第99話 重鎮辺境伯と晩餐

「……」


 私、カステヘルミ・スオラハティは密かにため息をついた。久しぶりのアルとの晩餐だというのに、まったく面白みのない話題の会話をせざるを得ない状況になってしまったからだ。


「街中で大砲を使うのか?」


「重野砲はともかく、山砲と迫撃砲なら必要な機動性を確保できます。榴散弾とキャニスター弾を中心に運用すれば、建物に対する被害も最低限に抑えられるはず――」


 オレアン公のクーデター。それに対抗すべく、フォークを片手にアルとアデライドが議論を交わしている。アルに喜んでもらおうと、料理は私が自作した。なのに、こんな物騒な話をしていては味などまったくわからなくなってしまうだろう。私はもう一度ため息をついて、小さく切り分けた川魚のソテーを口に運んだ。

 いや、わかっている。仕方ないんだ。貴族として、目の前の危機には対処せねばならない。ここですべてを部下に丸投げし、ノンビリ食事に興じるような輩を私は好きになったりしない。こういう彼だからこそ、私は心を奪われたんだ。……まあ、それはそれとしてひどく残念に思う気持ちも真実なのだけれど。


「初期対応の主力は、私の護衛たちを使えばいいだろう。数は少ないが、我が辺境伯軍の最精鋭だ。頼りになるぞ」


「辺境伯様自ら御出陣ですか」


「うん、それもいいだろう」


 公爵の反乱を止めるべく、辺境伯たる私が自ら陣頭に立つ。シナリオとしては上等だ。荒事は嫌いだし、近づきたくもない。そんな雄々しい思考を持つ私だが、大貴族としての正しい振る舞いというものも理解している。正直言って戦闘に出るのは怖いが、本当にあの老公爵がそんな大それた真似をするというのなら、自身の勢力を拡大するチャンスだ。

 いや、はっきり言えば別に私は辺境伯家をこれ以上大きくしてやろうという気は薄い。現状維持でも別に構わないんじゃないか、そう思うこともしばしばだ。しかし、ソニアとアル……辺境伯家の次代を担うこの二人のことを思うと、まあやれるだけやってみようか……そんな気分になってくる。


「しかし実際の指揮を執るのは、アル。君だ」


「……僕が辺境伯軍を?」


「そうだ。明らかに君は私よりも戦上手だからな。遊ばせておくのはもったいない」


 うまく行けば、アルの昇爵につなげられるだろうしな。伯爵にでもなって貰えれば、辺境伯の夫としては申し分ない。領主貴族というのがやや厄介だが、リースベン領の実際の運営は代官に任せれば良いわけだし。


「責任は私が持つ。存分に暴れてくれ」


 反乱対策のため、私であっても王都へは大量の戦力は持ち込めない。実際に私が護衛として連れているのは、十数名の騎士のみだ。しかし、王都の外には騎兵を一個中隊待機させてある。領地のノール辺境領から王都まで往復する際の、護衛戦力だ。アルは極めて優秀な指揮官であり、これだけの戦力があればかなり戦えるはずだ。


「……畏まりました」


 フォークを置き、アルは一礼した。私はにこりと笑い返す。


「……難しい話は、これくらいにしようか。せっかくの料理が冷めてしまうよ」


 とはいえ実際問題、私はいまだにオレアン公がクーデターを企てているという情報には半信半疑だった。確かに、状況的に考えればこのクーデターの成功確率はそれなりに高い。しかし、長年あの老公爵と対峙している私からすれば、違和感はぬぐえない。少しばかり勝算があるとしても、ここまで冒険的な博打に出てくるような性格ではないはずだ。

 あくまで、クーデター対策は万が一に備えての準備だ。情報元のフィオレンツァ司教に関しても、私はあまり信用していないしな。周囲の評判はいいし、話してみれば確かに人の良さそうな雰囲気ではある。しかし、私の嗅覚は彼女から詐欺師の臭いを嗅ぎ取っていた。全面的に信用していい人物だとは、とても思えない。


「今日の料理は、見習いコックが作ったんだ。普段食べているものに比べれば、少々つたないものかもしれないが……」


「いえいえ、とんでもない。とても美味しいですよ」


「おいしい、か。嬉しいことを言ってくれる。コックに伝えておこう」


 今夜の料理は私が作った。しかし、そのことはアルには伝えていない。私の手作りだと知ったら、絶対に気を使われるからな。しかし、だからこそ褒めてもらえるのは嬉しい。私は頬が熱くなるのを感じつつ、彼から顔を逸らした。


「……」


 視界の端に、ワインのボトルが目に入る。実のところ、私はコレの力を借りてアルに添い寝を頼もうと思っていた。もちろん、アルは酒に強いのは知っている。しかし、私はワイン一杯でベロベロだ。アルコールで気が大きくなれば、脳裏にチラつくソニアの影も振り払うことができるはず。

 とはいえ、ソニアと決定的な決別をする気はないのでもちろんセックスはしない。したいけど、我慢する。でも添い寝くらいならソニアも許してくれるだろう。体の寂しさは我慢できるが、心の寂しさはもう限界だ。私には癒しが必要なんだ。

 でも、呼んでも居ないアデライドが来てしまったせいで、計画は滅茶苦茶だ。流石にこの女の前でアルに秋波を送る訳にもいかない。


「ふむ。まだ粗削りではありますが、確かに悪くはありませんな」


 そんなことを言いながら川魚をつつくアデライドに、思わず恨みがましい目を向けてしまう。彼女はニヤリと笑った。こっちの思惑などお見通し、そう言わんばかりの態度だ。

 ……アデライドがアルを狙っているのは知っている。向こうも、私がアルを求めていることは知っているだろう。いわゆる、恋敵というやつだ。長年の友人、かつビジネスパートナーであるアデライドだが、だからと言って気兼ねはしないし、されない。


「ふん。気に入らないなら、新しいものを出そうか?」


「まさかまさか。有難くいただきますとも、ええ」


「まったく」


 嫌味なものだ。しかし自然と、口元に笑みが浮かぶ。恋敵ではあっても、相手は親友だ。最低限の淑女協定はあって、お互いそれは守っている。一人の男を友人同士で取り合うのは、灰色のまま終わってしまった青春を取り戻したようで愉快だった。

 いっそのこと、二人でアルを共有しようか。そんな不埒な考えさえ湧いてくる。星導教の教えでは、男は亜人と只人ヒューム、二人の妻に仕えるべしとされている。男を産めるのは只人ヒュームだけなのに、亜人が男を独占していたらどんどん只人ヒュームの個体数が減ってしまうからな。だから、私とアデライドが二人そろって本懐を遂げたところで、法的にも道徳的にも何の問題もない。

 とはいえ、それは極星がお許しになってもソニアは許さないだろうな。こっそりアデライドと二人でアルを食ってしまったら、苛烈なソニアのことだから本気で私を殺しにかかる可能性すらある。それは流石に避けなければ。ああ、まったく残念だ。

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