第181話 45日目③美岬の畑

 ゴマフにエサやりをして、そのまま放し飼いでしばらく自由に遊ばせてから、俺と美岬は畑に向かった。当然ゴマフも海から上がってひょこひょことついてくる。


「ゴマはこのままついてこさせていいのか?」


「うん。今日は鍬や鎌を振るうような危険な作業はしないからいいかなって」


「そかそか」


 砂浜と美岬の畑の間には様々な海浜植物を繁茂はんもしている。

 俺たちが上陸した頃はまだ赤い花を咲かせていたバラ科のハマナスにはぼちぼち実が付き始め、紫色の小さい花を房状にたくさん咲かせるハマゴウはまだ花が咲いているものもあるが、花が終わったものは球形の実に変わりつつある。

 ハマダイコンやハマボウフウは完全に終わって枯れており、気の早い芽が地面から出始めている場所もある。美岬が持ち込んだアブラナの種はハマダイコンが自生している辺りに蒔いたとのことだから今出始めている芽はアブラナかもしれない。


 あえて畑ではなく耕していない地面に蒔いたアブラナとは逆に、ハマダイコンの新芽は美岬の畑にわざわざ移植した。大根は土が柔らかくて土中に石などの障害物が無くて水捌けがいいと大きく育つらしいから、畑に植えることで野生の物より立派な大根になると期待してのことだ。冬の収穫が楽しみだ。

 ハマエンドウやハマヒルガオは相変わらず元気に生育している。こいつらは年がら年中青々としているな。


 そんな自生している海浜植物に混ざって、美岬が持ち込んだアイスプラント──バラフも元気に育っている。元々がアフリカの海岸沿いの砂漠出身なだけあって砂浜でもしっかり根付き、枝葉も増えて株も大きくなった。収穫するのは側枝から出た若い葉だが、すでに時々俺たちの食卓にも並んでいる。


 そして到着する美岬の畑。美岬が毎日世話している甲斐あってどの作物も元気に繁っている。


「さて、俺はとりあえず雑草の草むしりからすればいいか?」


「そっすね。じゃあお願いしちゃってもいいっすか? あたしは……水やりから始めようかな。あと、あとでサツマイモの株分けも手伝ってほしいっす」


「おっけ。お任せられ」


「あ、そのセリフあたしのなのに~」


「はは。夫婦はだんだん似てくるんすよ」


 わざと口調も真似てみれば美岬がぷうっと膨れる。


「むぅ、その語尾まで寄せなくていいっす! あたしだって女の子らしい話し方に戻そうとしてるんす……じゃなくて、してるんだから」


 美岬が最近「……っす」という語尾を修正しようとしていることには気づいている。


「その頑張って話し方を修正しようとしてるのもいじらしくて可愛いけど、無理に変えなくてもいいんだぞ」


「別に無理に変えようとはしてない……よ。元の話し方に戻そうとしてるだけで。今となってはこの話し方が癖になっちゃってる……ですけど」


「んー……みさちが変えたいなら止める気はないけどな。俺にとってはどんな話し方だとしてもうちの嫁が最高に可愛いのは変わらないし」


「……もう、またそういうことを言う。ガクちゃんはあたしのことを肯定しすぎっす! 正直に答えて欲しいっすけど、ガクちゃんは今の現状で満足している嫁と、より愛されるいい奥さんになろうと努力する嫁のどっちがいいんすか?」


「…………その質問はズルくない? そりゃ努力する嫁の方がいいに決まってるけど」


「あたし、旦那さまからずっと愛される可愛い自慢の嫁になれるように、話し方も含めて可愛い女になりたいと思って努力してるん……だよ?」


 そう言いながら俺の胸に両手を当てて下から俺の顔を見上げる美岬。その上目遣いは反則すぎる。俺は両手を上げて降参する。


「分かった。その表情も仕草も話し方も新鮮ですっごく可愛い。みさちが俺のためにより可愛くなろうとしてくれている努力も正直嬉しい。でも、一日中その健気で可愛い姿を見せられ続けるのはちょっとしんどい」


「しんどい? 重いってこと?」


 美岬の瞳が不安げに揺れる。そんな彼女のあごに指を添え、おでこに軽く口付ける。


「重い? 冗談。嫁が可愛いすぎてやるべき仕事に集中できなくて困るってこと。今もそうだけど、このまま仕事なんか放り出して寝床に連れこんで可愛がりたくなる」


 美岬の目を真っ直ぐに見つめながら甘くささやけば、一瞬で顔が真っ赤に茹で上がって目を潤ませる。


「あぅ……そんな甘々な感じにされちゃうとあたしも困るっすよぅ」


「そう? みさちの可愛い姿をここのところずっと見せられてる俺のしんどさが分かるかな? なんなら今日一日ずっとこんな感じの甘々モードでいてもいいけど」


「はわわっ! 分かった! 分かったっす! それは確かにあたしもしんどいんで、ガクちゃんの言いたいことは分かったっす。オンとオフをちゃんと切り替えなきゃいけないっすね」


「残念。みさちに一日中ずっと愛を囁き続けて甘やかしまくったらどうなるかちょっと関心はあったんだけど」


「ひえぇっ! そ、そんなんバカになるに決まってるじゃないっすか。……そ、それじゃあ、作業中とかあまりイチャイチャしたらダメな時は今みたいな話し方でいるっすからね? ガクちゃんもその甘やかしモードの色気とイケボは一先ひとまずしまっておいて欲しいっす」


 本当に一日中甘やかしモードでいてくれと言われたらどうしようかと内心思っていたが、美岬が退いてくれて助かった。表情と話し方を普通に戻す。


「おけおけ。俺としても作業中は今みたいな話し方の方がやりやすいからその方が助かる。みさちが可愛いモードになったら甘えたい時だということならそれはそれで分かりやすくていいな」


「……甘やかして欲しい時はとことん甘えるっすからね?」


「おう。その時は徹底的に甘やかしてやるさ」



 それから俺は畑の畝間うねまを順々に回りながら雑草抜きをしていく。毎日美岬が世話してくれているから雑草はほとんど生えていない。

 どの作物も大きくなっているが、インゲン豆が一番早いようで、すでに黄色い花を咲かせ、小さいさやが付き始めているものもある。サヤインゲンとして食べるならあと少し、しっかり成熟させたインゲン豆として収穫するならあと半月ぐらいらしい。


 小豆アズキ緑豆リョクトウも成長が早く、まだ花は咲いていないが花芽が育ち始めているからおそらくインゲン豆の次ぐらいに収穫できるだろう。ただ小豆と緑豆は近縁種なだけあって株の状態はそっくりで正直俺には見分けがつかない。

 他の豆類はまだもうしばらくってところかな? 


 ちなみに島に自生している豆だと、ハマエンドウは短いサイクルで落実しては芽を出して育ち、また落実して……を繰り返しているので常にどこかで実がなっている。

 藤豆は莢がだいぶ大きくなってきているが、あれは莢の割に実が小さいから完全に成熟するまで待った方がいいな。

 葛はちょうど今が花の季節で花が終われば豆になり、その豆が枝豆によく似た味で旨いから楽しみにしているが、花もまた漢方薬の『葛花かっか』になるから美岬がせっせと集めて乾かしてストックしている。


 豆以外の作物は胡麻ごま、トマト、唐辛子、ハマダイコン、サツマイモ、あと米。


 米はエチケット袋に小分けして育苗した後、洞窟の奥の方で見つけた比較的状態のいいかめ6個に泥と水を張って植え付け、バケツ栽培のような状態で畑の外縁部に並べて育てている。

 この甕、たぶん考古学とか民俗学的にはかなりのお宝なんだろうなーとか思いつつも今の俺たちにしてみればただの便利な古い土器でしかないのでありがたく使わせてもらっている。


 胡麻、トマト、唐辛子、ハマダイコンも順調に育っているがまだ花芽もついていないので収穫がいつになるかはまだ分からない。


 雑草抜きをしながら畑の中をほぼ一周して、最後に畑の半分以上のスペースを確保してあるサツマイモのところまで来た。ただ、サツマイモはこれからまだ株分けして増やす予定なので、サツマイモのために確保してあるスペースのおよそ半分ぐらいしかサツマイモの葉は繁っていない。


 美岬は……と見回せば、ゴマフにじゃれつかれながら、真鍮のバケツに汲んできた水を俺が雑草抜きを終わらせた畑の畝にせっせと撒いている。あの感じだと水撒きを終えるまでもうしばらくかかりそうだな。

 それだけ確認してから、俺はまだ何も植わっていないサツマイモ用の畝の雑草抜きに取り掛かるのだった。

 









【作者コメント】

 現在の美岬の畑は8日目⑧の計画に基づいて管理されています。稲のバケツ栽培用の桶は自作するつもりでしたが、それより先に洞窟で手頃な甕を拾ったのでこれ幸いと使ってる感じですね。


 今回はあっさり書けそうな内容なのに案外難産でした。たぶん月末でめちゃくちゃ忙しくて書くのに集中できなかったからというのもあるでしょう。インボイスがどうとか……ブツクサ

 あと、ちょうどリアルと作中の季節が重なってるから取材と称して海にぶらっと海浜植物を見に行ったりしてたのも遅れた原因でしょうなぁ。

 ああ、切実に書く時間が欲しい。

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