第58話 盗撮魔副官と寝返り工作

「あれは堕ちたな。想定通りだ」


 アル様たちの様子を遠くから眺めつつ、わたし、ソニア・スオラハティは呟いた。視線の先には、まんざらでもなさそうな表情を浮かべるチビ牛騎士の姿がある。

 わたしは今、指揮官用天幕で報告書を読むフリをしつつアル様とチビ牛騎士の観察をしていた。一応ヤツも捕虜なので、いきなり暴れだす可能性も考えられた。いつでもアル様をお守りできるよう、剣の準備はできている。


「まあ、あのくらいの年齢だからね。アル様みたいなイイ感じのお兄さんに優しくされたら、あっという間にコロリでしょ。戦場とのギャップもあるから、特にね」


 同僚の騎士、ロジーヌが香草茶の入ったカップを片手に応えた。昨日の戦闘の疲れが残っているのか、その表情はひどく眠そうだ。


「でもさあ、あんなチビ助を味方にして、なんかいいことあるの?」


 お優しいアル様のことだ。捕虜を手ひどく扱うことはまずありえない。そしてチビ牛騎士はチビ牛騎士で、こちらに憎悪を抱いている様子もあまりなかった。ならば、二人を会せれば自然と懐柔ができるのではないかとわたしは考えたのだ。

 そのための策も、事前に打っていた。兵たちに金を渡し、捕虜虐待を控えめ・・・にしてやることで、こちらへの憎悪を過剰に煽らずにアル様に助けられた経験をさせる。あとは勝手に向こうがアル様に惚れるという寸法だ。

 雑なやり方だが、まあ別に失敗しても大したリスクがあるわけでもない。成功した場合のメリットは大きいから、やらない理由はないだろう。個人的にあのメスガキは嫌いだが、それがアル様の利益になるのならば多少の不愉快は飲み込める。


「ディーゼル家の内情に詳しい人物が手元に居るというのは、大きなメリットだ。アル様がリースベンで働く限り、奴らとの付き合いは続く。そうでなければ困る。せっかく苦労してここまで叩いたんだからな」


「確かにね。こっちはダニエラまで失ってるわけだし」


 戦争は外交の延長である、というのがアル様の教えだ。ここまで被害を与えたのだから、ディーゼル家の人間がアル様や我々を舐めることは金輪際あるまい。今後の外交は随分とやりやすくなるはずだ。

 これでディーゼル家が倒れて別の家の人間が隣国の領主になったりしたら、また外交関係の構築がやり直しになってしまう。それは非常に困る。アル様が男というだけで舐めてくるやからはいくらでも居るからな。立場を弁えさせるために、また一戦しなくてはならないかもしれない。


「そうだ。この戦いが無駄だったなんてことになれば、奴に申し訳が立たない」


 ロクデナシではあったが、それでもダニエラは我々の仲間だ。その死を無駄にするような真似はできない。


「まあでも、よく我慢できるよね。恋敵が増えるんじゃないの、アンタにとってのさ」


 重くなった空気を振り払うようにして、ロジーヌはニヤリと笑った。は? 恋敵……?


「何を言っているんだ、お前は。あのチビがアル様に好意を抱いたところで、何の問題がある?」


 わたしが欲しているのは、この戦争の間だけ利用できる即効性のある情報ではない。あくまで、ディーゼル家と継続した外交関係を結ぶ際に必要になる、長期的な情報源だ。だからこそ、こんな迂遠な策を取っている。恐怖で縛るより好意で縛った方が、離反される恐れが少ないからだ。


「あんなチビで雑魚で馬鹿で頭の中に性欲しか詰まってないようなガキがいくらアル様に懸想したところで、わたしにとってはなんの脅威にもならん」


 なにしろわたしはアル様の幼馴染で、無二の友人で、最高の副官で、最強の護衛でもある。とてもではないが、あんなクソガキ程度では対等の敵手にはならない。

 ヤツが発情してアル様に襲い掛かるリスクはあるが、それに関しては注意さえしていればどうということはない。体格も未熟なら、技術も未熟な三下騎士だからな。わたしであれば一秒未満で制圧できる。


「頭の中に性欲しか詰まってないのはアンタも似たようなもんでしょ」


「違う、私の頭に詰まっているのはアル様への尊敬と親愛の情だ」


「最後にアル様の写真を撮ったのはいつ?」


「今日の未明。悪夢に歪むアル様の寝顔も美しかった。お労しかったから、こっそり添い寝もしてあげた」


 いや、添い寝と言っても別に夜這いという訳ではない。断じて戦闘続きでムラムラ来ていたからではないし、バカな妹分が死んだせいで妙に寒々しい気分になっていたせいでもない。あくまで、悪夢を見られていた様子のアル様をお慰めするためだ。抱きしめて頭を撫でて差し上げたら、寝顔も穏やかになっていた。だからわたしは間違ったことはしていない。


「早朝からわざわざ人払いしてたのはそういう理由か……」


 呆れた表情のロジーヌだが、添い寝はしても手は出していないのだからいいではないか。本人にバレるといけないので、起床される前に撤退したし。こっそりキスくらいはしたが。

 うん、しかしアレはよかった。しばらくオカズには困らないな。いや、自室に帰ればすでに一生かかっても使いきれないくらいのオカズはあるのだが。まあ、多くて困るものではない。

 ああ、しかし……この頃まともに自分で発散する時間すらないのは不愉快だな。本当に。あの牛共、さっさと降伏すればいいものを。


「アンタさあ……ホントさあ……そのうちバレてひどい目にあわされるよ。百キロの荷物背負わされて百キロランニングとか」


「アル様の命令というのなら、その程度のことは喜んでこなそう」


「馬鹿につける薬はないなあ……」


 幼馴染になんてひどいことを言うのだろうか、この女は。友人でなければ、泣くまで叩きのめしていたところだぞ。

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