2.ペッシャール家のお姫様

 いつの間にか眠っていたらしい。何だろう・・・・・・ひたいがひんやり気持ちいい。ゆっくりと目を開けると、濃紺のお仕着せが目に入る。誰だろう・・・・・・ジゼルかな。確か私より十歳くらい上のお姉さんだったはず・・・・・・って、ジゼル!!


 侍女を見てすっかり目が覚めた私は、思っていたよりも勢いがついたままガバッと起きてしまった。普通の公爵令嬢では注意されるわ。しまった!と思いながらも、ジゼルの方にそっと視線を移すと・・・・・・あれ? 泣いてる?



「・・・・・・おっお嬢様、ぉおおお加減は!!」



 倒されるんじゃないかって勢いで私の肩を掴まみ、泣きながらおでこや首元等ぺたぺた手を当てて熱を確認するジゼル。うん、私が全面的に悪かったとはいえ、一週間も寝込んだら心配するよね。我儘なお嬢様相手にしてたから、嫌われてたかなーってちょっと思ったわ。ごめんね。心配してくれる侍女でよかったわ。


 ニマニマしそうな顔は内側に下がってもらって、少しニコッとしながらジゼルの目元に指を当てる。軽く涙をぬぐっただけなのに、目が飛び出そうよジゼル。やっぱり、今までのレティシアわたしの行動ではないよね。



「あなたを泣かせるつもりじゃなかったの。ジゼル、ごめんなさい。わたくしが我儘を通したせいで、心配をかけてしまったわ。本当にごめんなさい」



 今の素直な気持ちを伝えた・・・・・・だけなんだけどね。ジゼルさん、それ以上目を開くと落ちる! 涙にれた綺麗な黒い宝石が落ちるって!!


 口に手を・・・・・・いや、胸元にも手を当ててプルプルと小刻みに震え出したジゼル。あれ?怒ってる?


 恐る恐る彼女をのぞき込むと、ぅっと小さくうめいた。



「・・・・・・お嬢様が、お嬢様が・・・・・・尊い!!」



 うんうんと聞いてたけど・・・・・・尊いって何!? 謝った!じゃなくて? 思ってた反応とは違いすぎて、叫びながら出て行ったジゼルを止めることなく行かせてしまった。まさかの予想外。我儘うざい令嬢じゃなくて、我儘可愛いお姫様で甘やかしてた感じっぽい。前世の記憶が強すぎて今の記憶がほぼ思い出せなかったから驚いたわ、私が。


 そういえば、書き起こした中に『領民にもただ一人のお姫様として可愛がられている』ってあったわ。そうか・・・・・・情に熱いってわけじゃなくて、我儘も皆が皆可愛いって可愛がるから治らなかったのねレティシア。・・・・・・うん、何をしても怒られるより可愛がられる未来しか見えなくなってきた・・・・・・。というか、関係各所に謝罪はいらない気がしてきたわ・・・・・・先程のジゼルみたいになりそうで。


 ジゼルに会ってから頭痛が絶えないけど、とりあえず我儘、と言うより自分の行動全部を自重しよう。大丈夫。痛い女になりたくないなら、できるわよ私!



 小さな拳を握りしめ、自分を奮い立たせていると、パタパタと足音が・・・・・・複数聴こえてきた。何故?! ジゼルが戻ってきたんじゃないの?! というか、パタパタじゃない! ドタバタ大量だわ!!


 少し怖くなってきたので、急いで毛布を被り隙間すきまから覗き見ようとしたーーのに遅かった。バン!と壊れないかと心配になる勢いで扉が開いたので、毛布を持ったまま固まってしまった。



「「「レティシア((お嬢様))!!!!」」」



 小麦色の肌にダークブラウンの短髪、レティシアと瓜二つの琥珀色の瞳の大男と赤茶色の纏め髪に長めの前髪から青い瞳を覗かせる白肌の美女を筆頭に、これでもかと言う人数が押しかけてきた。いや、両親だけじゃなくて・・・・・・これ使用人全員いない!? 扉の向こうまで頭がいっぱい見えるんだけど!! 怖い!怖すぎるって! いきなり大勢の大人に囲まれてるけど、一応五歳児だからね!!


 頬がひくついてるけど、なんとか持ちこたえて、腕をがっちりホールドしてるどでかい手を外してもらおうと、小さな両手を胸の前で重ねた。



「・・・・・・お父様、はっ離していただけませんか・・・・・・ぃいいい痛いですぅ・・・・・・」



 尻窄しりすぼみになったのも許して欲しい・・・・・・聞こえてるとは思うけど。ちょっと威圧感が・・・・・・いや、めちゃくちゃ威圧感!! 五歳児には厳しいし、中身アラサーでも大男の威圧感は怖い!!


 涙目になりながらも訴えると、パッと手を離してくれた・・・・・・母以外胸を押さえてるのは何故??



「うちの子が可愛い・・・・・・」

「「「お嬢様が尊い・・・・・・」」」



 成程。やっぱりジゼルだけではなかったのね!?皆なのね! 母だけはじぃーっと私を見つめている。ななな何だろう・・・・・・すごく不安になってきた。内心冷や汗ダラダラだが、聞かないと前には進めない・・・・・・。


 意を決して母に尋ねてみた。毛布を握ってるが、きっと手汗で濡れているんだろうな。



「・・・・・・お母様、いかがなさいましたか?」



 少し首をかしげて母に聞いただけなのに、周りから呻き声が聞こえるとか・・・・・・怖いわ! いつの間にか床に手までついてるじゃん!? 拝んでるの誰よ!! 母よ、周りが怖いから早く答えてくれ!!


 その祈りが届いたのか、すぐに返事がきた・・・・・・物凄い勢いで。



「・・・・・・レティシア。あなた、そんな言葉遣いできたのね。そうとわかれば、早速淑女教育の準備をしましょう!! そうね、もう五歳ですものね!! アルマン!ベル!」



 いつの間にか手にしていた扇を開き、何やら考え出したお母様。私、まだ少ししか話してないけど・・・・・・そうよね、やっちゃった感じよね。今までのレティシアなら「なぁに? かあさま」って言っていたのを今思い出したわ・・・・・・。


 呼ばれた我が家の家令アルマンと侍女長ベルナデッドが、母の側に復活していたーー他がまだ落ちてるけど、いいんだろうか・・・・・・思わずあさっての方向を見た。



「奥様。先程、ケヴィンに遣いを出す様指示いたしました」

「教材は書斎に揃える様、整えております」



 わぁお。流石、公爵家の家令サマと侍女長サマ。母はまだ何も言ってないのに・・・・・・お二人はとても優秀な様です。確かに扉の後ろの方が少し減ってる・・・・・・気がする。父の横に居たはずの執事のケヴィンも居なくなっていたわ。いつの間に・・・・・・。



「勿論、マナーレッスンはお義姉ねえ様よね?」

「「はい」」



 すごくいい笑顔の三人だけど・・・・・・思い出したわ。お義姉さまって呼んでるけど、お祖父様の妹でお母様憧れの大叔母様よね、きっと。


 もうなる様にしかならないかな・・・・・・諦めてもいいですか? とりあえず、お腹空いたわ。未だにポテサラの口よ。





 張り切る母、いつの間にか使用人たちと娘がいかに可愛いか熱く語り合ってる父がいる部屋で、この世界の空もどこまでも蒼く綺麗だなーーと雲一つ無い空を見上げる。


 ・・・・・・人が減ったら、まずは着替えようかな。

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