第4話 意外な繋がり
私の十年間の結婚生活は、ただ祈っていただけではない。
夫は嘆く私を見かねて、領地経営や事業に関する心得を教え込んだのだ。
子供の事を忘れる為、私はそれらの仕事に一心に打ち込んだ。そうして夫婦二人で経営に携わった結果、ドリート家は裕福な家となったのだから、私の十年は無駄では無かったのだと、今は胸を張って言える。
更に私は自分でも事業を興した。元々一人でやっていた仕事を二人でやっても手が余ったからだ。
自分だけの何かを築いて打ち込む。
……そんな助言をくれたのも、何を隠そうこのイーライ神官様だったのだけれど。
小さいながらも起動に乗ったそれは、婚家にも取り上げられず私の財産となった。つくづくイーライ神官には頭が上がらない。
これからは王都を拠点に事業を続けて、エルタやマリーと共に不自由なく暮らしていければいいと、そう思っている。
そんな商業的な繋がりが私にはある。
この名を振るい、或いは婚家で築いた社交を発揮して、私はフェンリー様に相応しい令嬢を見繕うつもりでいる。……実は既に目星もつけてある。
しかし長年の神頼みのせいか願掛けが癖になっているようで。今回もまたこうして神殿に来て、神の後押しを頼みにきたのだ。
調子に乗った私はその辺の事情もイーライ神官にぺらぺらと喋ってしまった。そもそも神職には守秘義務があるから大丈夫だろう。私も話してスッキリ。
「では私もご一緒しましょう」
けれどにこりと告げるイーライ神官に私はぽかんと口を開けた。
「へ? 何でですか?」
「そんなに驚く事はありません、実はラッセラード家は私の生家なのです」
な、な、な、なんだってー?!
驚きに口を開閉していると、イーライ神官は困ったように眉を下げて続ける。
「可愛い甥っ子の婚約者ですし、レキシー様もまた、私にとって大事な信徒ですから。是非この話を取り纏める一助として、私を御用立て下さいませんか?」
ねっと首を傾げるイーライ神官に目を回しそうになりながら、私はよくわからない圧に耐えられずに、気付けば首を縦に振っていた。
「良かった。ではまず、兄との話合いにご同行しましょうか」
「えっ、あっ……」
そのとか、あのとか取り留めの無い言葉を口にして。にこにこと話を進めるイーライ神官の勢いに、私はあっさりと飲まれてしまったのだった。
◇
三日後、神殿から手紙が届いた。
中にはお札が出来た事に加え、ラッセラード家との面会日時が記されていた。
有難いような、現状についていけないような……
とは言え、こちらの事情をよく知るイーライ神官が味方についてくれるのは心強い。
私としてはフェンリー様の縁結びに協力する形で、今までの支援を踏み倒し──もとい免除して頂きたいだなんて、なかなか図々しい事を頼むつもりでいるのだから。
何を隠そう私が奮起した主な理由はここにある。
十年間、他所のお金を当てにしてきたブライアンゼ家にそんなお金がある訳ない。加えていくら私の事業が成功したとは言え、そんな金額は用意できない。
だからやらねばならない。
流石に血の繋がった家族が路頭に迷う姿は見たくないのだから。
腹を括るのにはやや短い二日後、イーライ神官がブライアンゼ家に迎えに来てくれた。
何だろう、馬車から出てくる彼の人は王子か、はたまた騎士か。一つに括った長い髪を肩から流し、いつも見慣れた白の祭服とは真逆の黒が際立ってよく似合っている。妙な色気すら放って見えるのは気のせいだろうか。
……ここにビビアがいたら騒ぎ出して大変だったかもしれない。
ほっと安堵の息を飲み込みつつ。
見慣れない美の象徴にばちばち瞬きしてると、イーライ神官が不思議そうに首を傾げていたので、慌てて奇行の弁明を口にした。
「目! 目に睫毛が入ったようでして!」
「ああ……」
言うが早いか、イーライ神官は顎に手を置き、目を覗き込んできたので、私はびしりと固まった。
「それはいけない、痛いでしょう。とってあげますから動かないで下さいね」
い、ら、な、いいいいいっ。
「大丈夫です! 取れました! おおお騒がせしました!」
「おや……そうですか? それは、残念」
急いでイーライ神官と距離を取り、私は静かに深呼吸を繰り返す。
「……それでは落ち着いたら参りましょうか?」
呼吸の乱れをあっさり見抜くとは、流石神官まで上り詰めた神職者。視点が違う。
一人納得していると、イーライ神官は私の手を取り唇を落としてきた。
「!!!??」
「あ、すみません。一度やってみたかったんです」
「そ、そうなんですか……お、お構いな、く……?」
何だかよく分からない返事で相槌を打ち、私はそっと手の甲を摩った。
日焼け防止に手袋が嵌められていたけれど……
(……何かしらこれは……?)
まるで熱が手から胸まで駆け上がってきたみたいだ。
痛いくらい鳴る胸を大人しくさせようと、深呼吸を繰り返していると、イーライ神官の横顔が笑っているように見えた。
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