都合二二キログラムの

 都合二二キログラムのC-4爆薬。もしもいちどに爆発させれば、小さなビルくらいならあとかたもなく吹き飛ばせる量だった。

 なぜこんな大量の危険物が円島支社にあるのか、それは問題じゃない。いま問題なのは、どうやってこれを使えばよいのかだった。

 はっきり言って、孝士には使い方がわからない。アクション映画やFPSゲームなどでおなじみのC-4爆薬だったが、彼のうろおぼえな知識によれば、爆発させるには起爆装置が必要なのだ。爆薬が入っていた段ボール箱にはそれらしきものもあったが、下手にいじるのは危険だ。

 武器庫のキャビネットには、ほかに細々とした装備品が収納されていた。孝士は軍隊の放出品だと思われるバックパックを見つけて、それにC-4爆薬を詰め込んだ。かなりの重量だったが背負って歩くことはできる。念のため、護身用に9ミリ口径のハンドガンと弾も拝借し、彼は事務所へと戻った。

 重いバックパックを床に降ろすと、孝士は事務所のソファに倒れ込んだ。とりあえず、まれびどんに対抗する手段は手に入れた。それで気が抜けたのか、疲労感で身体が重い。

 いったん落ち着こう。やるべきことを順序立てて考えるんだ。そう孝士は自分に言い聞かせるものの、うまく頭が回らない。なんだか息が詰まってきた。気分が悪い。吐き気がする。身体を曲げて嘔吐いたが、なにも出てこなかった。

 孝士は自分の無力さを痛感する。こんなの無理だ。ひとりでできるはずがない。だが、ここで逃げれば世界が滅ぶ。いままで孝士がいろんなことから逃げてきたのは、そうしてもどうにかなったからだ。しかし今回はちがう。一方は確実にバッドエンド。そしてもう一方が、難易度ナイトメア級のラストステージという二択なのだ。

 望みが絶たれると書いて、絶望。まさに孝士はそれを味わっていた。

 なにかないのか、うまく切り抜ける方法は。誰か、誰か助けてくれ。頭を抱える孝士。

 ちらり──

 追い詰められた孝士が目を向けた先。そこは、円島支社の先輩である折戸謙が使っている机だった。

 これだけはやりたくなかった。が、もう背に腹は代えられない。

 折戸謙──素行不良のちゃらんぽらんで脳天気な楽観主義者だが、彼は霊界データバンクの正社員である。以前、寺石麻里から聞いたことがある。折戸は数年前、鉋沢市にある霊バン本社に配属となっていたのだと。そこで社の中心的な業務に携わっていたらしい。それがどうしてド田舎の円島支社へ左遷されたのかは知らない。彼は表向き飄々としていながら、どこかやり手を思わせる一面を持つのに、孝士もなんとなく気づいていた。やけに銃の操作に慣れていたし、おそらくC-4爆薬の扱い方も知っていると考えてまちがいない。

 助けを請うなら、まず支社長の中田へコンタクトを取るのが筋だとは思う。だが、やはりここは融通の利きそうな折戸だ。彼なら、こちらの意図をよりスムーズに汲んでくれると孝士は踏んだ。

 そうと決めるや、孝士はすぐに折戸の机を漁りはじめた。彼の連絡先を知らないのだ。自分のスマホに携帯の番号は登録してあったが、それは以前の世界に置いてきた。必死な孝士が手荒に机の引き出しをかき回していると、折戸の名刺が見つかった。携帯の番号が刷られている。仕事用らしかったが、プライベートなものでなくとも連絡は取れるだろう。

 孝士が霊バンの仕事をするようになった当初、わからないことはおれに訊けと、先輩面した折戸がよく言っていた。よしなら、教えてもらおうじゃないか。

 事務所のビジネスフォンから外線へダイヤルした。呼出音が三回聞こえたあと、相手が通話口に現れた。

『へ~い』

「折戸さんですか」

『そうだけど、あんた誰?』

「……針村です」

『は?』

「いや、だから針村孝士ですよ。ハリソン」

 もしやと思い素直に名乗ってみたが、やはり折戸はこの時点で孝士のことを知らないようだった。折戸は少し黙ったあと、

『あの、番号まちがえて──』

「待って! 切らないでください。ぼくいま、事務所からかけてます」

『事務所って、どこの?』

「円島支社です」

 それを聞いて折戸の声音が変わった。

『なんだ、あんた霊バンの人なの?』

「ええ、まあそうですね。いまはちがいますけど」

『へえ……で、なんのご用?』

 ここからだ。しくじればあとはない。くどくどと説明している時間はなかった。孝士はずばり要点を切り出した。

「えっと、C-4爆薬って、どうやったら爆発するんですか?」

 自分で言っておきながら、あまりにも唐突だと思った。

『え、なんてった?』

「C-4爆薬です。どうやったら爆発させることができますか?」

『おいおい、あんた……』

「円島支社の武器庫にあったやつです。あそこに保管されてた爆薬、いま全部ぼくが持ってます」

『マ、マジで言ってんの!?』

 折戸の声が裏返った。無理もなかったろう。

 ここで電話を切られたら終わりだ。孝士は固唾を飲んで相手のつぎの反応を待った。しかし、折戸は電話を切らなかった。

『ハハ、やべーなこりゃ。じゃあ、とりあえずさ、そっちいくから会って話そうや』

「ダメです」

『なんでよ?』

「時間がありません」

『いや、こっちだって、そんなの簡単に教えるわけにゃいかねえよ。だいたいさ、あんたその爆薬でいったい──』

「まれびどんですよ。外法古墳にいる化物。旧支配者。折戸さん、知ってるんでしょ? あれをC-4で吹っ飛ばす必要があるんです、いますぐに」

 しばしの沈黙。折戸のほうで、なにか考えをめぐらせているようだった。

『あー、そうなの……そりゃあ、たしかにあそこには、なんかヤバいもん封じてあるって話だけどよお……』

「手を貸してくれとは言いません。ぼくがやります。だから、このプラスチック爆薬を爆発させる方法だけ教えてください」

『って言われてもなあ……』

 口ごもる折戸。煮え切らない態度に孝士の焦燥が募る。もしや、時間稼ぎか。彼は霊バン本社かどこかへ連絡しているのかもしれない。ほかの携帯から誰かにメールでも打っているのかも。

「はやくしてください! ほんとに時間がないんですって!」

『ちょっと待てよ。あのな、まず説明してくれ。ひとつ、あんたが霊バンの社員だとしても、どうやって円島支社の武器庫へ入ったんだよ。あそこ鍵かかってたろ? それと、なんで社内でも情報が制限されてる外法古墳のことを知ってるのか。そのへん聞かないと、おれも納得できねえぞ』

 御託を並べはじめた折戸に、とうとう孝士の我慢が限界に達する。

「もう、なんでもいいからあっ! はやく教えろっつってんだよ、おらああああああ!!」

『い、いきなりキレんなよ、こえーな!』

 電話口でふたりが怒鳴りあう。

 興奮して息をあえがせる孝士。しかし、彼は大声を出してすっきりしたのか、すぐに落ち着きを取り戻した。

「大きな声を出して、すみませんでした。でも、もし間に合わなくなって人類が滅んだら、折戸さんのせいですからね」

『なんだよそれ。話、盛りすぎだろ。人類っておまえ……』

「いいですか、これはぼくの妄想なんかじゃありません。一刻を争う緊急事態なんです。失敗して世界が終わることになったら、ぼく死ぬ前にショットガン持って折戸さんの家に乗り込みますよ」

『やめろばか、物騒なこと言うんじゃねえ!』

「ほんとにすみません。だけどこれ以上、説明してる暇はないんです」

 と孝士。すると受話器の向こうから、折戸のため息が聞こえた。

『……わーったよ。いや、よくわかんねえけど、そっちがテンパってて、なに言っても無駄だってのはわかった』

「じゃあ、教えてくれるんですね」

『ああ、まあ……しゃーねーだろ。おれだってまだ死にたくないし』

 半ば脅迫のようになってしまったが、やはり折戸のほうへ話を持っていったのは正解だった。

 それから折戸は、孝士へC-4爆薬とその起爆装置の扱い方を説明した。爆薬といっしょに段ボール箱へ入れてあった電気雷管と、それをリモートで操作する起爆装置の操作方法は複雑なものではなかった。金属製の細長い筒状の電気雷管を爆薬内へ挿し込み、それを受信機と接続したあと、離れた場所で起爆装置を作動させればよいのだ。そうすれば起爆装置からの遠隔信号を受けた電気雷管が伝爆薬の働きをして、C-4は爆轟を起こす。

 孝士は何度も頭のなかで折戸が話した手順をくり返した。

「理解できたと思います。でも、疑うわけじゃないですけど、本当にいまの手順でまちがいないんですね?」

『うそは言ってねえよ。だけど、気をつけろ。かなりの量の爆薬だ。あんまり近いところで爆発させると、自分も巻き込まれるからな』

「ありがとうございます。念のため断っておきますが、外法古墳にはこないでくださいよ。こっちは爆薬のほかにも武器を持ってます」

 孝士は言うと、向こうの返事を待たずに受話器を置いた。

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