第208話 51日目⑧ノアズアーク
ノアの群れを構成するプレシオサウルスたちはゴマフを除いて12頭。そのうちサブリーダー格である
ヒスイの2頭の
ヒイロの2頭の番は色彩つながりで萌葱色のメスが
残る名付けはノアの番である赤と黒のメス2頭、色からしてモエギと同腹の姉妹と思われるどこの家族にも属していない単身のメス、ゴマフの父親である若い紫のオスの4頭となる。
美岬がよく考えられたセンスのいい名付けを披露してくれた後だから正直なところ気後れもしてしまうのだが、俺なりに考えた名前を披露するとしよう。……不評だったら美岬に丸投げだな。
「……まず、ノアの番の2頭なんだが、ノアの立場と名前の由来を考慮してみた」
「……えっと、旧約聖書のノアの
名付け親である徳助氏のノートにはノアという名前を付けた由来についても触れられていた。島の全周が切り立った崖に囲まれた絶海の孤島であるこの島は遠くから見るとまるで船のように見えるらしい。それに加え、ずっと昔に絶滅したと思われていた太古の生物たちがこの島で生き残っているという事実。そのことを知った徳助氏は『まるで
それで仲良くなったプレシオサウルスの子竜にノアという名前を付けたとのこと。
「そう。だから旧約聖書に出てくる高貴な女性の名前を付けてみようかと」
「……はー、また
「ん……ああ、確かに日本に住んでる限りは、宗教がそんなに生活に密着してないからこういうことは知らなくても特に問題にはならないけど、外国、特に発展途上国だと宗教が生活の中心になっているところも多いからな。そういう国でうっかりタブーを踏み抜くと冗談抜きで命の危険があるから、外国を旅する時にその土地の宗教とそれに基づく風習なんかの基礎知識を知っておくのは何気に大事なんだよ。特に旧約聖書はキリスト教、イスラム教、ユダヤ教に共通する聖典としてたくさんの国や民族に影響を与えてる存在だしな」
「ほえー、そうなんだ。あ、ごめん脱線させちゃった。それで、なんて名前にしたの?」
「うん。ノアの番のうち、赤い方がこの群れのメスの中で一番大きいから、たぶんノアの正妻ポジションで群れのメスのヒエラルキーのトップだと思うんだよな。だからアラム語で王妃という意味のあるサラってどうかな?」
「おお。なんか普通に日本人でも女性名としてある感じだけど、そんな高貴な意味があるんだね。普通にいいと思うよ」
「よかった。で、もう1頭の黒いメスだけど、サラには立場的に劣るとしても群れの長の番である以上、彼女もまた王妃ポジションなわけだから、旧約聖書に登場するペルシア帝国の王妃になった女性の名前を拝借してエステルってのはどうだろ?」
「……エステル。可愛い響きだね。群れの王様のノアと王妃のサラとエステル。……由来はかなり斜め上だったけど、理由を聞いてみれば納得だし、素敵な名前だね。……名前はこれでいいとして、ノアの家族名はどうする?」
「んー、この群れの中核だから由来そのままノアズアークってのは?」
「あ、いいね。てゆーか、考えてみればこの群れそのものがノアを族長とする大家族なわけだし、小さい意味ではノアの家族、大きい意味では群れ全体をノアズアークって呼んでもいいかもね」
「ああ、そうだな。じゃあそうしよう。さて、次はボッチのメスだが…………みさちは彼女の群れでの立ち位置をどう見る?」
俺に問われて美岬は波打ち際のあたりでモエギの巣作りを手伝っている彼女の様子を観察する。
「……えーと、色はモエギとほとんど同じ暗めの青緑だから同腹の姉妹──たぶんノアとエステルの娘だよね。そしてモエギより一回り大きいからたぶんお姉さん。でも、親から独立してるってことは…………番を亡くした
「うん。俺の解釈もそんな感じだ。あと、モエギを手伝って巣作りしてるけど、やけに慣れてるから子育て経験もあるかもな。群れにそれっぽい子供がいないのはすでに育って群れを出た後か、それとも…………」
俺が濁した内容を瞬時に悟って表情を曇らせる美岬。
「……そっか。群れの戦士のオスたちがみんな傷だらけなのは、外の海にそれだけ危険な敵がいるってことだよね。ゴマフの母親みたいに守りきれずに殺された仲間が他にもいたとしたら……もし、彼女が番と子供を殺されて独りぼっちになってるんだとしたら……」
「決めつけは良くないが、見る限りその可能性は低くないと思う。まさにそういう敵に縄張りを追われたからこそ、ノアはここへの移住を望んだと考えれば色々と辻褄も合うし。……まあ理由はどうあれ、彼女がこれから強く生きていけるように、未亡人になっても強く生きた女の名前を贈ろうと思うんだ」
「なるほど。
「……っ! ドーラか! なるほど! 俺は一応実在の人物から考えてたけど、ドーラもいいな。いやむしろドーラしかないな!」
「えぇ……それでいいの? ちなみにガクちゃんはどんな名前にするつもりだったの?」
「俺はゼノビアを考えてたけど、マイナーすぎるからどうかなーとも思ってたんだ。知ってるか? パルミラの女王ゼノビア」
「知らない」
「だよな。やっぱり強くて面倒見がよくて仲間から慕われる女といったらドーラだな」
「……ガクちゃんが気に入ったならそれでいいよ。あとはゴマフのパパのムラサキ君だけだね」
「うん。彼は東の雲と書いて
「へぇー、今までとはガラッと方向性を変えてずいぶん
「さっき、ゴマフと親子の対面をした時にちょうど朝陽が射して、あいつの背中が鮮やかな紫に輝いただろ」
「あ、うん。陽光を反射して赤みがかった紫色が綺麗で、そこだけスポットライトで照らされたみたいにキラキラ輝いてて、感動しちゃたよ」
「あれを見て、夜明け前の東の空に浮かぶ、下からの朝日に照らされて紫色に輝く雲を連想したんだ」
「……春は
「……とっさに枕草子の一節が出てくるのは正直すごいと思うけど、まあそういうことだ。俺にとって一番綺麗だと思う紫がそれなのと、
「あーいいね! 由来も含めてすごくいいと思う。家族名はどうする?」
「それなんだけどな、ゴマフは見た目で
「……シノノメが夜明けのイメージなら、そのつながりで
「……よくそんないい感じの言葉がポンポン出てくるな。採用。……これで一通りの名前と家族名は決定だな」
決まった名前をノートに書き込んでいく。
「あとはこの名前をどうやってみんなに伝えるかだね」
「まあそれは、それぞれの個体を名前で呼んでいるうちに自然に認知されるとは思うけどな」
名前は俺たちがプレシオサウルスたちを個別に識別するのに必要だから付けただけで、決まった以上焦る必要もないだろうというのが俺の考えだったが、美岬は違ったようで、思案顔になる。
「……んー、思ったんだけどさ、ノアって自分がノアだってことをちゃんと理解してるよね?」
「理解してるな。だからこそ、その名前を知っていた俺たちと友好関係を築けたまであるな」
「つまりノアは、20年も誰も呼んでくれなかったのに自分をノアだと認識してたわけで、それだけ名前を大事にしてたわけだよね」
「……ふむ。考えてみればすごいことだな」
「たぶんプレシオサウルスたちは名前がなくてもそれぞれの個体の識別はできてるんだろうけど、名前の概念そのものはもう理解してるだろうし、名前があった方が便利ってことはあたしたちとノアとのやりとりを見てもう分かってると思うんだよね。つまり、何が言いたいかというと、名前持ちのノアやゴマフのこと、めっちゃ羨ましいんじゃないかなって」
「あー……これだけ賢いならそれもあるかもな。それで?」
美岬がにっと笑い、自信ありげに言う。
「ちょっと思い付いたことがあるから試してみるね。あたしの予想が正しければあっさり全員の名付けが終わると思うよ」
【作者コメント】
第三部ノアズアーク編のタイトル回収。
今回決まった名前まとめ。
【ノアズアーク】*狭義ではノアの家族、広義では群れ全体
・サラ(赤の4㍍級のメス。メスの中で一番大きい)
・エステル(黒の4㍍級のメス。サラの次に大きい)
【アカツキ】
・シノノメ(紫の4㍍級のオス。ゴマフの父親)
【無所属】
・ドーラ(萌葱色の4㍍級のメス。モエギの姉)
【チーム・ブルー】→【ジュエリーズ】
【チーム・レッド】→【カラーズ】
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