第226話 52日目⑩天ぷら実食

 木皿の上に盛り付けられた各種天ぷら。朝あたしが作った海鮮スープの汁を再利用して作った天つゆ。そして残りの海鮮スープに焼きアナゴを入れた焼きアナゴ汁。品数は少ないけどボリュームはすごい。


「わぁー! 本当に天ぷらだぁ! いっただきまーす! はわわ、どれから食べようかな」


「ふふ。天つゆ以外にも塩を振って食べるのもありだぞ」


「なるほどっ! じゃあ、まずはアナゴ天に塩振りでいただきます」


 海水から精製した旨みたっぷりの粗塩あらじおをひとつまみ振り掛けて、大きくて分厚いアナゴの天ぷらにかぶりつく。


──ザクッ じゅわっ


 サクサクの衣を噛んだ瞬間に口の中に溢れ出す上品な熱い脂と濃厚な魚の旨み。振り塩のしょっぱさが一瞬で中和され、口の中で絶妙の味付けに昇華して、噛み締めるほどに美味しさのボルテージがどんどん上がっていく。


「うんまっ! すごっ! こんなのあたしの知ってるアナゴじゃないよ」


「おぉ! これだけデカイとさすがに脂もよく乗ってて旨いな。真冬だと逆に脂が乗りすぎてくどいだろうけど、今だと本当に絶妙だ。振り塩で食べると脂の甘みが際立つな」


「なるほど。分かったよ。アナゴは天ぷらになるために生まれてきたんだね」


「はは。そう言いたくなる気持ちは分かる。アナゴは天ぷらにすると本当に旨いからな。生の時は独特の生臭さがあるのに揚げるとなぜか他の食材にはない特別な風味に変わるんだよな」


「それは白焼きの時も思った。焼き始めはやけに臭いのにしっかり焼くといい香りになるよね」


 あの臭いアナゴがなんでこんなに上品な香りになるのか意味が分からない。


「うーん、生臭さの原因になってるたんぱく質が熱で変質するのかもしれないな」


「ふむふむ」


 振り塩で一口かじったアナゴ天を天つゆに浸けて二口目。

 衣に染みた煮干しの旨みたっぷりの出汁とホクホクのアナゴの身が見事な調和でお互いの良さを引き立て合い、塩だけとは全然違う完成された美味しさを魅せつけてくる。


「嗚呼………………うん。アナゴ天と天つゆは正解すぎるよ。塩だけだとアナゴの美味しさを際立たせるけど、天つゆだとお互いの魅力を引き立て合ってまるで味のデュエットだね」


「確かに。いい相乗効果が出てるな」


「これは、甲乙つけがたいね。天つゆと振り塩はなんというか、動と静でどっちも一流なんだけど方向性が真逆だからどっちが優れてるとか評価のしようがないよね。どっちも最高に美味しいよ」


「……ふっ。アナゴのパートナーが天つゆと塩の二択しかないなんて……いつから勘違いしていた?」


「な、なんだってぇ!?」


「天ぷらには大根おろしという選択肢もあるぞ? 今日は準備してないがサッパリしてこれも旨い。特にこれからの時期、身に脂が乗った魚に合わせるのに大根おろしは最高だ」


「よ、よろしい。ならば戦争だっ! 大根おろしの挑戦、受けて立とうじゃないか! どれが一番か頂上決戦だ」


「いや、別に一番を選ばずとも全部楽しめばいいだろうに。俺は大根おろしと天つゆ混ぜるのも好きだぞ」


「そ・れ・だ! やっぱり派閥争いは不毛だよね。ラブ&ピース最高!」


 美味しいものを食べるとテンションが上がりすぎてアホなやりとりに歯止めが利かなくなる。

 クールダウンのため、口直しにバラフの葉を何もつけずにモシャモシャ食べる。アイスプランツの葉や茎の表面を覆う露玉つゆだまのようなプチプチが塩分を分離する細胞なので、噛むとほのかに塩味がするのがバラフの特徴だ。

 匂いに癖がなく柔らかくて、噛むとちょっと粘りけと酸味があるバラフは何もつけずにそのまま食べても美味しい。

 ちなみに炒めるとトロトロになってそれはそれで美味しいけど、やはりバラフの良さを生かすのは生食だと思う。


「よし。バラフでリセットできたからあたしは次、エビいきまーす!」


「ん。じゃあ俺はかき揚げにしようかな」


 まっすぐな大きなエビ天を、まずは塩で一口かぶりつく。嗚呼、これも大正解! 口の中いっぱいに幸せの味が広がる。エビの身って甘いんだよね。小さいエビだと分かりづらいけど、これだけ大きいエビだとはっきり分かる。


「……美味しいぃ! もう、エビってエビにしかない美味しさがあるよね」


「それなー。カニでもシャコでもない、本当にエビにしかない味ってあるよな。……こっちのかき揚げも旨いぞ。やっぱりかき揚げに玉ねぎは欠かせないな。大根葉のほのかな苦味とサヤインゲンの甘味、ミツバの風味も活きててすごくいい感じだ」


「ひとくちちょーだい。あーん」


「自分の分があるだろうに……仕方ないな。ほれ」


 苦笑しつつもガクちゃんが一口大に千切ったかき揚げをあたしの口に入れてくれる。ああもう、嬉しい楽しい美味しい。これはそう──


「これは……幸せの味だね」


「違いない」


 次いでサイコロ状のカレイとスズキ。外見では見分けはつかないけど、食べてみれば違いははっきりしている。あっさりしているのがカレイで、脂が乗っていてジューシーなのがスズキだ。どっちも柔らかい白身だから脂が乗っていないセイゴとかだったら違いが分からなかったかも。

 下味に使った辛味のないコショウの一種フウトウカズラの風味がいい仕事をしていて和食の天ぷらなのにほのかに洋食っぽくなっていて、これは塩で食べる方が合ってる。


 そしてシイタケ。生シイタケなので干しシイタケみたいな濃縮された旨みはないけど、厚みのあるグリグリとした歯ごたえは食感が良く、野性味溢れる濃厚なキノコの味と油は相性が抜群だ。これは天つゆで食べる方が好み。


「ひととおり食べてみての感想は、みんな違ってみんないいね!」


「ありきたりだけどそれしかないな」


 相槌を打ちながらスープをすすっているガクちゃん。そういえばスープはまだだったとあたしもスープを一口。


「…………あ。これいい」


 焼きアナゴってこんなに上品でいい出汁が出るんだね。ベースになっているスープをまろやかにまとめ上げて優しい風味に仕上がっている。塩味が薄めなのも天ぷらの口直しに良すぎる。


「いい出汁が出るだろ? このタイプの魚はしっかり焼いたら、長く煮なくてもそれこそ茶漬け程度でもすごくいい出汁が染み出るんだよ」


「このタイプってことはウナギとかも?」


「そうそう。名古屋とかの中部地方だとウナギ料理の締めに茶漬けにするのはよくあるぞ」


「……それも美味しそう。コッテリのウナギをお茶漬けで締めるとか絶対に食後の爽快感が絶妙だろうね」


「お、分かってるな。最近ちょくちょく感じてたけど、みさちのその発言は料理への理解力がかなり深まってないと出ないものだぞ」


「うふふ。あたしも日進月歩で日々成長中なんだよー。でも、ガクちゃんにそう言ってもらえると嬉しいね」


 門前の小僧が習わぬ経を詠む、というけど、一品の料理だけじゃなく、メニュー全体の味のバランスを常に考えながら料理の段取りを組んでるガクちゃんをずっとそばで見てきて、質問したら教えてくれて、学びの機会をたくさん得られたから、あたし自身も料理への理解度が深まってるなーと実感していた。

 でも、ガクちゃんの目から見てもそうだったというのが分かってついニヤニヤしてしまう。


 そんな感じで大満足のうちに久しぶりの揚げ物を堪能したのだった。









【作者コメント】


 久しぶりのメシテロ回。ホントは年内のうちに更新したかったのですが、めちゃくちゃ忙しくて無理でした。もとより一般の人たちが休む時にこそ忙しくなるサービス業。毎年恒例なので仕方ないですけどね。年末ギリギリまで自分の店の営業をして、大晦日から年始にかけては別の店に働きに行くので気づいたら修羅場の中で年が変わり、気づけば正月が終わってるいうのがいつものパターン。

 今日で一応連勤終了。なんとか今回の年越しもギリギリ過労死は免れたかな……。2025年も生き残れるように頑張ります。今年もどうぞ引き続き応援お願いします。

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