第46話 くっころ男騎士と白兵戦

 その後も、ディーゼル伯爵軍は鉄馬車による突撃を繰り返した。四台目まではなんとか阻止に成功したものの、手榴弾の在庫が尽きてしまったためとうとう五台目に至って鉄条網への突入を許してしまう。


「今だ、突っ込め!」


 鉄馬車に踏みつぶされ、滅茶苦茶になってしまった鉄条網を踏み込めて伯爵軍の兵士が殺到する。勝機と見たか、後方からも次々と増援部隊が現れた。

 弓兵部隊も再び現れ、矢を盛んに放っていた。しかしこちらに関しては、塹壕と土塁のおかげでほとんど有効弾は出ていない。逆にこちらの銃兵の反撃を受けてジリジリと後退している始末だ。


「砲兵隊は慎重に射撃を続けろ。不味いと判断したらこちらの命令を待たずに撤退していい」


 大砲は小回りが利かない。アレにもまだ役割があるからな、放棄するわけにはいかないんだよ。僕は大声で命令を出しつつ、塹壕内を走る。傭兵隊では敵の精鋭を防ぎきれない。僕直属の騎士隊で対処する必要がある。


「傭兵隊は後方から援護! 騎士は敵の出鼻をくじけ!」


 狭い防衛線だ。あっという間に鉄条網の破られた区画へ到着する。すでに敵兵は塹壕内に侵入していた。傭兵たちが槍や剣を振り回して応戦しているが、明らかに旗色が悪い。すでに血塗れになって地面に転がっているものもいる。


「傭兵共はいったん退け! 射線に入るなよ」


 命令を出しながら、騎兵銃を敵兵へ向けた。一瞬、身体強化魔法を使うべきかと逡巡する。しかし、アレは効果時間が三十秒しかない。その上、使用後には体中が痛くなる副作用付きだ。ここぞという時のために温存しておくべきだろう。雑兵が相手ならば、只人ヒュームの貧弱な身体能力でもなんとか戦える。


「射撃ののち吶喊、行くぞ!」


「ウーラァ!」


「撃て!」


 叫びながら、引き金を引く。配下の騎士たちも同時に発砲した。黒色火薬特有の猛烈な白煙が立ち込め、煙幕を焚いたように視界が遮られる。そのせいで、弾が当たったのかどうかすら視認できない。


「突撃―!」


 号令と同時に兜の面頬を降ろし、自らも走り出す。すでに騎兵銃には銃剣を装着済みだ。切っ先を真っすぐ前に構え、敵部隊へ突っ込む。


「キエエエエエッ!」


 剣術の癖でそう叫びつつ白煙の帳を走り抜けると、すぐ前に面食らった様子の重装歩兵が居た。その隙を逃さず、兜に付いた面頬のスリットを狙って銃剣を突き出す。相手はガチガチの重甲冑だ。銃剣が通用する部位は多くない。


「うわっ!?」


 慌てて体を逸らして刺突を回避する敵兵だったが、僕は即座に銃から手を離して相手へ飛び掛かった。胸元の装甲を引っ掴み、足を引っかけて地面へ引き倒す、柔道の要領だ。


「グワーッ!」


「チェストーッ!」


 背負い紐で体に引っかかったままの騎兵銃を再び引っ掴むと、地面に転がる重装歩兵の首元の装甲の隙間へ銃剣を付き込んだ。くぐもった悲鳴と共に血が噴き出す。


「やりやがったな!」


 戦斧を大上段に構えた別の敵兵が、そう叫びながら突進してくる。牛獣人らしく、ソニアにも負けないような大女だ。それが野蛮な叫び声と共に全力疾走してくるのだから、凄まじい迫力だ。


「キイエエエエエエエエッ!!」


 しかし気合で負ければ勝負にも負けるのが戦場の常識。こちらも負けるわけにはいかない。騎兵銃を構えて自らも吶喊する。


「ヌオオオオッ!」


 唸りをあげて地面に叩きつけられる戦斧を紙一重で躱し、カウンター気味に敵の面頬のスリットへ銃剣を刺し入れた。敵兵は悲鳴を上げながら地面に転がる。


「代官殿、お任せを!」


 傭兵たちが叫ぶと、転げた敵を手に持った長槍であっという間に突き殺した。


「いいぞ、その調子だ!」


 いちいちトドメを差していては、その隙を敵につかれかねない。ここは連携して対処に当たろう。

 そう考えつつ、周囲に目を向ける。敵増援はまだ続いていたが、軽装の歩兵が中心になっていた。防衛陣地両翼に配備した銃兵隊が猛威を振るい、突進する敵を片っ端から射殺している。大砲も射撃を続けていた。これだけ敵が多いので、流石に鉄球弾に巻き込まれる兵士も多い。

 塹壕に突入済みの重装歩兵たちも、僕の騎士たちが抑え込んでいた。敵も精鋭だろうが、こちらも精鋭。勝負は互角か、こちら優位に見える。


「銃を再装填する。援護を」


 いったん後ろへ引き、腰の弾薬ポーチから白い紙製薬莢を引っ張り出した。これ幸いと攻撃を仕掛けてくる敵兵も居たが、味方傭兵が長槍を突き出して威嚇する。

 その隙に面頬を少しだけ開け、紙製薬莢を嚙み切る。中身の火薬を銃口から流し込み、紙に包まれたままの鉛玉で蓋をした。その紙を破いて弾頭の先端だけを露出させると、銃身下に装着された棒を引き抜いて鉛玉を銃身奥へと突き入れる。最後に火口のニップルへ雷管を装着すると、再装填作業は完了。

 慣れた作業なので、三十秒とかからない。それでも、戦場ではたった永遠に近いほど長く感じる。やはりせめてボルトアクション銃が欲しい。そう思いながら、面頬を再び降ろした。


「覚悟―ッ!」


 そこへ、またも斧を構えた敵兵が突っ込んできた。本当に闘牛じみた連中だな。そんなことを考えながら、即座に騎兵銃を構えて引き金を引いた。湿った銃声と共に、敵の構えていた戦斧の柄が吹っ飛んだ。分厚く重い斧頭が明後日の方向へ吹っ飛んでいく。


「アッ!」


 敵兵がうろたえるがもう遅い。剣や手槍を手にした傭兵たちが即座に飛び掛かっていった。あっという間に鎧の隙間に刃を突き入れられ、短い悲鳴を上げながら絶命する。


「……」


 その様子を視界の端で確認しながら、せっかく再装填したのにまたやり直しだと僕は内心ボヤいていた。戦闘の興奮のせいで、血なまぐさい光景を目にしても心にモヤがかかったように何も感じない。でも、後で思い出して気持ち悪くなるんだよな、こういうのって。まったく、実戦ってやつはこれだから嫌いだ。


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