第181話 45日目④サツマイモを増やす
あたしが持ち込んだ種芋の品種は“紅はるか”だ。水分が多くて甘味が強く、害虫にも強い比較的新しい品種だけど、焼き芋にするとねっとりと甘くて大人気のサツマイモだ。
もちろんあたしも好きなので故郷の島で生産できるようになったらいいなーと思ってこの種芋を選んだ。
アンデスの高地原産のサツマイモという植物は基本的に土が痩せていて乾燥気味でも元気に育つ手間のかからない作物であり、逆に土の水分や栄養分が多すぎたり、土が固すぎると、芋が腐ったり“蔓ボケ”して実らなかったりする。
とりあえず、しっかり耕した水捌けのいい土で高めの
種芋から育てる場合、たくさんの芽が出ている種芋を芽ごとに分割して、それぞれを浅く土に埋めて、最初だけは多目の水で土に活着させ、無事に活着して蔓が伸び始めたら少なめの水で育てていく。
切った蔓を半分ぐらい土に埋めておけば、節の部分から不定根と呼ばれる根が生えてきて、その根が土にしっかり根付いた状態が活着となる。そしてその根の先に芋が育つ。
サツマイモはそうやって蔓だけで際限なく増やしていけるし、連作にも強いから救荒作物として優秀なんだよね。
最初は10個に分割した種芋からスタートしたサツマイモ栽培だけど、今回株分けする予定の蔓が活着すれば苗の数は30株になり、サツマイモ用に確保してある畑のスペースはほぼ埋まるはずだ。
ここからどれだけの量の芋が収穫できるかはやってみないと分からないけど、順調にいけば1株につき1kgで見積もっても30kgは採れることになる。植え付け時期が遅いことと日照不足という不安要素もあるからそこまでは期待できないかもだけど。
小川と畑を何回か往復してバケツに汲んだ水を手作りの
「ガクちゃーん! そっちはどうっすかぁー?」
「おー、草むしりはもう終わってるぞ」
「あざっす。じゃあサツマイモの株分け手伝ってほしいっす」
「あいよー」
ガクちゃんと合流して、まずは第二世代の芋蔓から株分けする部分を切り取る作業から始める。
第二世代は数えてみれば十二、三節ぐらいまで蔓を伸ばしていたから、先端から数えて八節のところで切り離す。株分けする側に蔓の先端がある方がよく育つからね。
切り取った蔓は元の苗から1㍍ぐらい間隔を空けた辺りの畝に植えていく。八節あるうちの根側の四節を畝と平行になるように浅く土に埋め、残りの四節は土から出しておく。こうすれば地中の四節がまず根を伸ばし、残りの四節が蔓を伸ばして育っていくことになる。
二人で手分けして10株の株分けを完了させ、新しく植えた第三世代には土に活着しやすいように水をたっぷり掛けておく。
「おし。こんなもんか。しっかり根付くといいな」
「そっすね。今回株分けした分は収穫できるのは年を越してからになると思うんで、この島の冬があまり寒くならないといいんすけどね」
「そこだよな。まあゴマフみたいな海竜が棲息できるぐらいだからそこまで極端に寒くはならないと思ってるんだけどなー」
「……もし、島の周辺に海水が温かいスポットがあってそこを海竜が縄張りにしているとかは?」
ふと頭に浮かんだ疑問を口にすると、ガクちゃんもその可能性は考えていたようですぐにうなずく。
「うん。火山島だしその可能性もあるよな。だとしたら寒くなる前にゴマフをそこに連れていってやらなきゃいけないと思うけど、そもそもそういう場所があるのか、あるとしてもそれがどこかは今の俺たちには分からないからな。だから家がある程度形になったら、次はボートを作って大潮の日の数日を使って島の周囲を一周して調べたいなとも思ってるんだ」
「おぉ、そこまでゴマフのことを考えてくれてたんすね。確かに今のあたしたちはこの島の外がどうなってるのか全然知らないっすし、いずれここを出ていくにしてもぶっつけ本番じゃなくて、ある程度予行演習も必要だと思うっすから賛成っす。……よかったねぇ、ゴマフ」
「キュイ」
畝間で泥まみれになって遊んでいたゴマフは自分の名前に反応してすぐに這い寄ってくる。
「あーあー泥んこになってまぁ」
「あは。とりあえず畑仕事は終わりっすから、この子は海で綺麗にしてから柵の中に戻しとくっす。ガクちゃんは先に戻っててもらっていいっすよ」
「わかった。じゃあ先に戻って朝飯を準備しとくな」
「わぁい。一仕事した後だからお腹すいたっ……」
──ぎゅるるる……
ヤバいと思う間もなく、あたしのお腹が食い気味に返事する。
「……おう。この後も力仕事が待ってるから、腹持ちがいいものを準備しとくな」
くぅっ! ガクちゃんの気遣いがかえって恥ずかしさを倍増させるよ! あたしの腹の虫の空気の読めなさはそろそろなんとかしたいなぁ!
林の中の仮拠点に戻っていくガクちゃんの後ろ姿を見送り、あたしは畑の外で駆け足の足踏みでまだ畑の中にいるゴマフを呼ぶ。
「ゴマフ~、置いてくよ~? 先に行っちゃうよ~?」
「キュイッ! キュイッ! キュイッ!」
畑の中から泥まみれのゴマフが転がるように出てくる。この子はまたこれから柵の中でお留守番になるから、少し遊んであげよう。
「ほらほら~、置いてっちゃうよ~」
後ろ向きで海に向かってゆっくりとわざとらしく走り出せば、ゴマフが大喜びでピョコピョコ跳ねるようにして追いかけてくる。追いつけそうで追いつけない絶妙な距離感での追いかけっこがこの子は好きなんだよね。
「はーい、あたしの勝ち~! ゴマフおいで~」
「キュイィ!」
先に波打ち際に着いたあたしがしゃがみ、両手を差し出すと、追いついてきたゴマフが体当たりするように飛びついてくる。ここまでの草と砂のおかげでお腹側の泥汚れはだいぶ綺麗になっているからゴマフを正面から抱き上げるのは問題ないが、興奮しすぎたゴマフは頭からあたしのみぞおちに突っ込んでくる。
「ぐえっ! …………み、みぞおちはやめて!」
「キュイッ! キュイィ!」
前ヒレの脇の下に手を入れて持ち上げて体を引き剥がしても、今度は長い首を伸ばしてあたしの顔に頭を擦り付けて甘えてくる。甘ったれの首長竜は可愛いけどこの首の長さが厄介すぎる。
ひとしきり甘えてようやく落ち着いたゴマフの残った泥汚れを海水で洗い落とし、嫌がるゴマフを柵に戻してようやく一息つく。ゴマフも柵の中に入ってしまうと諦めて大人しくなる。
「キュイ……」
寂し鳴きするゴマフの頭を柵越しに撫でてやる。
「じゃ、またしばらくいい子でいるんだよ。また来るからね」
「キュイ……」
心なしかしょんぼりしているように見えるゴマフに後ろ髪を引かれるように感じながらあたしはガクちゃんの待つ仮拠点への帰路を急ぐのだった。
【作者コメント】
サツマイモの育て方はだいたい今回の本文で書いてある通りなのですが、もう一つ大事な工程として“蔓返し”というものもあります。
繁殖力の強いサツマイモは蔓から根が出てその先に芋ができるのですが、地面に埋めた蔓だけでなく、地面を這っている蔓からも根が出て地面に潜り込みます。根の数が多いとその分栄養が分散されるので、放っておくと小さい芋がたくさんできることになります。
それを避けるために、地面を這っている蔓を地面からひっぺがして不要な根を抜き、必要な根だけを残して大きな芋に育てる方法が蔓返しです。
サツマイモを育てるにあたり、何回か蔓返しをするといい芋が育ちます。
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