第57話 メスガキ騎士と篭絡

 その後、私は水浴びを許可されて身を清めることが出来た。服に関しては、残念ながら従士がどこからか持ってきただぼだぼの平服を着ることになってしまった。正直、普通に残念なんだけど……。

 いや、いや。いつ死ぬかもわからない状況でなんでムラムラしてるのよ、私は。我ながらちょっとおかしいでしょ。そう思いながら、自分の頬をぺちぺちと叩く。


「食事はとっているのか?」


 こちらの気分も知らず、アルベールは穏やかな口調で聞いてくる。本当になんなんだろう、コイツ。戦場でわけのわからない奇声を発しつつ暴れまくってた人間と同一人物とは思えないわ。


「……それより、母様は。母様はどうなったの?」


 一番気になってるのはそこなのよ。一騎討ちの妨害なんかした以上、もう私の騎士としてのキャリアは終わったようなもの。ただでさえ、敵前逃亡の前科があるわけだし。誉を投げ捨てたものとして、貴族社会の爪弾きものになってしまうでしょうね。もう終わりよ、終わり。

 それでも、後悔はない。……いや、正直後悔はしてる。でも、でもでも、母様が殺されるより余程マシ。『騎士らしい、勇ましい最期でした』なんて胸を張っていう事なんて、とてもできないわ。


「生きてるよ。お前と同じように、うちの捕虜になってる。やれ酒だ、飯だと大騒ぎしてるみたいだ。まったく、結構な重傷のはずなんだがよくやるよな」


「良かった……!」


 自然と、目尻に涙が浮かんだ。歯を食いしばって、袖で拭う。これ以上、この男の前で涙を見せたくないし。


「まあ、そういう訳だからお前の献身は無駄にはなっていない。安心しろ」


「……うん」


 なんだろう。なんだろう、ホント。この男。私を蔑むでもなく、馬鹿にするでもなく、なんでこんな態度をとるんだろう。全く分からない。戦場では、あんなに無慈悲なのに。

 とにかく、母様が無事だとわかって私は安心した。それでも、こいつがミヒャエラの仇であることには変わりはないけど……ぶっちゃけ、あいつのことを滅茶苦茶嫌っていたせいか、そこまで恨みは持てなかった。我ながら、薄情ね。


「で、食事は? 食ってないのか」


「……食べてない」


「食欲は?」


「……」


 どう答えるのが正解なんだろう、これ。「減ってない!」って答えたいところなんだけど、コイツにはおしっこを漏らしてる所を二回も見られてるのよね……。うわ、思い出しただけで恥ずかしすぎて死にそう……。今さら意地を張っても無駄よね、完全に。


「お腹……減ってる。食べたい」


「よし。あんまり上等なものは出せないが、腹いっぱいになるまで食わせてやろう」


 そう言ってアルベールはニッコリ笑った。


「はふはふ、んぐ、むぐ」


 それから、三十分後。私は宿営地の片隅にある天幕で麦粥をかき込んでいた。乾燥野菜のスープに堅パンを入れて煮込んだだけの簡単な代物だけど、なにしろ空腹だからすごくおいしい。


「ところでアニキぃ、なんスかこの牛女?」


 給仕服姿のリス獣人が、いぶかしげな様子で私を見てくる。このリス獣人が私に麦粥を持ってきてくれたわけだけど、配膳が終わってもそのまま下がるどころかアルベールの隣の席に座って馴れ馴れしくぺちゃくちゃお喋りを始めたものだから、私は面食らってしまった。


「足枷つけてるってことは、ホリョっスか?」


 当然だけど、私の足にはまだ足枷が嵌まっている。両足のリングが短い鎖で連結されている構造のもので、ゆっくり歩く分には問題ないけど走るのはちょっとムリ。正直、かなり鬱陶しい。


「ほら、あの……ディーゼル伯爵の三女の」


「ああ、いきなり喧嘩売ってきた軍使っスか! アニキ、一体なんでそんなのを!?」


「いきなり喧嘩を売ってきたのはお前の姉貴も一緒じゃないか? いや、あれはお前らの雇い主のせいだが」


 アルベールは何か言っていたが、私はそれどころじゃない。ほんの数日前の出来事だけど、もう思い出したくもない。あれだけの大言壮語を吐いておいて、この現状は何?


「ぴえ……」


 また涙と鼻水が出てきた。まだ半分以上残った麦粥の腕をぎゅっと両手で包んで我慢する。そんな私を見て、アルベールは苦笑した。


「まあ、そういじめてやるなよ」


「いや、アニキがいいってんなら自分が文句を言う筋合いはないっスけどね?」


 そう言ってから、リス獣人はぽんと両手を叩いた・


「ああ、そういえば聞いたッスよ! 敵前逃亡した挙句親の一騎討ちを邪魔したアホが居るって! そんなんじゃ身代金も出してくれないでしょうし、処刑前にちょっとはいい思いをさせてやろうって優しさっスね!」


「ぴゃあああっ!?」


 えっ、何、そういう事!? よく考えたら、絶対本家は身代金なんか出してくれないわ! いや、出してくれたところで、どのツラ下げて戻るんだって話だけど……。でも、たしかに身代金を払えないってことは、私ってば処刑されるほかないじゃない!!


「処刑なんぞせん。だからいじめるのはやめろと言っているだろうに」


「あだっ!」


 アルベールのチョップがリス獣人の頭に直撃した。といっても、その手つきはひどく優しいもの。リス獣人も口では痛いなんて言っていているけど、顔が笑顔なものだから説得力は皆無だった。


「貴重なロリきょ……じゃない、将来有望な騎士を殺すなんてもったいないことはせんよ。身代金が出ないというのなら逆に都合がいい。うちで働いて、稼いだぶんを自身の身代金に充てればいい。それでお前は自由の身だ」


「……え、いいの」


「ああ。お前が突っ込んで来てくれたおかげで、僕もお前の母親を殺めずに済んだ。まだ、関係改善の余地はあるだろう。どうだ?」


「……ありがとう」


 ……こいつ、本当になんでこんなに私に優しいの? 正直、嫌われたり軽蔑されたりしそうなことしかしてないような気がするんだけど、私。

 まさか、まさかだけど。実はコイツ、私に惚れてたりする? いわゆる、一目ぼれというヤツ。それ以外に、私に優しくする理由なんて思いつかないんだけど。いや、流石に無いわよね? 流石にね? ……でも、もしそうだったらちょっと嬉しいかも。

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