第220話 52日目④海竜との付き合い方
ゴマフとひとしきり戯れたけど、あたしに餌をねだる様子は見せないからちゃんと食べさせてもらってるみたいだね。よかったよかった。
ガクちゃんはシノノメとのスキンシップを試みてたけど、思っていた以上にシノノメからの好感度は高かったみたい。ガクちゃんが触れるともっともっと、とねだって鼻筋を掻いてもらい、それで嬉しくなってテンションがぶち上がっちゃったみたいで長い首をガクちゃんの身体にぐるりと巻き付けて、頭をガクちゃんの胸にスリスリと擦り付け、顔と喉元を撫でてもらってご満悦でクルルルと喉を鳴らしている。
……うわぁ、なにあのデレッデレの甘えっぷり。うん、これは間違いなくゴマフの父親だね。それにしても、プレシオサウルスのあの長い首はあんな風に相手に巻き付けて親愛の表現にも使うんだね。
「はぁー、ゴマフ、あんたってば本当にパパと似た者親子だねぇ」
「キュイキュイ」
こっちはこっちで野性味ゼロのヘソ天でお腹を撫でられてご満悦だ。昨日、ゴマフを群れに返した時はあたしの母親役はもう終わりで寂しくなるって思って泣いちゃったのに、当のゴマフときたらあたしから自立する気なんてぜんぜんないじゃん。なんなら甘えられる家族が増えただけと思ってるまである。昨日のあたしの綺麗な涙を返せ。
ゴマフと遊びながら横目でガクちゃんの方を見ていると、海からノアが上がってきてガクちゃんたちに近づいていく。さすがにシノノメのガクちゃんへのスキンシップが過剰だと止めにいくのかな~と思いきや、まさかの「まぜて」で思わず吹いてしまった。ガクちゃんが完全にチベットスナギツネの表情になってる。
でも、これで確信した。ノアはガクちゃんのことを明らかに自分より上位の存在、甘えることができる相手と見なしてるね。
やがてガクちゃんがシノノメのハグを脱け出してあたしのそばに戻ってくる。遊び足りないシノノメと構ってもらえなかったノアが抗議の声を上げている。
「あはは。ガクちゃんモテモテじゃん」
「まさかのモテ期到来!? いや、ダメだ。俺には最愛の嫁が! ってそもそもこいつらオスじゃないか」
あたしの弄りにガクちゃんはノリツッコミを返してからスッと真顔になり、肩を竦めながらノアたちの警戒心の無さへの懸念を口にする。
それに対して、あたしが昨日ノアがガクちゃんに降伏の仕草をしたことに触れて、ノアズアーク全員がすでにガクちゃんの傘下に入っているという認識になっていて、ガクちゃんのことを畏れ敬う主人、この地を治める王様と思っているのではないかという説を提唱すれば、それならあたしは王妃や女神扱いになると爆弾発言を落として、そのままなんか難しい表情で考え込んでしまった。
そんなに難しく考えることかな? あたし的にはガクちゃんとセットであたしがノアズアークから女神様とか王妃様扱いされる方が問題なんだけど。最近まで陰キャでコミュ障だったあたしに
やがて、ガクちゃんが自分の思いを口にする。
「俺としてはさ、こいつらは独自のライフスタイルを
「あー。首を巻き付けてハグしてくるとか、シノノメってばガクちゃんのこと、もうすでに大好きだよね」
「なんであんなに
「うーん……それもあるだろうけど、シノノメの好感度の高さはゴマフの件で恩を感じてるのもあるよね。ゴマフからガクちゃんとあたしのことを教えられたのかも? あと、ノアはガクちゃんのことを甘えていい相手と認識してるよね」
「…………うーん、重いな~。俺としては、こいつらが人間と密接に関わることで大きな影響を受けて、ライフスタイルそのものが大きく変わってしまって、それが将来に悪影響を及ぼさないかを心配してるんだ。俺たちもずっとここにいるとは限らないし。どこまで関わっていいものか……」
なるほど。ガクちゃんが
「それ、ガクちゃんは深刻に考えすぎじゃないかな? ノアたちがガクちゃんをここの主と認めて懐いたからといって、ガクちゃんが飼い主になったわけじゃないし、なにか責任が発生するわけでもないよね? そもそも本能的な
あたしの意見にガクちゃんがハッとした顔をする。
「……ああ、そうか。確かにその通りだ。言われるまで失念してたけど、こいつらは本能に頼りきりじゃなくて、ちゃんと自分で考えて決定して行動できる知性のある生き物だったな。出産間際の妊婦を連れての営巣地からの移動を決めたのも、群れを安全な場所に住ませるために縄張り争いを避けてさっさと降伏したのも、状況の変化に柔軟に対応した行動だ。そうか。そういうことができるんなら、こっちもあまり与える影響を気にしなくていいか」
「そうそう。それに、もしかしたらこの柔軟性こそがこの島のプレシオサウルスの特徴かもしれないよ? 昔からの伝統に固執しないで、状況の変化に柔軟に対応できたからこそ、今まで永い年月を生き延びてこれたという説はどう?」
「なるほど! 逆転の発想だな。でも確かにそうかもしれない。絶滅したはずのプレシオサウルスがこの島の近海で生き延びてこれたのは環境的な要因だけじゃなくて、変化に対応できた順応性の高さのおかげでもあったってことか。……そういえば、この箱庭に元々住んでた小型恐竜たちは結局
「だねー。この島の奥地には、そういう色々な変化に柔軟に対応して生き延びてる恐竜たちが今もまだいるのかな?」
「あー、どうなんだろな。
「まあ、今のあたしたちには直接関係ないから、今は考えても仕方ないね」
「そういうことだ。俺たちの現状の活動範囲だってせいぜい箱庭の1/3程度。この小さな箱庭の2/3がまだ未踏破で何があるかも把握出来てないのに、わざわざ危険を冒してまで箱庭の外に進出する理由がないよな」
「そだね。まずは箱庭の全体像を掴んで、あと大叔父さんの隠し財宝を探して、あたしたちの新居を完成させて、生活レベルを向上させて、日常の幸福指数を上げる方が優先だよね」
「そうだな。あとは、せっかく
「この子たちはかなり頭良いから、簡単な意思の疎通ぐらいはできるようになりたいよね」
「確かにそれができるといいよな。鳴き声のパターンを聞き分けられるように、これからは意識して聴くようにしてみてもいいかもな」
「あたしたちの使う言葉も簡単なものならたぶん覚えられるよね。名前だってすぐ覚えたし」
これまで見てきたゴマフの賢さ、昨日観察した他のプレシオサウルスたちの賢さを
ガクちゃんがいたずらっぽくニヤリと笑う。
「なんなら芸を覚えさせてみてもいいかもな」
「あはっ。いいねぇ! イルカショーとかアシカショーみたいなことやってくれないかな」
「俺としてはちょっと背中に乗ってみたい」
「あ、あたしも! それ絶対楽しいやつじゃん!」
「もちろんこいつらが嫌がらなければの話だけどな」
「今の感じだとあっさり乗せてくれそうな気もするけど」
そんな感じでこれからのお楽しみの計画についてとりとめもなく語り合いながら、あたしとガクちゃんは、いやきっとノアズアークの全員も幸先のいい新生活を始めることができたことを喜び、この先にあるより良い未来への期待に胸を膨らませていた。
【作者コメント】
今回は難産でした(´д`|||)
リアルもなかなか大変な状況が続いていて執筆時間がなかなか作れずにいますが頑張ります。
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