第146話 くっころ男騎士とナンパ王太子の説得

 近衛騎士団を率いたフランセット殿下は、臆することなく前へ進んでいく。もちろん、殿下の副官を任じられている僕も同行することになった。説得のためには殿下が敵に近づくほかないが、敵の目的もまた殿下の確保だからな。なかなかリスキーな作戦だ。


「ふむ、向こうは精鋭を前面に立てるか」


 突撃のための密集隊形を組みつつゆっくりと近づいてくる敵騎兵集団を見ながら、フランセット殿下が呟いた。敵の騎兵は全身を板金甲冑で防護し、馬にも優美な馬鎧を装着している。彼女らは領地を持たない宮廷騎士の集団で、練度・装備共に最高クラスの部隊だった。

 これほどの部隊と正面からぶつかり合えば、近衛騎士団とはいえ無傷では済まない。そもそも、本来なら彼女たちは味方のはずなのだ。有事となればさぞ活躍してくれるだろう精鋭部隊を内紛で損耗させるなど、あってはならないことだ。僕と同じ気持ちになったらしい殿下の手に、力がこもるのが見えた。


「……」


 彼我の距離は五〇〇。馬の機動力ならば、あっという間に乗り越えられる距離だ。これ以上接近するのはマズイ。殿下は馬を停止させた。近衛騎士たちが馬上槍を構え、いつでも迎撃に移行できる体勢で待機する。僕もサーベルを鞘から抜いた。

 いくら大通りが広いといっても、騎兵が自由自在に機動できるほどの幅は無い。おまけに避難し損ねた民間人が大量に居る。とてもではないが、敵の側面へ迂回することなどできはしないだろう。戦いが始まれば、正面からぶつかる以外の選択肢はなかった。


「さあ、始めようか。一世一代の大舞台だ」


 フランセット殿下は小さな声でそう言うと、大きく息を吸い込んでからピストルの銃口を空に向けた。乾いた銃声が、真夏の陽光に照らされた大通りに響き渡る。


「第二連隊の勇士たちよ、聞け! 余はガレア王国国王、ルイーズ・ドゥ・ヴァロワが嫡子、フランセット・ドゥ・ヴァロワである」


 朗々とした、歌い上げるような声だった。今にも襲歩に移行しそうな様子だった敵騎兵隊は、面食らった様子で減速する。彼女らはあくまで、国王陛下の勅命……とされる命令書をもとに行動しているだけだ。当然、王太子たるフランセット殿下に槍を向けたい者などいない。


「止まれ、突撃中止! 中止だ!」


 隊長らしき騎士が慌てた様子で部隊を制止する。とはいえ、騎兵突撃は極端な密集隊形で行われるため、急停止をすると凄惨な事故を招きかねない。敵騎兵隊が完全に止まったのは、彼我の距離が一〇〇メートルを着るほど接近してからだった。


「……第一関門は乗り越えたな。むこうはこちらの話を聞いてくれそうだ」


 殿下がボソリと呟いた。この距離で前進を止めてしまえば、再度突撃に移るのは難しい。馬が加速しきる前に接敵してしまうからだ。


「僕がグーディメル侯爵なら、わき道から遊撃隊を突っ込ませて殿下の身柄を狙います。気を抜いてはいけません」


「むろんだ」


 小さく頷き、殿下は視線を敵騎兵隊へと戻した。


「諸君らに問う! 諸君らはいかなる理由があって余の軍勢に矛を向けるのか!」


 殿下の言葉に、第二連隊の騎兵たちはざわざわとざわつき始めた。そんなことを言われても……という感じだろう。彼女らは単に命令に従って行動しているだけだ。

 少しして、一団から一騎の騎士が前に出てくる。どうやら、彼女らの隊長のようだ。害意がないことをアピールするためか、槍は持っていない。


「我々は、国王陛下の命により反乱を起こしたオレアン公とスオラハティ辺境伯の軍を鎮圧しに参ったのです。王太子殿下こそ、どうしてこのような場所におられるのです?」


 どうやら、グーディメル侯爵からは大した説明は受けていないようだ。まあ、そりゃそうだよな。中途半端な嘘をついて誤魔化しに感付かれるよりは、最初から与える情報を絞ってしまった方が楽に部隊を掌握できる。


「反乱? そのようなものは、とうに終結している!」


 困惑した様子の騎兵隊長に、殿下は凛とした声でそう言い返した。


「オレアン公もスオラハティ辺境伯も、余の元に参陣しているのだ。そのような状況で、戦闘を継続できるはずもない!」


 そう言って殿下が指さした先には、オレアン公爵家とスオラハティ辺境伯家の家紋が描かれた軍旗があった。たしかに、争っているはずの両家の軍旗が同時に掲げられているというのはおかしい。

 そもそも、このパレードには侯爵も辺境伯も当人が参加しているわけだからな。隊長の目の前で、二人に握手してもらったっていい。そうすれば、反乱は終結したという殿下の言い分を彼女らは信じざるを得なくなる。


「反乱が終わっている以上、諸君らに下された命令は無効である。よって、余が新たに命じる。第二連隊は直ちに戦闘態勢を解除し、余のパレードに参加するのだ」


「パレード……」


 何とも言えない声音で、騎兵隊長が唸った。こちらが行進曲をかき鳴らしながら街中を練り歩いているのは、彼女らも事前偵察で把握しているだろう。『なんだこれ……』と困惑しているうちに、グーディメル侯爵が攻撃を命令した……そういう感じだろうか?

 なんにせよ、侯爵が何と言おうがオレアン公とスオラハティ辺境伯が和睦している以上は鎮圧命令は無効である。ほかならぬ王太子がそう言っている以上、彼女らはそう納得するほかない。


「昨日から散発的に続いた戦闘により、王都の民はさぞ不安を感じていることだろう。王家と王都防衛隊の武威を示し、民衆に安心を与える。それこそ、今の我々が果たすべき最大の任務である!」


 自信に満ちた態度で、フランセット殿下はそう言い切った。その態度は威風堂々としたもので、まさに王者の風格がある。


「さあ、諸君! 余に続け! 今こそ王軍の使命を思い出す時だ!」


「……はっ! 了解いたしました!」


 フランセット殿下は無体な命令を出しているわけではない。あくまで、たんにパレードに参加しろと言っているだけだ。こちらにはパレア第一連隊や第五連隊、それに第三連隊の旗も掲げられているから、戦闘に突入すれば王軍相打つ事態は避けられない。

 いくら王命とはいえ、にわかには納得しがたい任務だ。それに比べれば、パレードへの参加など遥かに気楽にできる任務だろう。騎兵隊長は姿勢を正しながら敬礼をし、振り返って部下たちに命じる。


「突撃隊形解除! これより王太子殿下にお供してパレードに参加する!」


 その言葉を聞いて、微かにフランセット殿下の方が下がった。流石の彼女も、多少緊張していたらしい。僕は視線を周囲に向けた。僕の経験上、こういう気が抜けたタイミングが一番危ない。


「……ッ! 殿下、奇襲です!」


 そしてその懸念は、杞憂ではなかった。わき道から、革鎧を着込んだ軽騎兵の集団がこちらに向けて突っ込んで来ていたのだ。大通りの両脇には大量の群衆が居たが、お構いなしに蹴散らしている。明らかに攻撃態勢だった。


「ちぃっ! 迎撃用意!」


 心底忌々しそうな様子で、フランセット殿下が叫ぶ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る