2.マドレーヌとゲームスタート?

 ピンクのマドレーヌが転入して以来、日常がちょっと面倒になるのかと思っていた。けれど、予想に反して何もないままいつも通りに日常が進んでいく。取っている授業も違ったので、全く会わずに「あれ? 何か忘れてたっけ?」っていうくらい静かだった。アリスと二人で皆を待つ間、いつものサロンの隅っこでこのアルバにある物が手に入る場所の話をするくらいには。


 これが所謂いわゆる『嵐の前の静けさ』というのを、後から気づいたわ。



西公爵領うち行ったでしょ? あそこに地区があって、そこの梨が洋梨じゃなくて和梨なの!」

「リフってさ、莉香れいかちゃんが出張のお土産に仙台で梨買ってきたじゃん? 確か、の梨って言ってなかった?」

「そう! 仙台支部の人に『お菓子作るなら利府の梨買って帰りな!』って教えてもらって買ったやつ! そこと同じリフって名前で、梨が有名なの!」

「やばいね! 美味しいイメージしか浮かばない!」



 前世を思い出してか、うっとりとし出すアリス。涼香すずかの記憶なら随分ずいぶんと前のはずなのに・・・・・・よく覚えてるね。胃袋はブラックホールだったけど、私と競えるほどの食い意地張ってたっけ? とりあえず、まだまだ美味しい情報はたくさんあるので、今のうちにアリスにたたき込んでおこう! ほっといたら、また『いとしのベルナール様』のお話でおなかいっぱいになっちゃうし。私はおなかいっぱいにしたい派よ。



「他にもあるよ! お母様のご実家の北公爵領には地区があって、ラベンダーが有名だよ!」

富良野ふらののラベンダー!! 北海道じゃん! 北だから?」

「わかんない。でも、確かに公爵領だね」

「へぇ~。今度、商会通してみるわ! ラベンダーで化粧品作りたいし」

「まだあるよ? 他国だけど、ホスタには地区があるし。種有たねありだけど、日本でお取り寄せしてた岡山のシャインマスカットそっくりのマスカットがあるし。種有だけど」

「シャインマスカット!? ていうか、なんで二回言ったの?」

「重要でしょ? 種有」

「・・・・・・そっか」

「あとね、センパスチルになるけどね? リダ地区が有名なミカンに、ツシロ地区は日本のより小ぶりだけど晩白柚ばんぺいゆ、クシマ地区は二回ふたまわりほどおっきな桃まであるんだから!」

「凄いね! 日本が全面的に出てる世界だわ」

「ねー。他にも探したら出てきそうだよね! ちなみに・・・・・・西公爵領うちが誇る地区の高級なお塩様もいらっしゃいます!!」

「やばい! 女神セラータ様マニアックだし、招喚者チョイスがすごい『食』にかたよってるね!」

「仕方ないよ。魔法のおかげでその他をおろそかにしてたのは、こっちアルバのご先祖様たちだからね・・・・・・」

「あぁ、そーだね。魔法省の研究室とか行きたくないよね・・・・・・」



 ちょっとしゃべりすぎてご先祖様たちのよけいな心配までしちゃって、気落ちした。そういう方向に行くつもりなかったんだけどね~。気を取り直そうと、話に出てきた何かの入ったお菓子を出そうと空間収納をあさる――あ。



「ということで! 最近忘れてたけど、ピンクのマドレーヌのせいで食べたくなって作ったマドレーヌです! チゴの実いちごは季節じゃないので、今日はシナの実なしジャムを使ったマドレーヌを持ってきました!」

「やったー! おいしそー!」

「ちなみにだけど」

「何?」

「西大陸南西沖に・・・・・・シチリア島もあるよ!」

「シチリア!? レモン!! レモンケーキ食べたい!」



 手渡されたマドレーヌを食べながら反応するアリスは、口元にカスをつけている。本当に、私と競えるほどの食い意地が張っているのかもしれない勢いだわ。


 マドレーヌ片手に皆を待つ私たちは、美味しい話で盛り上がっていた――のに、どてーん!!と大きな音で現実に戻された。



「いったぁ~いぃ!!」



 驚くほど大きな音の正体は、・・・・・・なんだっけ? マヌ、ちがうな。マト、これもちがう・・・・・・もう『マドレーヌ』でいいよね? その最近見なかった『マドレーヌ』さんが、私たちの座っている横までスライディングしてきた音だった。何故スライディング? あれ?何か涙めて、る? 彼女の言う『悪役令嬢レティシア』が転ばせた、的な? いやそれよりも、スライディングの拍子ひょうしでポケットから落ちた小瓶――それ、目薬じゃないの?


 何とも言えない表情でアリスと顔を見合わせていたら、ピンクマドレーヌのところへわちゃわちゃと数人の男子生徒がやって来た。あ、なんか見たことある顔がいる・・・・・・。



「大丈夫ですか!? 姫!!」

「姫、お怪我は??」

「我々が来たからには、もう大丈夫ですよ。姫」

「「・・・・・・ヒメ??」」



 アリスと二人、目が点になっているかもしれない。え、何?この人『姫』とか呼ばせてるの? えー・・・・・・。


 再び何とも言えない表情になっている私たちに、唯一の見知った顔が吠えてきた。いや、前も思ったけどさ――不敬罪とか怖くないの?この人たち・・・・・・。そりゃさ、学院は身分の差を鑑みないって言っても『限度』があるじゃん? ていうか、最近見なかったのって――もしかして、本当に『ヒロイン』にでもなろうと攻略者でも探してたのかな? ・・・・・・釣れたのは、モブしかいなそうだけど。



「ペッシャールめ!! よくも我が姫を」

「ちょっと、誰に向かってそんな口をきいているのです? メルセネールさ・ま?」



 あ、アリスがキレだしたわ。その笑顔、リオ様といい勝負よ。そうよね・・・・・・見知った顔って、例の『ドン引き男エミール』だもんね。ベルナールに会ったら、開口一番に言いそうよね? 「次男おとうと何とかしてください!!」って。ベルナールは悪くないんだけどね・・・・・・『身内の後始末は身内が』がアリスだから。涼香の時でも、好きな人であれ容赦なかったし。あとで、ベルナールに菓子折り送っておこう。何がいいかな――やっぱりマドレーヌかな? 今日の美味しく焼けたし。


 私が現実逃避に走っていきそうになっているところに、のマドレーヌがいがみ合うアリスたちの言葉を丸め込めに行った。



「エミール様!! わたしが悪いのです!! わたしが貴族社会に慣れていないから・・・・・・レティシア様は」

「そんなことはない!! 姫、君は十分に頑張っているではないか!!」

「エミール様・・・・・・」

「姫・・・・・・」

「エミール! 抜け駆けとはズルいぞ!!」

「私だって、姫が頑張っているのをそばで見ているんだ!!」

「みんな・・・・・・ありがとう。姫はうれしいです!!」

「「「姫!!」」」



 途中で、アリスも怒るのをやめて帰ってきた。何だろう・・・・・・この三文芝居さんもんしばいとも言えない、何とも言えない空間は。ていうか、アリスが相手しても『敵』は『レティシア』なのね・・・・・・え、面倒くさい。それより、美味しいもの食べたい。





 勝手に『乙女ゲーム』?というか自分たちの世界を始めてる人たちはほうっておいて、アリスと二人、そっとその場を後にした。別に待っている場所は、サロンじゃなくてもいいからね。学院内ならすぐに届くので、移動中忘れずに手紙を風魔法で飛ばしておく。『サロンにはチゴの実マドレーヌがあるので、本の森図書館二階で待ちます』と。早く自習室行ってマドレーヌ食べたい!! おなかすいてきた~。あ、この学院の自習室は飲食してもいいんだよ! ほら、アリス!早く行こう!!

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