第55話 くっころ男騎士と激戦の後
その後、ソニアは僕の期待通りの活躍を見せてくれた。ディーゼル伯爵が倒れた隙に乗じて、ソニアは全面攻勢を仕掛けた。騎兵隊の主力壊滅と総指揮官の敗北に動揺する伯爵軍はその攻勢を受け止めきれず、全面的な潰走状態に陥った。
しかしここで問題が発生した。街道が狭いため、後退に手間取ったのだ、おまけに、無線機などない世界である。撤退指示が後衛部隊に伝わらずもたもたしているうちに、全力で撤退しようとしている前衛部隊との間で地獄のおしくらまんじゅうが発生した。これにより、伯爵軍では多数の圧死者が出たという。僕はその時気絶していたので、この辺りの事情はすべてが終わってから聞かされた。
まあ、実のところこれを狙って敵を誘導したんだけどな。なにしろ、敵の数は弾薬をすべて使い果たしても殲滅できないほど多い。火力や白兵に依らない方法で敵戦力を間引いてやらないことには、いずれ数の力で押し切られてしまう公算が高い。最初の五日以内に敵戦力を半減させ、あとはじっくり腰を据えて持久する。それが僕のたてた作戦だった。
「あー……」
そういう訳で、翌日。嫌になるような晴天の中、僕は重い体を引きずりつつ仕事をしていた。身体強化魔法の副作用はまだ残っていて、非常にしんどい。どれくらいしんどいかというと、調子に乗ってウィスキーをひと瓶開けてしまった日の翌朝くらいのしんどさだ。つまり死んだほうがマシってレベルということだな。
とはいえ、ただでさえ肝心かなめの決戦前に気絶して戦線を離脱してしまった身の上だ。休むわけにはいかない。なにしろ、指揮官のやるべきこといくらでもあるからな。
「こちらの被害は?」
「ヴァレリー傭兵団の死者が十四名、重傷者が三十名。我々騎士隊のほうは、ダニエラが死亡。マガリ、モニカ、ピエレットが重傷です」
「そうか、ダニエラが死んだか……」
騎士隊の連中は、幼年騎士団以来の幼馴染ばかりだ。だから、その人なりも良く知っている。ダニエラは貧乏騎士家出身の癖に男遊びが大好きで、娼館に通って財布をカラにしては僕に金の無心をしに来る筋金入りのカスだった。……でも、あいつと飲む酒は美味かったな。
まるで足元の地面が崩れ去ったような浮遊感を覚える。まったく、最悪の気分だ。……それでも、部下を失うのは初めてではない。前世でも現世でも、少なからず経験している。嫌な話だが、慣れがあった。
目をしばし閉じて、黙とう。それでなんとか、気分を切り替える。まだこの戦争は終わっていない。指揮官が動揺していたら、勝てる戦も勝てなくなる。
「戦傷組は大丈夫か?」
「ええ、命の別状はありません。とはいえ、この戦いの間に戦線復帰は難しいでしょうが」
「生きてればそれでいいさ」
僕はほっと息を吐きだした。
「で、敵の損害は」
「正確な集計は終わっていませんが、死体だけで二百以上あるようです」
「大漁だな」
伯爵軍はまともに戦線を立て直せるような状態ではなかったため、僕たちは第一防衛線まで再び前進することが出来た。しかし、取り戻した塹壕には、大量の死体が落ちている。
撤退中に圧死した者たちや、
第一防衛線は塹壕やら鉄条網やらの障害物が大量にあるため、撤退の際には大渋滞が発生したものと思われる。敵ながら、随分悲惨なことになっていた。
「つまり我々は一人の犠牲で十人の敵を倒したわけだ」
「古今の戦史を紐解いてもそうそうないような圧勝ぶりだな。戦争というより虐殺って感じだ」
となりで聞いていたヴァレリー隊長が、紙巻きたばこを吹かしながらつぶやいた。僕も吸いたくなるので、喫煙するならどこか別の場所でしてほしい。せっかく転生してからずっと禁煙に成功してるんだからさ……。
「おまけに、敵の総大将……とその三女も生け捕りだろう? この戦争、勝ったも同然だな」
伯爵軍はディーゼル伯爵を回収できなかった。僕との一騎討ちで倒れた彼女は、現在わが軍の捕虜となっている。治療に当たった衛生兵曰く、重傷ではあるものの命に別状はないとのことだ。まったく、獣人ってやつは丈夫だな。
「どうだろうな。軍事的に見れば、もう伯爵軍に挽回の目はほとんどないだろうが……」
だからといって、すぐに白旗を上げるとも思えないんだよな。負けすぎると、かえって終戦は遠くなる。なんとか一戦くらい勝ってから講和しないと、どんな条件を付きつけられるかわかったもんじゃないからな。博打と一緒で、負ければ負けるほど泥沼にはまっていくのが戦争という物だ。
ディーゼル伯爵の身柄と交換という条件を出したところで、果たして向こうは飲むだろうか? それで終戦したところで、伯爵家に安寧が訪れるわけではない。男騎士風情に一矢すら報いることもできずに敗北したという風評は、貴族としては致命的だからな。向こうとしては、一度だけでも勝利の実績が欲しいはずだ。
「これではい、終わり……とはならない気がする。警戒は続けてくれ」
「オーケイ、了解しましたよ」
神妙な顔で頷いてから、ヴァレリー隊長は破顔した。
「しかし、なかなかデキる奴だとは思っていたが……全く驚いたよ。実は軍神の生まれ変わりだったりするんじゃないのか? アル殿」
単なるいち大尉だよ、前世は。勲章はそれなりにもらってたけどな。
「僕がやったのは指図と事前準備だけだ。実際に頑張ったのは前線の兵士たちだよ」
「アタシの兵隊どもが、知らないうちに神話の英傑と入れ替わっていたとでもいう気か? はは、こいつは傑作だ」
何とも言えない表情で吐き捨てたヴァレリー隊長は、苦笑しながら靴底で煙草をもみ消す。
「しかし、冗談は結構だがね。我々には現実的な問題が立ちはだかっている。つまりは、死体の山だな。いったいこれを、どうやって処理するつもりだ? 燃やすにしても燃料が勿体ないが」
「そんなもん、向こうに押し付けるほかないだろ」
季節は初夏、死体なんかその辺に放置していたらあっという間に腐乱する。疫病の温床にしないためにも可及的速やかに処理する必要があるが、なにしろ敵兵の遺体はこちらの全戦闘要員より多いわけだからな。いちいち埋めたり燃やしたりするには時間も物資も人手も足りない。
「降伏勧告のついでに、戦死者の回収を頼んで来い。『主君に忠を尽くして殉死した者たちをないがしろにするなど、ディーゼル家は誉という概念を持ち合わせていないのか?』とでも言っておけば、向こうも嫌とは言えんだろう」
向こうが諦めるとも思えないが、総大将を確保した以上一応降伏勧告をしておく価値は十分ある。そのついでに戦死者の処理も頼んでしまおうという算段だ。
「……エッグイこというねえ、アル殿も。今は向こうもそれどころじゃないハズだが」
まあ、伯爵軍もひどい有様だろうからな。初日の戦果と合わせれば、兵員の反芻以上が死傷してるんじゃないだろうか。軍事的な基準で言えば、壊滅的と表現しても構わない損害だ。おまけに総大将まで敵軍の捕虜と着ている。伯爵軍の幕僚陣の顔色は真っ青だろう。
「だからさ。敵が嫌がることは率先してやった方が良い」
「おっしゃる通りで。それじゃ、そのように手配しておく」
「任せた」
投げやりに手を振ると、ヴァレリー隊長は苦笑しながら頷いてどこかへ走り去った。敵味方の遺体の処理は喫緊の課題で、とにかく迅速に処理する必要がある。ヴァレリー隊長もそれはちゃんと理解しているようだ。
「アル様。敵は今のところ、宿営地を動く様子はありません。時間的な余裕もありますし、少し休まれては?」
心配そうな目で、ソニアがこちらを見てくる。確かに休みたいのはやまやまだが、ソニアもヴァレリー隊長も疲れているのは同じことだろう。僕だけ楽をするわけにはいかないじゃないか。
「大丈夫だ。このくらい、慣れてるさ。体は動く」
ま、死ぬほど疲れるのは日常茶飯事だからな。伊達で厳しい訓練をこなしているわけではない。こういった体調でも、十分に働くことは可能だ。……今回の戦いでは、体力配分をミスったが。だいぶ反省が必要だな。気を付けねば
「……話は変わりますが、ディーゼル伯爵はさておき娘の方はどうしますか?」
気を利かせてくれたのか、ソニアはふと思い出したかのような顔でそう聞いてきた。
「あいつか……」
僕は唸った。あの、カリーナ・フォン・ディーゼルとかいう娘。敵前逃亡に、一騎討ちの妨害。騎士としてはあるまじき行為ばかりだ。彼女はもう、伯爵軍には戻らない方が良いかもしれない。どう考えても、不満のはけ口にされるだろうからな。
「あんな奴でも、なにかしら使い道はあるやもしれません。せっかく生け捕りにしたわけですしね」
「一理ある」
「そうだ、今からあの女に会ってみては? 顔を合わせてみたら、何かしらいいアイデアが出るかも」
……まさかソニアが捕虜なんかを心配しているはずもない。こりゃ、遠回しに追い払われてるな。どうでもいい仕事を回して、僕を休ませるつもりだろう。ソニアらしい気の回し方だ。せっかくだから、ここはお言葉に甘えさせてもらうか。
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