第149話 14日目⑫おっさんは海竜を解体する ※微グロ注意


 母竜の身体をひっくり返して腹を上にして、だいぶ手元が暗くなってきたので松明を灯し、美岬にLEDライトを持ってもらう。

 過去にカメは何度か解体したことはあるが、あれ、かなりグロテスクなんだよな。


「……正直、今まで見てきた魚の解体に比べると桁違いにグロいから無理だったら言ってくれよ」


「……あい。気合い入れていくっす」


 脇腹が食い破られてあばら骨が露出し、腸の一部が引きずり出されているが、そっちはとりあえず後回しで、さっき子竜が胎内に残されていないか調べるために総排泄口から腹部にかけて切り割いた切り口を利用する形で、内臓を傷つけないように注意しながら、腹部から首の付け根までの皮を正中線で切り開いていく。


 腹側に甲羅やあばら骨は無く、ヒレを動かすための非常に発達した筋肉と骨が前肢の付け根から胸にかけて、後肢の付け根から下腹部にかけてあった。

 ヒレそのものには筋肉はほとんど無くて骨と皮ばかりみたいなのでヒレの根元のこの筋肉で自由自在に動かすのだろう。ウミガメの胸筋も発達しているがプレシオサウルスのそれはその上をいく。これは水中では相当速く泳げそうだな。

 腹部の中央付近にはほとんど筋肉はついておらず、皮と皮下脂肪の下にすぐ腸などの内臓がある。あばら骨は脇腹の途中までしかないから、骨も筋肉もないこの部分が特に弱いってことだな。


「思ってたほどは血まみれじゃないっすね」


「もうかなり流れ出たんだろうな。それでも内臓や肉にはまだ血は残ってるからそれは抜かなきゃいけないけどな」


「血があまり出てないとそこまでグロテスクじゃないんでまだ見てられるっす」


「確かにな。ついでにカメに比べると内臓そのものがなんというか割とスッキリと収まってる感じはするな。カメの内臓は……なんというかごちゃごちゃしててグロいからな」


「そうなんすか?」


「実際に見てみたら納得すると思う。さて、じゃあここで一旦スケッチするぞ」


 腹部の皮をめくった状態で一度手を止めて胸部や下腹部の筋肉の付き方をスケッチしてから解体を続ける。

 胸部と下腹部の筋肉を正中線に沿って切り開き、腹腔内の内臓を露出させる。


 握りこぶしサイズの心臓が首と胴体の境目あたりにあり、内臓では肺が一番大きく、次いで肝臓、そして胃袋と続く。肺は細長い2本が平行に並び、湾曲した背骨の内側に収まっている。おそらく浮き袋も兼ねていると思われる。

 胃袋の出口付近が大きく肥大していて、触ってみるとグリグリとした硬い肉の塊だった。最初は腫瘍かと思ったが、筋肉の塊のようなその触感で正体に気づく。


「あ、なるほど。これは砂肝だな」


「ああ、鶏のコリコリした部位っすね」


「胃で消化しきれなかった殻や骨をここで擦り潰して腸に送るんだな」


 砂肝から続く小腸の太さはおおよそ親指ぐらいで長さはそんなに長くなくせいぜい3㍍程度、草食動物に比べて肉食動物の腸はそんなに長くないからこんなものだろう。続く大腸は太さは直径2㌢ぐらいで長さは約1㍍。


 サメに引きずり出されて食いちぎられていたのはどうやら大腸だったようで、体外に引き出された部分は完全に壊死して海水に洗われて白くふやけ、傷口から体内にも海水が入っていて海水に浸かった一部の組織も壊死していた。


 直腸と総排泄口の間に膀胱ぼうこうへの分岐と生殖器への分岐があり、膀胱の先にあるのがおそらく腎臓で、生殖器の先にある肥大した袋状の内臓が子宮……いや、この場合は受精した卵巣がそのまま肥大しているみたいだから子宮ではないのか。ゴマフが入っていた卵巣の周りには葡萄の房のような未成熟の卵巣が鈴なりになっている。鶏でいうところのキンカンだな。


 とりあえず大雑把ではあるが内臓の配置と形と色をスケッチした。こうしてみると、プレシオサウルスは進化途上の中途半端な生き物ではなく、このデザインとしてすでに完成した生き物であることが分かる。少なくともどの内臓がどんな役割の臓器であるかが見て分かる程度には現生生物との相違は少ない。まあそうでなきゃ白亜期から形を変えずに生き残ってくることなんてできないよな。

 独特な肺の位置や砂肝や胎生のための生殖器の構造など、他の爬虫類にはあまり見られない特徴もあり、これは恐竜全般に言えることだが、そもそも爬虫類と分類してしまっていいものか悩む。


 ま、そのへんは後代の学者におまかせするとしよう。プレシオサウルスの現生種がいるとなればいずれは詳しい調査がなされるだろうから、俺たちにできることは将来の調査に役立つようにこの記録をきちんと保管しておくことぐらいだな。

 いずれこの島から脱出できるなら一緒に持っていけばいいし、それが叶わないなら土器にでも封じて洞窟にでも入れておけば、俺たちがこの島で生きた証にもなるだろう。死海文書の例からもちゃんと土器を封印しておけば朽ちやすい紙でも1000年ぐらい保つことは証明されているわけだし。


「…………」


 そんなことを考えたところでふと頭の中で点と点が繋がる。


 もし、過去にこの場所まで漂流者が辿り着いていたとしたら? この場所から出ることが叶わず、ここで生涯を終えた過去の漂流者はなんらかの方法で自分が生きた証を遺していないだろうか?

 もしそんな記録を遺しておくとしたらどこだろうか?


「どしたんすか? なんか長考モードに入ってるっすよ?」


「……ああ。この記録が無駄にならないように保管する方法を考えててな。死海文書みたいに土器の中に入れて蓋を粘土で封印した状態で洞窟に仕舞っておけばいいかな、などと考えたんだが……」


「……なるほど。いい方法だと思うっすよ」


「そこで思い至ったんだが、過去に俺たちみたいな漂流者がこの箱庭に辿り着いていたとしたら、自分が生きた証を遺しているんじゃないかと思ってな。そしてそれを遺すとしたら……」


「……っ! 洞窟ってことっすか」


「そういうことだ。今までは拠点にするつもりがなかったからあえて洞窟の調査は後回しにしていたが、一度洞窟も調べておいた方がいいかもしれんな」


「そうっすね。なにか重要な情報が遺されてるかもしれないっすもんね。……あ!」


「む! 雨が当たってきたな。急いで処理だけ終わらせよう」


 ポツン、ポツンと雨粒が落ち始めている。本降りになる前になんとか作業に目処をつけたいところだ。


 開いた腹腔から内臓を両手で掴んで取り出してはすぐ横の小川の水に落としていく。この辺りはほとんど流れはなく、小川の水が砂に吸収されて伏流水になる直前の場所だから流される心配はない。


 まずは尿の入った膀胱を破らないように気をつけながら外し、次いで食道から胃腸の消化器系を全部繋がったままで腹腔の外に出す。腸の内容物をぶちまけてしまうと肉が臭くなってしまうから、特に食いちぎられている辺りは注意しながら、消化器系を全部一旦外に出してから、上の食道と下の直腸を胴体から切り離す。


 だいぶスッキリした腹腔の中心にある肝臓を周囲の癒着物を切り離して取り出し、肝臓に付着している胆嚢たんのう──これは魚で言うところの苦玉ニガダマで使いようがないので切り離して捨てる。


 心臓から延びる太い血管を切ればさすがに大量の血が出て腹腔内が真っ赤に染まる。軽く水で流してから、心臓を取り出し、背骨のすぐ内側に張り付いている肺を剥ぎ取る。これで腹腔内は空っぽになった。ちなみに腎臓は膀胱と一緒に、卵巣と脾臓ひぞうは消化器系と一緒にすでに取ってある。


「ううぅ……暗くて良かったっす。さすがにこれは明るいところでは直視できなかったと思うっす」


「だろうな。よく頑張ってると思うぞ。まあこの処理さえ終わってしまえば後はそこまでビジュアル的にキツくはないと思うけどな」


「血塗れになってこの作業ができるガクちゃんのこと、本当に尊敬するっす」


「はは。ありがとよ。ぶっちゃけニカラグアで捌いたウミガメの方が俺的にはキツかったな」


「マジすかぁ……それで、これで一応終わりっすか?」


「そうだな。中をざっと洗って首を切り落として吊るせば夜のうちに重さで自然に血抜きができるはずだ。出した内臓のうち、使える物は今夜中に処理しなきゃいけないがそれはみさちは付き合わなくていいよ。吊るすところまで手伝ってくれ」


「了解っす」


 首を胴体との境目あたりから切り落とし、まずは首の方を頭を上にしてパラコードで小川の上に延びている枝に吊るす。切り口が下にあるのですぐにポタポタと内部に残っていた血が水に落ち始める。


 次に首なしの胴体だが、逆さに吊った時にヒレがだらーんと広がった状態というのは良くないので、先にヒレを胴体に密着させた状態で縛り、それから後肢の付け根にパラコードを括り、太めの枝に二人がかりで逆さ吊りにする。こちらも首の切り口から重力に従って内部に残っていた血がボトボトと落ち始める。


「よし。こんなところだな。じゃあ、俺はこのまま内臓の処理を続けるけど、みさちは胃袋だけ持ってゴマフのところに戻るか?」


「うーん、胃袋ごと持っていった方がいいっすか?」


「胃の内容物が見たいのか? 臭いもけっこうキツいと思うが。これごと持って行って、ゴマフに胃袋に顔を突っ込ませて直接食わせれば中身は見ないで済むと思うんだけどな」


「おふ……胃袋ごと持っていくっす」


 胃袋に砂肝を付けた状態で十二指腸から切り離す。砂肝は生きている間は蠕動ぜんどうによって中の物を移動させるが、死んだ状態ではぴったりと塞がった肉の塊になるので胃袋の内容物が流れ出すのを塞き止めてくれる。

 胃袋は要するに上と下に穴のある袋なわけだから、せめて下を塞いでおけば多少は持ち運びしやすいと思う。


 量は多くないとはいえ、それでも多少はタプタプしている胃袋を微妙に嫌そうな顔で持った美岬がゴマフの待つ浜辺に向かうのを見送り、俺は残りの内臓の処理を続けるべく、小川の中に足を踏み入れた。





【作者コメント】

 砂肝は鳥類には基本的に備わっている器官ですが、爬虫類だとワニの一部にある程度備わっている程度ですね。ちなみに恐竜にはだいたい備わっていたようです。恐竜ってホントに爬虫類? 翼竜とか魚竜ってホントに爬虫類でいいの? 爬虫類でも鳥類でもない別の分類にした方がいいのでは、と思う今日この頃です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る