第118話 くっころ男騎士と想定外

 持久体制から一転、全力の攻勢をしかけたこちらの動きに、パレア第三連隊は対応しきれなかった。彼女らの主力はもともと、王城の守備兵と戦っていたのだ。それがいきなり横合いから殴られたのだから、たまったものではないだろう。


「王城前広場から敵を駆逐する。突撃!」


 やっとのことで到着した歩兵大隊に、僕はそう命じた。遅れたことを詫びるように、歩兵隊は奮戦する。そうこうしているうちに、別の大通り二か所からも新たな歩兵大隊が突入してくる。この合計三個歩兵大隊が、僕たちの主力だ。これだけの軍勢が揃えば、戦力的には敵大隊とまったく互角だ。もはや防御的に立ち回る必要などまったくない。

 王城前広場は、ガレア王国の歴代の英雄の銅像が立ち並ぶ荘厳な公園として整備されている。荘厳かつ広々とした王都民の自慢の広場は、百人単位の部隊同士がぶつかり合う激戦区と化していた。


「進め進め! 後れたぶんは戦働きで挽回しろ!」


 歩兵部隊の指揮官が、唾を飛ばしながら命令する。一個大隊は、定数三百六十名。平時ゆえの予算不足や行軍中の落伍者の為にこの部隊は定数を満たしていないが、それでも数百人が一斉に敵に攻撃を仕掛ける様は壮観だった。

 僕の前世の役職は、中隊長。部下は百数十名だった。しかし、今は合計で千人以上の兵士が僕の指揮下に居る。もちろん彼女らは借り物の部隊だし、僕自身も正式な指揮官という訳ではない。しかし、それでも現実として僕の指示一つで兵隊千人が進んだり退いたりするのだ。背筋にはゾクゾクとした快感が走っていた。前世から続く夢の先に、今の僕は居る。


「戦闘をこなしてきた様子はないが、いったいどうして遅れたんだ? ああいや、責めているわけではない。部隊がすべて予定通りの時間に到着するなんて、ありえないことだからな」


 とはいえ、いつまでも興奮しているわけにはいかない。突破口を開くための突撃を完遂し、味方歩兵部隊の後方へと戻ってきた僕は、手近にいた若い士官にそう聞いた。この大隊だけではなく、すべての歩兵部隊が予定より大幅に遅れて到着したわけだからな。それなりの理由があるはずだと考えたからだ。


「避難民の大群に巻き込まれたんですよ。平民街のほうは、ひどいことになってます」


「何だって!?」


 顔色を変えて聞き返したのは、先ほど合流したばかりのスオラハティ辺境伯だった。僕自身も、顔から血の気が失せた。


「避難民だって? 国王陛下の名前で戒厳令を出してるんだぞ。いったいどうして家の外に出てくるんだ」


「そう思って、私も尋ねてみたんですがね。貴族街の方から、パンパン、パンパン聞きなれない音がするもんだから……戦術級の魔法の打ちあいになってるんじゃないかって、避難民たちのほとんどがそう言ってました。そんな状態じゃ、家の中も安全じゃないって……」


「なにっ……!」


 僕は、反射的に頭を抱えそうになった。そりゃ、当たり前だ。小銃や大砲を用いた戦争なんか、この世界の住民は未経験だ。剣や槍をぶつけあい、弓矢と魔法を撃ち合うのがこの世界の伝統的な戦い方である。異様な音を出したら、そりゃ派手に魔法戦をやっていると思われてしまう……。その不安感が、流言飛語を産んだのだろう。完全に僕の計算ミスだった。


「避難民は、どの程度居るんだ」


「たくさんですよ、たくさん。平民街の大通りは、避難民でいっぱいになってます。とても進軍なんかできないような有様で……味方の翼竜ワイバーン隊が助力を申し出てくれましてね。その誘導に従って、やっとのことで王城前広場までたどり着けたんです」


「面倒なことになったな」


 顔を引きつらせて、辺境伯が言った。彼女は腕組みをしたまま、ちらりとアデライド邸のほうを見る。周囲の建物より頭一つ高いその屋敷は、王城前広場からもよく見える。その屋根には、相変わらず手旗信号員が待機していた。迫撃砲の発砲音も聞こえる。

 前線には手厚い火力支援が続けられていた。迫撃砲弾を喰らって防御陣形が維持できなくなったところに、味方歩兵部隊が突っ込んでいくのだ。戦闘は一方的だった。


「純軍事的に見ても、よろしくない。火薬庫は郊外にあるからな。避難民があふれて交通がマヒすれば、補給が受けられなくなる。……それだけならまだいいが、統治的に見てもこのままでは不味い。反乱の鎮圧が終わるころには、王都の治安はめちゃくちゃになってしまっているかもしれないぞ」


「混乱によって少なくない数の死傷者が出るでしょう。それに、火事場泥棒の類だって……。しかし、衛兵隊だけで事態を収拾するのは難しいですね」


「ああ。軍が出動しないことにはどうしようもない」


 しかし、そんなところに人員を割いている余裕はどこにもないのである。僕と辺境伯はそろって考え込んだ。


「話は聞かせていただきました」


 そこへ、静かだが力のこもった声がかけられた。そちらへ顔を向けると、腕を三角巾で吊ったままのフィオレンツァ司教が、ふらふらと歩いてきていた。後ろには、お供の修道女の姿もある。


「フィオレンツァ様! いけません、こんな前線に出てきては……」


 状況は有利とはいえ、熾烈な戦闘はいまだに続いている。ここは比較的後方だが、どこからか流れ矢が飛んでくるかもしれない。


「男のアルベールさんが戦っているのです。女である私が、いつまでも後ろで震えているわけにはいきません」


「……」


 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。僕が黙り込むと、司教はにこりと柔らかく笑った。


「避難民の方ですが、我々に万事お任せください。大聖堂には、総出で混乱の収拾にあたるようすでに指示を出しています」


「……」


 辺境伯が静かに息を吐いた。借りを作りたくない相手に借りを作った、そういう表情だ。しかし、背に腹は代えられない。今はとにかく、一刻を争う状態なのだ。


「仕方がないか。司教様、よろしくお願いします」


「ええ、ええ。もちろんです」


 笑顔のまま、司教は深々と頷いた。そして顔を青くして、「イタタ……」と小さくうめき声をあげる。戦闘に直接参加したわけでもないのに、満身創痍だな。まあ、僕の不注意と義妹の突進が原因の怪我なのだから、申し訳ないことこの上ないが……。


「とにかく、今は王城の解囲に全力を尽くしましょう。戦闘が終われば、民衆も落ち着きを取り戻すでしょうから」


 そのためには、まずパレア第三連隊の撃破だ。敵は彼女らの他にもいるが、第三連隊こそがオレアン公派部隊の中核であるのは確かだ。こいつを倒してしまえば、状況ははるかに改善するだろう。


「逆に考えると、これは敵の策かもしれないな。状況が不利になったので、手段を選ばずこちらの足を引っ張ろうと……」


「まさか、とは思いたいですが……敵の善性に期待するべきではありませんね。その可能性も考慮すべきでしょう」


 なにしろ、相手はあのオレアン公だしな。汚い手を使うことに、躊躇はないだろう。


「相手の思惑に乗らないためにも、今は速攻あるのみか。そろそろ敵も態勢を立て直して、本格的に反撃をしてくるだろうが……どうする?」


「当然、考えてあります。王城の方に信号弾で連絡を入れました。もう少しすれば、跳ね橋が下りて近衛騎士団が出撃してくるはずです。敵の注意が近衛騎士団に向いている隙に……」


「大攻勢を仕掛ける?」


 難しい顔をして、辺境伯は人差し指をぐるぐると回した。


「もちろん。しかし、本命はそちらではありません。末端の兵士をいくら殺しても、仕方がありませんから。そこで、騎兵隊にもうひと頑張りしてもらうことにしました」


「迂回して本丸を一気に落とす気か。確かに、兵たちは上官の命令に従っているだけだ。本心から王に矛を向けている兵士など、ほとんどいないだろう。頭さえ落としてしまえば、それ以上抵抗はすまい……」


「ええ、その通りです」


 ライフル兵隊との戦闘で大きな被害を被った騎兵中隊主力も、すでに再編成を終えている。これを使って、僕は敵連隊長を直に狙いに行く作戦を立てていた。

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