第54話 くっころ男騎士と猛牛伯爵

 でっっっっか。

 ディーゼル伯爵と向かい合った僕の脳内は、その言葉で満たされていた。まず第一に、体格がデカい。ソニアよりも明らかに背が高いので、おそらく二メートルオーバー。ついでに言えば、甲冑の胸部装甲も凄まじい膨らみだ。いや、本当にすごい。


「今さら怖気づいても、もう遅いぞ。分かっているのか?」


「今の今までビビって出てこなかった女のいう事か? 大きいのは図体だけで、脳みそも肝も随分と小さいようだな」


「……貴様も図体のわりに口はなかなかにデカいじゃないか? ええ?」


 低い声でディーゼル伯爵は唸った。大貴族というのは伊達じゃないな。そこらのヤクザも尻尾を巻いて逃げそうなほどの迫力がある。戦争中じゃなきゃ「調子乗ってすいませんでしたー!」つって逃げたいくらい怖い。

 まあでも残念ながらそういう訳にはいかないんだよな。今は戦争で、僕は軍人だ。『我らの生涯における多くの戦いの中で、我らが勇気を失ったことは一度たりともなかった』と謳われるに足る振る舞いをしなくてはならない。


「口も頭も腕も貴様より優秀だとも。負けているのは身長だけだ」


「ほざけ、青二才が!」


 叫びながら、ディーゼル伯爵は巨大な戦斧を構えた。あのサイズの武器に、異様なまでの体躯。うーん、僕も魔装甲冑エンチャントアーマーは着込んでいるけど、普通に真っ二つにされそうだな。こりゃマジで怖い。

 本来なら囲んで銃や砲を撃ち込みまくるのが正しい攻略法だろうな。おお、いやだいやだ。もっと早く出てきていたら、一騎討ちなんか仕掛けずに済んだものを。

 まあ、ぐちぐち言っていても仕方がない。僕は口を一文字に結び、サーベルの柄を両手で握って顔の真横で構える。切っ先は真っすぐ真上だ。


「では、いざ尋常に勝負――!」


「キエエエエエエエエイッ!!」


 ディーゼル伯爵が言い切るのと同時に、僕は奇声を上げて飛び掛かった。先手必勝、剣術勝負ではこれしか知らない。身体強化魔法のかかった脚で地面を蹴り、一瞬でディーゼル伯爵に肉薄する。


「話通りの戦法だな、男騎士ィ!」


 相手の言葉を無視して、全身全霊でサーベルを振り下ろす。それに対し、ディーゼル伯爵は迎え撃つでも防御するでもなく全力で回避を図った。岩のような巨体に見合わぬ俊敏さで、真横へ飛ぶ。


「グッ!?」


 僕の渾身の一撃は、ディーゼル伯爵の籠手に包まれた左腕を切断することに成功していた。二の腕から先が何かの冗談のような勢いで吹っ飛んでいく。だが、それだけだ。強靭な生命力を持った亜人は、腕一本切り落とされた程度では戦闘不能にならない。


「やあっ……てくれるな、男騎士!」


 バイザーの奥に見えるディーゼル伯爵の目がギラリと輝いた。右手で握った戦斧が、ギロチンめいて僕へ襲い掛かってくる。


「ヌゥッ……!」


 迫る分厚い刃を前に、僕の脳裏に前世の剣の師匠の言葉がフラッシュバックした。『初太刀さえ凌いでしまえばチ言われるがは一門の恥ぞ! 命ある限りチェストばし続けて必ず仕留めい!』


「キエエエエエエエエエエエエエッ!!」


 防御? 回避? しゃらくさい! 全力で攻撃あるのみ! 即座に剣を翻しつつ、さらに一歩踏み込む。戦斧が僕の身体に届くより早く、僕のサーベルがディーゼル伯爵に襲い掛かる!


「な、にぃ!?」


 さすがのディーゼル伯爵もこれには面食らったようで、反射的に身体を逸らして避けようとする。しかし、間に合わない。横にそれた戦斧が地面に叩きつけられるのと同時に、真下から振り上げられたサーベルの刃が甲冑の腹部装甲を切り裂いた。


「チィッ!」


 が……浅い! 感触からして、筋肉と装甲板しか切れていない。肝心の内蔵には刃が届いていないということだ。これでは殺しきれない!


「二の太刀で駄目ならァ!!」


 次の攻撃でチェストするのみ! すでに剣の間合いというには接近しすぎている。躊躇なくサーベルから手を離し、代わりに腰からピストルを抜く。短剣めいた動きで、銃口をディーゼル伯爵の面頬のスリットへ押し付けた。


「チェスト!!」


 躊躇なく引き金を引く。頼もしい破裂音と反動。が、それと同時に銃身が花のように裂けた。銃弾がスリット部を貫通できず、異常腔圧状態になって銃身が破裂したようだ。くそ、無駄に丈夫な兜をつけやがって!

 心の中で悪態をつきつつも、動きは止めない。ディーゼル伯爵は腕と腹を切り裂かれた失血性ショックに加え、さらに頭部に着弾の衝撃を受けたことで一瞬意識が吹っ飛んだようだ。この隙を逃す手はない。


「ウオラアアアアアアアッ!!」


 ディーゼル伯爵の腰帯を引っ掴み、投げ飛ばす。腰がイカレそうな重さだが、身体強化魔法の補助があるのでギリギリ大丈夫だ。耳障りな金属音を立てて地面に転がる彼女の巨体を目で追いつつ、腰から短剣を引き抜く。


「これで終いだッ!」


 叫びながら、伯爵に馬乗りになる。抵抗の隙を与えず、首の装甲の隙間に短剣を突き立てようとした時だった。


「母様―!」


 鎧に包まれた小さな体が、砲弾のような勢いで突っ込んできた。意識が完全に伯爵へ向いていた僕は、それを回避しきれない。


「グワーッ!」


 跳ね飛ばされた僕は、ぶつかってきた少女と団子になって猛烈な勢いで地面に転がる。その勢いで手の中から短剣が吹っ飛んでいった。


「今だ! 総員、攻撃開始!」


 ソニアの声が遠くで聞こえると、連続した銃声が鳴り響いた。しかし、そちらに意識を向けている余裕はない。僕に飛び掛かってきた少女……カリーナが、目をらんらんと光らせながら僕に馬乗りになって来たからだ。このままではとどめを刺される!


「キエエエエエエッ!」


 魔法の効果が切れはじめ、萎えそうになる肉体に鞭を打ちつつクルリと身体を回す。カリーナは筋力こそ尋常なものではないが、組打ちの実力は大したことがない様子だ。「ぴゃっ!?」と叫びながら無様に転がされる。

 その隙を逃さず、僕は彼女の兜を投げ捨て首筋に腕を回した。もう数秒で完全に身体強化魔法が切れる。今日はだいぶ肉体を酷使したから、このままではそのまま行動不能になってしまう可能性が高かった。その前に、せめてこの少女だけは仕留めておく必要がある。


「きゅっ!?」


 頸動脈を締め上げると、カリーナはあっという間に白目を剥いて気絶した。前世でも現世でもこの手の訓練は飽きるほどやったから、手慣れたものだ。


「ッ……」


 カリーナを倒したはいいが、僕もいい加減限界だ。視界が明滅し、全身から力が抜けていく。気合で持ちこたえようとしたが、駄目だった。連続使用じゃなければ意識が飛ぶまではいかないだろと思っていたが、甘かったな。連戦に次ぐ連戦で疲労しきった身体では、身体強化魔法の反動を受け止めきれなかったらしい。まあ、あとはソニアに任せておけば大丈夫か……。

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