第47話 くっころ男騎士とわからせ
私、カリーナ・フォン・ディーゼルは息を切らせながら走っていた。リースベン側の陣地からは、火山の噴火のように絶え間なく生えクエンが上がっている。大砲や小銃の砲煙だ。
狭い街道には何人もの伯爵軍の兵士が横たわっている。とうにこと切れている者も、血を流しながら呻いている者もいた。ありていに言って、地獄みたいな光景だった。
「ひうっ!?」
私の真横を、銃弾がうなりをあげて通過した。
「ハッ、クソガキめ。ビビってんなら帰ってパパに抱っこしてもらったらどうだ?」
そんなことを言うのは、私の前を走る騎士だった。母様にも負けない立派な体格を禍々しい装飾の施された
正直、彼女とは仲が悪い。一方的に下に見ている私がディーゼル家当主である母様から可愛がられているのが面白くないんでしょうね。いちいちチビだの臆病者だのと罵倒してくるんだから、堪ったものではないわ。
「う、うるさいわねっ! ビビってなんかないわ!」
それでも、この女は騎士としては十二分以上に強い。この地獄みたいな戦場で生き延びるためには、コイツの後ろにいるのが一番なのよね。……いや、ビビってなんかないのよ? ただ、死なないために必要なことを冷静に実行してるだけなんだから。あれ、私誰に言い訳してるんだろ……。
とにかく、私は憎まれ口をぶつけられつつも、なんとかトゲ付き鉄線の張られた場所まで無傷でたどり着くことが出来た。ムチャクチャになった鉄線フェンスの向こうには、ボロボロになった鉄馬車が塹壕に擱座している。
「どけ、雑兵ども!」
敵陣地内になだれ込む兵士や騎士たちを押しのけ、ミヒャエラはぐいぐいと前に出ていく。実戦慣れしているだけあった、この辺りの動きは堂に入っている。
塹壕の内外は、乱戦の様相を呈していた。敵味方の兵士が入り混じり、白兵戦を演じている。銃声、剣戟の音、怒声、悲鳴、様々な音が混然一体となって私の耳を叩く。私は一歩退きかけたが、それよりはやくミヒャエラが斧を掲げて叫んだ。
「我こそはディーゼル家の一番槍、ミヒャエラ・フォン・ディーゼル! ガレアのトカゲどもの中に名をあげたいものは居るか! この私が相手になってやる!」
肝が据わってるってレベルじゃないわねコイツ! でもアンタの得物は戦斧であって槍じゃないわよ!!
「ディーゼル家の者か。よくまあノコノコ出てきたものだ!」
敵軍から返ってきた声は、聞き覚えのあるものだった。戦場には似つかわしくない、涼やかな男の声。
「男だァ? するってぇと、お前がこのリースベンの代官か。男の癖に騎士をやってる身の程知らず! ハハッ、面白くなってきやがった」
「マ、マジでぇ……」
思わず声が出た。何で男がこんな最前線にいるのよ! 馬鹿じゃないの? おかげでミヒャエラに見つかっちゃったじゃない!
コイツはとんでもないスケベ女で、領地でも好みの男を見つけたら手籠めにしようとするような筋金入りの色情狂よ。戦場で男なんか見つけたら、絶対に犯そうとするわ。アイツは私の獲物なのに!
「おい男騎士! 出てきやがれ! 私が戦場の怖さってやつを教育してやるからよぉ!」
「や、やめてよ! アイツは私のよ! 母様だって……」
「ああ? ガキにゃ過ぎたおもちゃだ! テメェは引っ込んでろドチビ!」
「チビじゃなくて成長期!!」
なんて言い合ってたら、むこうから塹壕を乗り越えて出てくるヤツがいた。面頬付きの兜を付けているから顔はわからないけど、あの古臭いデザインの甲冑は間違いない。アルベール・ブロンダンだわ。ヤツは持っていた小銃を近くの兵士に預け、腰からサーベルを抜いた。
「教育か、結構! では、胸を借りさせてもらおうか」
「へっ! 一騎討ちでもしようってのか? 気に入ったぜ。おい、手ぇだすなよ、お前ら! こいつは私の獲物に決めた!」
だから私の獲物だって! そう言う間もなく、ミヒャエラは戦斧を握ってズンズンと前に出てしまった。
「負けても『くっ、殺せ!』なんて言うなよ? その兜の下がどんなツラか知らねえが、チンコがついてりゃとりあえずどうでもいい。飽きるまで滅茶苦茶にしてやるからよ」
「好きにしろ」
そう言い捨てて、アルベールは両手で握ったサーベルを大上段に構えた。……サーベルを両手で? よく見ると、そのサーベルは護拳が取り外され柄が延長された妙な代物だった。雰囲気だけは、東方のカタナとかいう剣に似ている。
「その言葉、忘れんじゃねえぞ!」
そう叫びながら、ミヒャエラは戦斧を構えながら突進した。
「馬鹿! バカバカバカ! さっさと逃げなさいよ!」
思わず私はそう言った。クソ従妹のお下がりで処女卒業なんか絶対いやよ! せっかく極上の獲物を見つけたってのに!
「キエエエエエエエエエッ!!」
なんて心の中でぼやいていたら、猿のような叫び声が聞こえた。それと同時に、アルベールが地面を蹴ってミヒャエラに突っ込む。えっ、あれアルベールの声!?
面食らっているうちに、アルベールはミヒャエラの懐に入っていた。戦斧が振り下ろされるより早く、大上段からのサーベルがミヒャエラに襲い掛かる。彼女はそのまま、縦に真っ二つになった。
「……は?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。だって、あの女は銃弾をも弾く
「そこに居る小さいのは、カリーナ・フォン・ディーゼルか」
「ひっ……!?」
返り血で甲冑を真っ赤に染めつつ、アルベールがこちらを見た。思わず小さな悲鳴が出る。面頬のせいで、その表情はうかがえない。逆にそれが不気味だった。
「ディーゼルの縁者が二人。なんとも都合がいい、首だけにして当主に送り返してやる」
そう言って、アルベールはまたサーベルを構えた。その瞬間、下着に暖かい感触があふれる。脚甲を伝って黄色い液体が足元に流れ出た。
「キエエエエエエエッ!!」
「ぴゃああああっ!?」
その絶叫を聞くと同時に、私は踵を返して走り出した。
「母様! 母様! 助けてぇ!! ぴゃああああああっ!!」
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