?」
「副官の務めですので!」
短くそう答えつつ、サーベルを構えた。近衛騎士たちは迎撃態勢に移ろうとしているが、クロスボウの一斉射撃により足並みがそろわない。案の定、数騎の軽騎兵が近衛騎士の防御陣を突破し、こちらに突っ込んでくる。
「どけっ!」
「キエエエエエッ!」
敵騎兵が怒声を上げたが、こちらも蛮声を上げつつ馬を走らせる。突き出された槍の穂先を胴鎧で受けつつ、全力でサーベルを振り下ろした。敵兵は馬上で真っ二つになり、鮮血を噴き出しながら地面へ落下していく。
「むっ……」
よく見れば、敵兵は革鎧の上からサーコートを着込んでいた。その生地に刺繍された紋章には、見覚えがある。オレアン公爵家の家紋だ。
「グーディメル侯爵め、しゃらくさい真似をする……!」
それを見たフランセット殿下が、苦々しい口調で吐き捨てた。むろん、この敵兵がオレアン公の手の者であるはずがない。オレアン公が今さら殿下の身柄を狙ったところで、大した意味はないからな。グーディメル侯爵のかく乱工作だろう。
「殿下!」
そう叫んだのは、第二連隊の騎兵隊長だった。目の前で王太子が襲撃されたわけだから、そりゃあ慌てもするというものだ。彼女は馬上槍を捨て、腰から剣を抜き放った。こちらに加勢しようというのだろう。馬上槍は強力だが、なにしろデカくて重いので乱戦には全く向かない。
「待てっ! こちらはこちらで何とかする、諸君らは周辺警戒を!」
しかし、フランセット殿下はそれを制止した。……大通りと言っても、道幅はそこまで広くないからな。一か所に大量の騎兵が固まっていたら、身動きがとれなくなる。これ以上の増援は、かえって有害だと判断したのだろう。
狙われているのは自分だというのに、フランセット殿下は冷静だなこりゃ、仕え甲斐のある上官だ。そんなことを考えつつ、別の方向から襲い掛かってきた敵軽騎兵を切り捨てた。
「第二射、来るぞ!」
近衛騎士の一人が叫んだ。それとほぼ同時に、敵クロスボウ隊の斉射が飛んでくる。相変わらずの無差別射撃だった。少なくない数の民間人が地面に倒れ伏し、絶叫を上げる。
近衛騎士団も無事では済まない。数名の騎士がやられてしまった。ライフル弾をも防ぐ
「総員、下馬せよ!」
そう命令したのは近衛団長だった。何しろ僕たちの前方には第二連隊の騎兵隊が布陣し、後方には味方歩兵隊が居る。そして左右は群衆だ。まともに動き回れるような状態ではない。動けなくなった騎兵なんて、ただのマトだ。こんな状況で一方的な集中射撃を喰らえば、どれほどの被害が出るやらわかったもんじゃない。
「アルベールくん、この状況……どう見る?」
近衛騎士たちがあわてて下馬していく中、馬にまたがったままのフランセット殿下が聞いてきた。動揺を精神力で強引に押さえつけたような、不自然に抑揚のない声だった。
「これは明らかにかく乱を目的とした攻撃です。近いうちに本命が来るでしょう」
少数の軽騎兵隊、民間人に紛れたクロスボウ隊……この程度の連中は、厄介ではあっても致命的ではない。こちらにはフル武装の近衛騎士団が居るし、すぐ後ろには王都防衛隊の歩兵部隊も控えて。態勢を立て直して反撃すれば、すぐに殲滅することができるだろう。
とうぜん、そんなことはグーディメル侯爵も理解しているだろう。敵の目的は、あくまで混乱を引き起こすことだけだ。実際、無差別射撃のせいで大通りは阿鼻叫喚めいた有様になっている。民間人は悲鳴を上げて逃げ惑い、右往左往している。近衛騎士団側はなんとか反撃を試みようとしている者の、民間人たちが邪魔でまともに身動きが取れない状態だった。
「本命ね。狙いはやはり余か」
「でしょうね。……近衛騎士団は防御に専念させ、反撃は他の部隊にやらせましょう」
「なに?」
少し驚いた様子で、フランセット殿下は全然に目をやった。隊列を組んだ近衛騎士団が、敵クロスボウ隊に反撃を試みようとしている。しかし、クロスボウ隊は巧みに群衆を盾にしておりなかなか接近できないような状況だ。
「クロスボウ隊は出来るだけ早く制圧したほうが良いように思うが」
味方部隊はすぐ近くにいるが、戦場は混とんとしている。支援を要請しても、すぐには動けないだろう。そうこうしているうちに、第三射・第四射を喰らってしまうのではないか。フランセット殿下はそんな懸念を抱いているようだ。
「多少時間がかかっても、ここは堅実に立ち回るべきです。いくら精鋭の近衛騎士団でも、防御と攻撃の同時進行はツライ。無理に反撃を強行すれば、どうしても隙が生まれます。間違いなく、敵はその隙をついてくる」
「……確かに一理はあるが」
殿下は不満そうだが、ここは無茶をするべき状況ではないからな。あまり焦って行動するべきじゃない。そりゃ、目の前で民間人がガンガンやられてるわけだから、焦るなって方が無理だろうが……こういう敵は、そんな感情を利用してこっちの行動を操ろうとしてくる。相手の思惑に乗っちゃだめだ。
「全身甲冑の騎士は、クロスボウで打たれまくられてもそう簡単に死にはしません。もちろん、民間人の犠牲者は出来るだけ減らしたいところですが……しかし、ここで殿下が攫われてしまえば、犠牲者数の桁が一つや二つは増えることになりますよ」
せっかく反乱の早期鎮圧が見えてきたんだ、ここで失敗するわけにはいかない。反乱が長期化すれば物流が滞り、下層民から順番に餓死していく。そんな事態は絶対に容認できない。
「一の悲劇を容認してでも、十の悲劇を防ぐのが我々の仕事です。それを忘れてしまうような人間に、指揮官は務まりません」
「……その通りだ。わかった、近衛騎士団を呼び戻そう」
一瞬考え込んだ後、フランセット殿下は頷いた。僕は密かに安どのため息を漏らす。目の前の惨劇を何とかしようと躍起になるあまり、かえって被害を増やしてしまう……新米指揮官が良くやりがちな失敗だ。
殿下は聡明だが、流石に実戦経験は浅いようだからな。この辺りは、副官である僕がサポートしなくてはならない。無駄に長い軍歴の役立てどころだ。……前世と現世を合わせたら、二十年以上軍隊で飯を食ってるわけだものなあ、僕。
「しかし、君は余と大して変わらない年齢だというのに……流石の冷静さだな。ますます手放したくなくなってきたよ」
……えっ? いや、それは勘弁してほしいかな……殿下の所に居たら、『まあ愛人でもいいか……』ってなっちゃいそうだし。だいぶチョロいからな、僕ってば。
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