第103話 くっころ男騎士と王城奪還

「キエエエッ!!」


 大上段から振り下ろしたサーベルが、鎖帷子チェーンメイルに包まれた衛兵の肉体を両断した。この手の普通の防具ならば、身体強化魔法を使わずともなんとか対処可能だ。返り血を浴びつつ、僕はさらに叫ぶ。


「キエエエエエエエエッ!!」


 こちらに向けて槍を突き出そうとしていた衛兵が、その声に驚いて一瞬動きを止める。当然、その隙は逃さない。ふかふかの絨毯を軍靴で蹴り、突撃。全力でサーベルを振り下ろすと、惨殺死体がさらに一つ増えた。


「制圧完了!」


 近衛騎士の一人が大声で宣言した。確かに、見る限りこの大広間に戦闘力を残した敵はもはや残っていないようだ。居るのは味方と、死体と、投降した敵兵のみ。僕は小さく息を吐いて、サーベルの刀身にベッタリと付着した鮮血を布切れでふき取る。

 クーデターが発生してから約一時間。僕たちは近衛騎士団と協力し、城内の敵の駆逐に精を出していた。敵の兵力の中心は、城の警備全般を担当している衛兵隊だ。しかし、当の衛兵たちの士気は驚くほど低かった。明らかに逃げ腰で、戦う前に投降してくる者すら居た。おそらく、まともに事情も知らされないまま上官の強引な命令で戦わせられているのだろう。


「アナタ!」


 そんなことを考えていると、僕の肩を叩く者が居た。振り返ってみると、近衛騎士の一人だ。兜の面頬バイザーを開き、いかにも高位貴族らしい気品のある顔立ちが露わになっている。


「エンチャントされていない量産品とはいえ、鎖帷子ごと敵を真っ二つとはなかなかの剛剣使いですわね! 気に入りましたわ、うちへ来て弟をファックしてもよろしくってよ!」


 いきなり何を言い出すのだろうか、こいつは。流石に困惑して、その騎士をまじまじと見る。コンバット・ハイでおかしなことを口走っているだけかと思ったが、そういう様子でもない。


「……結構です。僕は男ですから」


「まあ、まあ! 本当ですの! まあ!」


 僕も面頬を開いて見せると、近衛騎士はぴょんぴょんと跳ねた。


「じゃあワタクシとファック……アイタッ!」


 そんな彼女の後頭部を、近衛団長がブン殴った。籠手と兜がぶつかる景気の良い音が周囲に響き渡る。……兜つけてるんだから痛くはないと思うんだけどな。


「すまない、アルベール殿。こいつは筋金入りのアホでな……」


 額に手を当て、近衛団長はやれやれと首を振る。その様子に、思わず僕は笑ってしまった。部下がアレだと、上官はなかなか苦労するものだからな。僕もこの手の経験はある。


「愉快な人は嫌いじゃないですよ」


「そう言ってくれると助かる。まあ、友人としては悪いヤツではないんだが……おい、お前も笑ってないで働け。捕虜から命令者を聞き出すんだ。敵の指揮系統が知りたい」


「はぁい」


 不承不承と言った様子で去っていくアホ騎士を見送った近衛団長が肩をすくめる。


「しかし、本当に素晴らしい腕前だな。君が女だったら、とっくの昔に近衛騎士団にスカウトしているところなんだが。あの馬鹿に同意するわけじゃないが、弟か息子を差し出してでも味方に引き入れておきたかったよ」


「ははは……ありがとうございます」


 女だったら、ということは男だとやっぱり厳しいのかね? ま、同性ばかりの集団に異性が入り込むと、ろくなことにならないからな。仕方ないか。


「それはそうと、少しばかり不味い事になった」


 苦笑いしていた近衛団長だが、すぐに表情を改める。その声音はひどく緊迫したものだった。


「というと?」


 あまり周囲に聞かせたい話ではないのだろう。近衛隊長は周りを確認してから、僕の耳に口を近づけた。


「王城が敵部隊に包囲された」


「……」


 マジか? マジか……。僕は思わず、額に手を当てた。王城が包囲されたということは、つまり王都パレア市のど真ん中で戦力が展開したということになる。敵は、この中央大陸でも有数の人口密度を誇る大都市を、戦場にしてもかまわないと判断したわけだ。

 もともと、王都が戦場になる可能性については考慮していた。考慮していたが、だからと言って納得できるわけではない。軍人の役割は、まず第一に市民生活を守ることだろうに。オレアン公とその一派は、その使命を投げ捨てたのか? ……許しがたい。容認できない。自然と、剣を握る手に力がこもった。


「王城を包囲した部隊は、おそらくパレア第三連隊だ」


 その部隊名は聞いたことがある。オレアン公派の部隊の筆頭で、たしか隊長はオレアン公爵家ゆかりの貴族だ。


「……なんとまあ、素早い事で。対応は間に合ったんですか?」


 連隊、つまり千人規模の敵が城の周りを取り囲んでいるわけだ。事前準備はしていただろうにしても、クーデターが始まってからまだ一時間しかたってないんだぞ。


「城門の詰め所も敵に制圧されていたが……何とか突入が間に合った。寸でのところで、堀の跳ね橋を閉鎖することに成功したらしい」


「なるほど、よかった。しかし、敵が攻城兵器を出してくる前に、なんとか解囲させたいところですね」


 頭の中で、王城の周囲の地形を思い描く。とにかく、市民生活に致命的な影響が出る前に、馬鹿なことをしでかしたアホ共を叩きのめさねばならない。全力で頭を回して、最速で鎮圧するための作戦を練る。

 今回の作戦は、時間が敵だ。敵増援だけが問題なのではない。王都が戦場であり続ける限り、物流は麻痺する。市民生活にどれだけの悪影響が出るか……考えたくもない。最悪の場合、食料が足りなくなる。王都は食料の大量消費地だ。備蓄品だけで、市民と軍人の腹を満たし続けるのは難しい。


「ああ。……しかし、城内から打って出るわけにもいかん。現状の戦力では、籠城するので精いっぱいだ。平時体制から、いきなりのクーデターだからな。城内に駐留している兵士は、最低限の数しかいない……」


 だからこそ、僕まで剣を振り回して戦う羽目になってるわけだからな。近衛騎士団に十分な戦力があれば、衛兵の制圧は彼女らに任せて城外の味方部隊と合流してる所なんだが。


「ということは……外の敵を味方がなんとかしてくれるまで、私たちはお城の中で耐え続けるしかないということですか?」


 僕の近くにソロリと寄ってきたカリーナが聞く。作戦の概要については、彼女にも聞かせてあった。僕が城の中で釘づけにされるのはマズイ。そう思ったのだろう。


「私としては、できればアルベール殿にも防衛戦に協力してもらいたいところだがね。しかし、そういうわけにもいかんだろう?」


「ええ、もちろん。国王陛下から与えられた僕の任務は、『城を守れ』ではなく『反乱部隊を鎮圧せよ』ですから」


 とにかく、猶予はほとんどない。オレアン公軍が王都に到着してしまったら、事態は解決不能なほどややこしくなる。その前に王都内の反乱部隊を倒し、可能であればオレアン公やイザベルを捕縛して事態を収拾させる必要があった。


「だろうな。……安心しなさい、もうすぐ君たちの城外脱出の準備が整うはずだ」


「えっ? でも、お城の周りは包囲されてるって……」


「なあに、やりようはいくらでもある。何しろ、ここは"城"だ。政治機能しか持たない"宮殿"とは違う。敵に包囲されることなぞ、設計段階で織り込み済みよ」


 ニヤリと笑って、近衛団長はそう言い切った。

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