第104話 くっころ男騎士と脱出路

 この手の大きな城には、万が一に備えた秘密の脱出経路が設けられているものだ。僕たちが案内されたのも、そういった目的で建造された地下道だった。とはいっても、僕たちは目隠しをされていたためいったいどういうルートを通って城外に出たのかはさっぱりわからない。僕が目隠しを取られた場所は、どこかの市街地の裏路地だった。


「面倒な真似をさせてもうしわけありません。しかし、このルートは極秘ですので……辺境伯様やアルベール殿とはいえ、知られるわけにはいかないのです」


 案内してくれた近衛騎士が、深々と頭を下げる。


「気にするな。我が城にも、同じような秘密はある」


 対するスオラハティ辺境伯は、右手を軽く上げて鷹揚に頷いた。王城から脱出したのは僕とスオラハティ辺境伯、ジョゼットとカリーナ、そして辺境伯の護衛の騎士数名という結構な大人数だ。

 目立たないよう、本来ならもっと少人数で行動したほうが良いのだが……鎮圧軍は名目上、指揮官がスオラハティ辺境伯、そしてその補佐に僕という陣容になっている。あくまで二人そろって味方部隊と合流する必要があった。


「ところで、現在地点はどこですか? 出来るだけ早く味方と合流したいのですが」


「今、我々が居るのが……ここです」


 近衛騎士は、腰のポーチから王都の地図を取り出して僕たちに見せた。軍事用に用いられる、極めて詳細な地図だ。彼女が指し示しているのは、円形状に作られた町並みの外周部……主に貧民が居住している区画である。


「ずいぶん歩いたと思ったが、これほどとは」


 秘密の地下道は、なかなか大規模なものらしいな。王城からここまで、かなりの距離がある。


「味方部隊は、ニノン・シャルリエ広場で待機しているはずです。ここからだと……十分ほどでたどり着けますね」


 僕の言葉に、スオラハティ辺境伯が頷いた。鎮圧軍は辺境伯の護衛戦力だった騎兵中隊を中核に編成される予定になっているのだが、この騎兵中隊は普段王都の外で待機している。外様の領主である辺境伯は、王都内に一定以上の戦力を入れることを禁じられているからだ。

 しかし、今は緊急事態。事前に国王陛下の許可を取りつけ、事件が発生した時点で王都内に急行してもらう手はずになっていた。オレアン公の妨害がなければ、そろそろ集結が完了しているはずなのだが……。


「王都育ちのブロンダン卿には不要でしょうが、一応案内を準備しています」


「というと?」


「わたくしですよ、アルベールさん」


 タイミングを見計らったように、声がかかる。声の出所に目をやると、青白の司教服を纏った見慣れた少女が路地の影から出てきた。後ろには、お供らしき修道女が数名付き従っている。


「フィオレンツァ様!」


「お久しぶりです、スオラハティ辺境伯様。それに、お初にお目にかかる皆様も。このフィオレンツァ・キルアージが、皆様をご案内させていただきます」


「……これはこれは。驚きましたよ、司教様」


 辺境伯は眉を跳ね上げてそう答え、僕に耳打ちしてきた。


「アルが頼んだのか?」


「いえ、情報を貰って以降は連絡を取っていなかったんですが……」


 何しろ、コトがコトだからな。クーデターなんぞに非戦闘員である彼女を巻き込むわけにはいかない。頻繁に連絡をとりあっていたら、どう考えても司教が敵に目をつけられてしまう。彼女は孤児院なんかも経営してるわけだしな。被害がそっちの方に行ったら、不味いどころの話じゃないだろ。


「……」


 にこにこしたまま、司教は静かに頷いた。そのあたりも理解した上で、僕に協力してくれるわけか。フィオレンツァ司教はあと先も考えずに行動するほど直情的な人間じゃないからな。それなりの保険もかけてあるのだろうか?


「わたくしも、部外者ではありませんから。一人だけ後方で知らんぷりをしているわけにはいかないのです」


「ふうむ」


 辺境伯は小さく唸って考え込んだ。しかし、部外者じゃない、か。確かに、彼女からの情報がなければ僕たちが鎮圧軍を任されるようなことはなかったはずだ。そのことについて、責任を感じているのだろうか? そうだとすれば、なんだか申し訳ない。


「ねえねえ」


 そんなことを考えていると、カリーナが寄ってきた。


「あの方、司教様なの? あの若さで?」


「そうだよ。すごいだろ? 星導教史上もっとも若い司教様だ」


「ぴゃあ……」


 司教と言えば、ひとつの教区を任されるような重大な立場だ。世俗の階級で言えば、伯爵や侯爵なみの大物である。僕の記憶が確かなら、神聖帝国には大きな領地を治め世俗領主のようにふるまっている司教も居たはずだ。帝国出身のカリーナからすれば、余計に偉い人に見えるんだろうな。


「お兄様の知り合いってすごいひとばっかりだね……」


「自慢じゃないけどコネだけはなかなかのものだよ、僕は」


 じゃなきゃこんな素早く出世できてないからな!


「わざわざ案内の為だけにいらしたわけではないでしょう? もしや、戦場にも同行されるおつもりですか」


「ええ、もちろん」


 辺境伯の質問に、司教はしっかりと頷いた。そして、司教服の胸元をはだけて見せる。彼女の薄い胸は、鎖帷子でしっかりと守られていた。色合いから見て、ミスリルでメッキされている……つまり魔装甲冑エンチャントアーマーの一種ということだな。鉄はそのままでは魔力を通さないため、魔法で強化するためにはミスリルでコーティングしてやる必要がある。

 板金鎧が普及した現代においては簡易的・補助的な防具として扱われがちな鎖帷子ではあるが、魔力で強化されているなら話は別だ。無強化の板金鎧並みか、それ以上の防御力はあるはず。完全に戦場に出るつもりの装備だ。


「反乱軍も、皆が納得ずくで動いているわけではないでしょう。事態をよく理解しないまま、流されて戦っている方も多くいるハズ……」


 はだけた司教服を直しつつ、フィオレンツァ司教は悩ましい表情でそう言った。確かに、それはその通りだ。今の敵戦力の中心は、元は王軍に所属していた部隊だ。昨日までの主君に弓を引くことに疑問を覚えている者も多いだろう。


「若輩者ではありますが、わたくしも司教。聖職者の言葉であれば、彼女らも耳を貸してくれるでしょう。矛を交えることなく、正しい道へ戻してやることが出来るのではないかと……」


 ……そういう手段もあるか。確かに、聖職者から「今すぐ矛を収めるなら罪には問わない」と呼びかけてもらえば、従ってくれる兵士も居そうな気がする。軍人でもない彼女に協力を頼むのは気が引けるが、今は四の五の言ってる暇はないからな。とにかく優先すべきなのは、一分一秒でも早く事態を解決することだ。僕としては、司教の意見には賛成だった。


「なるほど、一理あります」


 しかし、辺境伯はそうは思わなかったらしい。頷きつつも、その表情は納得していない様子だった。しばらくこの申し出を断る方法を考えていたようだが、やがて深いため息を吐いて頷く。


「承知いたしました、よろしくお願いいたします。司教様」


「ええ。微力ながら、精一杯お手伝いさせていただきます」


 そう言うことになった。

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