12/25

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「できたぁ…っ!」


私は意識朦朧とした頭で完成品のジャケットを見て思ったよりも想像に近づけられたことに嬉しくなり、さっきまで眠気で落としかけていた針を針山に戻してジャケットをひぃ兄に見せようと寝室に走るとそこには誰もいなくてただの冷たいベッドしかなかった。


天「…そっか。音己ねぇの家だった。」


私は完成品をいつも最初に見てくれていたひぃ兄がいなくて少し寂しく感じるバタートーストを食べていると携帯にメッセージが入った。


『今からそっち行くからお兄さんに伝えといて。』


と、渡辺から連絡が入った。


そんなの自分でしろと思ったけれど、ひぃ兄はきっとぐっすり寝てるんだろう。


私は了解スタンプだけ送って待っていると、息切れしている渡辺が家にやってきた。


渡辺「…ごめん。」


そう言って、渡辺は大雑把に切られた布を私に見せてきた。


天「なに…これ…。」


私はその生地で作って渡したはずのスエット生地の衣装を切り裂かれているのを目の当たりにしてさっきまでの高揚感が一気に地の底に落ちた。


渡辺「来週から使うから洗濯してたら見つかって…。本当にごめん。」


天「…買ったって言えばよかったじゃん。」


渡辺「言ったけど信じてくれないんだよ。タグはないし、検索では引っかからない唯一のものだったから同言い訳してもダメだった。」


天「しおりは複製出来るけど、これは手縫いの部分が多いからこれみたいに完璧に出来ないよ。」


私はどうやっても明後日から始める撮影に間に合わなそうで瑠愛さんに電話をしようとするけれど、仕事中なのか一度で電話に出てくれなかった。


渡辺「 本当にごめん…。手伝えることがあるならなんでもするからもう1回作ってほしい。」


と、渡辺はあの日のように目を潤ませてとてつもなく悔しげな顔をして俯いてしまった。


それを見て私は昨日のことがあっても、夢を追ってる仲間としてやっぱり見捨てる事はできない。


天「作るよ。けど、学校の噂なんとかして。」


渡辺「…うわさ?」


渡辺は何も知らないのか潤めた目を私と合わせて少し首を傾げる。


天「え…、渡辺たちがやってるんじゃないの…?」


渡辺「なんの話か分かんないけど、潰したいもんがあるなら潰すし生地も買いに行ってくる。」


そう言って渡辺はエナメルバッグから財布を取り出して中に入っている金額を確認した。


渡辺「これから部活あるから潰してくる。どんな噂?」


天「…私がナンパ待ちしてパパ活してるって噂。」


自分で言葉に出して言うのが恥ずかしかったけれど、そんなものする勇気もないしするなら本当のお父さんにお金を貰った方が早い。


お金でなんでも解決しようとする親だからそこは困った事ないので、尚春先生の耳に入る前になんとかしてほしい。


渡辺「で、でも…、してたじゃん…。」


と、渡辺は気まずそうに私の噂を肯定した。


天「してない!てか、証拠ないのになんでそんなこと言うの!?」


私が思わず大声を出すと、近くの部屋から誰かが出てきそうだったので渡辺を玄関の中に引き込んでこれ以上めんどくさい事が起きないようにする。


天「…渡辺じゃないなら夏來?それとも杏?どっちにしろ嘘だから。」


渡辺「一昨日…、駅前で男2人に絡まれてたじゃん…。」


天「一昨日…?」


私は一昨日に男2人に絡まれるという怖い状況をすぐに思いつかなくて、空に目線を上げて考えていると渡辺は玄関に座り込んだ。


渡辺「…おでこに、…されてたじゃん。」


と、渡辺は走ってきて汗が滲んでいる額に自分の人差し指を置き、そう言った。


私はそれでななみんさんと来虎さんのことを思い出し、一気に顔が熱くなる。


天「さ、さ…っ、されたけど…。ナンパ待ちでもパパ活でもないよ。」


私は見られた恥ずかしさと昨日の恥ずかしい気持ちが再燃して立っていられなくなり、渡辺の隣に座る。


天「その1人にジャケット作ってってお願いされてひぃ兄の元彼さんと4人でご飯がてら、サイズ合わせすることになってただけだよ。」


渡辺「…本当?」


天「本当に決まってんじゃん。向こうは私のことからかってただけ。しかもそんなことしたら年齢的に犯罪じゃん。」


渡辺「そうだけど…。」


と、渡辺は言葉を濁し何かを考え始めた。


けど、そんな時間さえ私は惜しく感じ、立ち上がる。


天「私は今から寝る。さっきまでジャケット作ってて活動限界来てるから。」


渡辺「…そ、そう。」


と、渡辺は一瞬私を見上げてすぐに目線をそらした。


天「今日のクリスマスパーティー、瑠愛さんに呼ばれてるから来るよね?その時にスケジュール調節してもらおう?」


私は渡辺の目を見てしっかりと約束をしたかったけれど、渡辺はそっぽを向いたまま頷き立ち上がった。


渡辺「…さむ、いや。ん…っと、あの…ぉ。」


渡辺は何か言いたいことがありげに言葉を詰まらせて私を何度か見たけれど、全く目線は合わずそのまま部活に行ってしまった。


私はまたそんな渡辺が嫌いになり、腹が立って眠気なんかどこかへ飛んで行ってしまった気がするけれどベッドに5分だけ入ってしまうとすぐに眠りに入ってしまった。



環流 虹向/天使とおこた

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