第2話 くっころ男騎士の叙爵
「大儀であったな、アルベール・ブロンダン」
玉座に収まった老女が、僕を見ながら言った。アルベールというのはもちろん、僕の名前だ。前世はなかなかひどい名前だったので、今の洒落た名前はなかなか気に入っている。
いま、僕が居るのはガレア王国の謁見の間だ。若干華美なほど豪奢な内装や調度品に囲まれ、おまけに後方では楽隊が荘厳な音楽まで奏でている。
「はっ、有難き幸せ」
老女の前で跪きながら、僕は畏まった声で答えた。彼女はこの国の女王だ。しかし、今はその偉い人のことよりも、周囲からの視線の方が気になる。痛いくらいの非友好的な視線が、ビシビシと僕に突き刺さっているのだ。
なにしろ周囲に控えた官僚や貴族は女ばかり。おまけにその大半が頭にツノが生え、爬虫類のような尻尾と瞳孔を持つファンタジックな人種と来ている。一般的な人間の容姿をしている者はごく少ない。
それだけでも萎縮するには十分だが、おまけに大半が侮蔑や嘲笑の表情を浮かべているのだから堪ったもんじゃない。孤立無援、四面楚歌って感じだ。
「これでローザス市近辺のオークは完全に駆逐されたと聞いている。わずかな手勢でよくも成し遂げられたものだ」
内心で冷や汗をかきまくっている僕の心境を知ってか知らずか、女王は曖昧な笑みを浮かべつつそんなことを言う。
とはいえ実際、今回の任務は自分でもよくやったと思っている。事前情報が不十分だったせいで、わずか騎兵二個小隊で総勢百名以上のオーク山賊団と戦う羽目になったのだ。最後の最後で分断され危機に陥ってしまったが、なんとか無事に任務を終えることが出来た。
「今回の任務のみならず、卿の活躍と忠誠は並々ならぬものがある。それなりの褒章をもって報いる必要があろう」
その言葉に、周囲の貴族たちが目を見合わせた。とうとう来たか、と言わんばかりの表情だ。王に取り入る奸臣が、という言葉も微かに聞こえてくる。
確かに僕は血筋はよろしくないし、おまけに若い。小規模とはいえ部隊を任されるような立場にある方がおかしいのだ。保守的な貴族からすれば、面白くはないだろう。
「
女爵というのは、前の世界で言うところの男爵に当たる位階だ。下っ端と言えば下っ端なのだが、今の僕は単なるヒラの騎士。それが世襲貴族になれるのだから、かなりの出世と言っていい。内心ガッツポーズをしながら、僕は恭しく応えた。
「もちろん、異論はございません。有難き幸せに存じます」
「陛下!」
しかし当然、それが気に入らない者も居る。豪奢な礼服を纏った中年女が、激しい口調で叫んだ。保守派貴族の重鎮である。
「
そうだそうだという同意の声が、あちこちから上がった。
「しかし、ブロンダン卿が実績を上げているのは事実」
そう反論したのは、この場において数少ない僕と同じような容姿……つまりは
「これに報いねば、我が国のコケンに関わるというもの。ガレア王国は有能な騎士に冷や飯を食わせる愚か者だと、神聖帝国の連中に笑われてしまいますぞ?」
そう言って彼女はこちらに視線を向けた。その目つきは、あのオーク連中と比較しても勝るとも劣らないほど好色だ。自然と、背中にぞくりと冷たいものが走る。
彼女はこの国の宰相だ。助け舟を出してくれるのはありがたいのだが、目つきや表情をみればそれがどういった目的で発されたものなのかは明白である。
「ふん、好色狸が何を言うかと思えば。それこそ、男なぞを神輿に祭り上げていると思われる方がよほど恥だろうに」
はっきりとした侮蔑の表情を浮かべつつ、保守派重鎮は吐き捨てた。男を馬鹿にした言い草だが、半数以上の貴族たちは同調して頷いている。こういう考え方は、この世界ではごく一般的なものだ。
「錆びついた価値観を経典のように後生大事に抱え込んでいる連中の言いそうなことですな。愚者の嘲笑など、気にする必要がどこにあるのかわかりませぬ」
「貴様、愚弄するか!」
「よさぬか」
険悪な空気の中、女王が重苦しい声で二人を諫めた。
「とにかく、事実としてブロンダン卿は
オレアン公というのは、先ほどから文句を垂れている重鎮貴族のことだ。彼女は皺の増えた顔を一瞬ゆがめ、そして侮蔑的な笑顔を僕の方へ向けた。
「信賞必罰。なるほど、それは確かに重要ですな」
特に"罰"の部分に力を入れた言い方だった。何かを企んでいる様子である。
「オレアン公……」
そんな彼女に、司教服を着た女が何事かを耳打ちした。名前は知らないが、その顔には見覚えがある。重鎮貴族の腰ぎんちゃくの一人だ。
「……なるほど、それは良い考えだ」
ニヤリと笑い、重鎮貴族はごほんと咳払いをする。
「陛下、リースベンという地域をご存じでしょうか?」
「……南方の
「その通りでございます。ブロンダン卿の任地には、そのリースベンを推薦いたしましょう。いかがですかな?」
「……」
明らかに怪しい。女王は周囲を見まわした。しかし、異論がありそうなものはほとんどいない。重鎮だけあって、オレアン公の影響力はなかなかのものだ。女王とはいえ、独断だけで突っぱね続けるのも難しい。
一瞬だけため息を吐いてから、女王は僕に向けて申し訳なさそうな表情で軽く頷いた。下っ端の僕からすれば、女王もオレアン公も雲の上の存在であり、彼女らの判断に口を挟むことなどとてもできない。仕方なく、頷き返して見せた。
「良いだろう。それらの手続きは後ほど行うとして、まずは叙爵の儀式に移ることにする……」
そういう訳で、僕の行き先は波乱が約束されたものになってしまったようだ。
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