第52話 くっころ男騎士と対騎兵戦

「敵騎兵隊確認!」


「よし来た」


 伝令の報告に、僕は会心の笑みを浮かべた。この戦いに勝つ気概があるのなら、敵はここで騎兵隊を使うほかない。たとえ罠とわかっていてもだ。


「本日最後の大仕事だ! 気合入れていくぞ!」


「ウーラァ!」


 配下の騎士たちの元気な声に、僕は嬉しくなる。キツイ殿しんがり任務に、味方からの催涙攻撃。もういい加減に休ませてくれと言いたい気分だろうに、まったくそんなそぶりを見せない。流石の精鋭だ。

 まあ、僕自身そろそろ体力の限界なんだけどな。催涙弾のせいでまだ目も鼻もクソ痛いし、体は滅茶苦茶ダルいし、頭もなんかフワフワしている。可及的速やかに実家に戻って丸一日惰眠を貪りたい気分だが、指揮官が一番最初にヘタれるわけにはいかないんだよな。やせ我慢あるのみだ。


「兄貴―! お待たせしましたッス」


 リス獣人のロッテが、くつわを引いて軍馬を連れてくる。もちろん、その後ろには馬丁係の従者たちが全員分の軍馬を集めていた。

 騎兵には騎兵をぶつける。それが僕の作戦だ。敵の騎兵隊はそれなりの規模であることが予想される。数少ない銃兵だけでは大量の騎兵には対処できないし、槍兵なんかを直接ぶつけたところで蹴散らされるだけだ。

 第一防衛線みたいな強固な塹壕と鉄条網で四方を囲んでおけば、そもそも騎馬突撃なんて許さないんだが……そこまで大掛かりな陣地を構築をするには、流石に時間も資材も、そして人員も足りなかった。防御構築物があるのは正面だけであり、このままだと迂回を許してしまう。


「おーし! んじゃ、行ってくる」


 ロッテの頭をわしわしと撫でてから、馬に跨った。味方陣地からは発砲音が盛んに鳴っていたが、軍馬はおびえる様子を見せない。

 馬は本来大きな音を嫌うものだが、発砲のたびに怯えられては僕の部隊では使い物にならない。この軍馬はレマ市で調達した時点で銃声に対して反応が鈍い個体を選別し、さらに陣地構築の合間に特別な調教も施してある。対策はバッチリだ。

 まあその分調達費用はかさんだが、カネを出しているのは僕ではなくアデライド宰相閣下なので何の問題もない。さんざんセクハラされているんだから、こういう時くらいタカってもバチはあたらないだろう。まあ最終的に僕の借金になるわけだけど。


「ご武運をッスー!」


 手をブンブンと振るロッテたちに見送られつつ、僕たちは馬を進めた。台地内は背の低い草が生えているだけの平坦な地形であり、騎馬で移動する分には快適その物だ。

 台地と言ってもそう広いものではない。すぐに岩山を切り開いて作られた切通が見えてくる。この切通を通らなければ、台地内に侵入することはできない。


「アレですね、敵は」


 馬を寄せてきたソニアが言う。切通の中ほどには、騎乗した騎士たちの姿があった。切通の出口付近には先ほどから牽制射撃を仕掛けているので、飛び出すタイミングをうかがっているのだろう。

 こちらの塹壕線と出口までの距離は五〇〇メートルほど。軍馬の全力疾走なら三十秒もかからず踏破できる。先ごめ式ライフルの装填速度を考えれば、射撃機会は一回のみ。銃兵隊の数の問題から、ライフルのみでの騎兵突撃の阻止は難しい。その分僕たち騎兵が頑張る必要があるということだ。


「……」


 シビアなタイミングが要求される作戦だ。背中にじっとりとした冷や汗が浮かぶ。僕は意識して呼吸を整えた。この攻撃の成否が戦争自体の趨勢を決める。緊張するなという方がムリだ。


「来ますっ!」


 ソニアが鋭い声を上げるのと同時に、敵騎兵隊が突撃へと移った。土煙をあげながら大量の騎馬騎士が切通から出てくる。数は五十騎程度。こちらの騎兵の倍以上だ。


「突撃開始!」


 叫ぶと同時に拍車をかけた。敵騎兵隊の横腹に、こちらの全騎兵戦力である十七騎が向かっていく。それとほぼ同時に こちらの塹壕線から一斉に白煙が上がった。牽制射撃には旧式の火縄銃を使い、敵が突撃を開始するのと同時にライフルへ持ち替えるよう命令してある。

 精密かつ濃密な弾幕を浴びた敵騎兵隊は五騎以上が一挙に落馬し、凶弾を逃れた騎兵も馬の動揺を抑えるので精いっぱいになる。突撃隊列が乱れた。


「殲滅だ! いくぞクソッたれども!」


「ウーラァー!」


 そう叫びつつ、出鼻をくじかれて怯んだ様子の敵騎兵の軍馬へ拳銃を撃ち込んだ。騎士本人は全身を鎧で固めているため、射撃の効果は薄い。しかし、馬が相手なら問題ない。馬鎧なんてものもあるが、流石に全身はカバーできないからな。


「うわーっ!?」


 銃弾を浴びた軍馬は痛みのあまり暴れだし、騎乗していた騎士は落馬してしまう。それに構わず、僕は別の軍馬に銃弾を叩き込んだ。すぐに弾切れになるが、悠長にリロードしている時間はない。二挺目の拳銃を引っ張りぬき、攻撃を続ける。

 僕の他の味方騎兵も、同様の戦術を取っていた。敵騎兵隊には既に大量の落馬者がでている。僕の取った作戦は、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』の格言をそのまま適用したものだ。

 こうした戦術を取ることが出来るピストル騎兵は、従来の槍騎兵を駆逐できるだけの対騎兵能力を備えている。数の差があるとはいえ、こちら側の優位は明らかだった。


「騎士ならば槍を持たんか、槍をッ! この卑怯者どもが!」


 敵の騎士が長大な馬上槍を掲げながら吠える。僕は「やかましい!」と叫び返しつつ、鞍に固定してあった投げ縄をその騎士へと投げつけた。カウボーイがよく使うアレだ。


「グワーッ!」


 ロープに絡めとられ、強引に鞍から引きずり降ろされた敵騎士は苦悶の声をあげつつ地面に転がった。


「それ以上はやらせんよ!」


 そこへ、馬上槍を構えた別の騎士が突っ込んでくる。かなりのスピードだ、回避は間に合わない。


「ちぃっ!」


 二挺目のリボルバーもすでに弾切れだ。使える武器はサーベルのみだが、これで馬上槍とわたり合うのはなかなかに辛い。これは不味いぞと背中に寒気が走った瞬間、一騎の騎士が相手騎士へと突っ込んでいった。


「ソニア!」


 彼女はすれ違いざまに大剣を振るい、一撃で敵の騎士の首を刈り取った。即席のデュラハンと化したその騎士は、噴水のように血を噴き出しつつ地面へ転がり落ちた。


「助かった! 流石だな、やっぱりお前ほど頼りになる副官は居ないよ」


「もちろんですとも。あなたにふさわしい副官はわたし以外おりませんから」


 何でもない風に応えるその様は、まさに歴戦の騎士。やはり、僕にはもったいないくらいの部下だな。


「それより、そろそろ歩兵を出しても大丈夫なのでは」


 ソニアは周囲を見まわしながら言った。予想外の攻撃を受け、すでに敵騎馬隊の突撃隊形は完全に崩れている。落馬を逃れた騎士たちも、こちらの騎士隊との交戦で精いっぱいの様子だ。これでは歩兵陣地へ突撃するどころではない。


「そうだな、頃合いとしてはちょうどいい」


 腰に付けたホルスターから、大型の信号銃を取り出す。野球ボールほどの大きさの信号弾が取り付けられた銃口を真上に向け、発砲。空砲の爆圧で撃ちだされた信号弾は空中でパラシュートを開き、赤い閃光を発した。


「さあ、決着をつけるぞ」

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