第148話 14日目⑩おっさんのヨメはママになる

 干潟の波打ち際で子竜と戯れる美岬は夢中で俺が近づいても気づかない。


「あはは。くすぐったいっすよ~。あたしの指を舐めるのやめて~」


「キュイッ! キュイキュイ!」


「ちょっとぉ、お前は甘えんぼっすね~。もう、可愛いなぁ!」


「キュイッキュイッ!」


 子竜は全長1㍍ぐらいで全体的に灰色がかっていて、黒い斑点が散っている。これはパッと見だとゴマフアザラシに見えるな。

 姿形も成竜とはだいぶ違う。首はまだそんなに長くないし、胴体も太短く、目もつぶらで大きいので、シルエットは首長竜よりもウミガメに近い。水中を泳いでいる姿を遠くから見たらまず間違いなくカメだと思うはずだ。

 なるほど。今まで発見されなかったのはアザラシやウミガメに誤認されていたという可能性もあるな。


 子竜は生まれたばかりなのにもう自分のヒレで這いまわりながら美岬にまとわり付き、まだ歯の無い口で美岬の指を甘噛みしたり顔を見上げてキュイキュイと鳴いている。

 ……これってあれだよな。


「おい、美岬」


「ふにゃっ!? び、びっくりした! いつの間にそばに……ってみぎゃあ!? なんで上半身裸なんすか!?」


 振り向いた美岬が驚いて両手で顔を覆うが、指の隙間はばっちり開いている。このへんはホントにブレないな。ムッツリめ。


「母竜を背負って運ぶのに服を着たままだと血まみれになるから脱いだんだ。で、この後、解体する時にも汚れるだろうから脱いだままなだけだ。それよりそいつ……」


「えへへ~。めっちゃ可愛くないっすか? すっごく人懐っこいっすよ」


「キュイ!」


 美岬が前肢の脇に手を入れて持ち上げると、子竜が首を伸ばして美岬の顔にスリスリと頬擦りする。


「もぅ~、これがたまらないんすけど~」


「ああ。たしかに可愛いな。それよりちょっと気になることがあるからちょっとそいつをこっちに貸してくれるか?」


「ほ? はいっす」


 美岬から手渡された子竜を同じように抱っこするが、子竜は嫌がって俺の手から抜け出そうとじたばたと暴れ、美岬の方に必死に首を伸ばして助けを求める。


「キュウゥ! キュウゥ!」


「え? なんで?」


「やっぱりそうか。こいつは人懐っこいんじゃなくて美岬を親だと思い込んでるんだ」


「は? あたしを?」


 ヒクッと引きつった顔で自分を指差す美岬。


「鳥なんかによく見られる習性だが、生まれて最初に見た動く物を親だと思い込むんだ。インプリンティング。日本語では“み”というやつだな」


「ええっ!? マジっすか?」


 俺が暴れる子竜を下に降ろせば、よちよちと美岬のそばまで這っていって美岬の足にまとわり付き、顔を見上げてキュイキュイと鳴き始める。


「……おうふ。マジすかぁ~」


 しかし刷り込みの習性があるってことは、今までは仮説でしかなかったプレシオサウルスが子育てをするという学説が証明されたわけだな。ウミガメのように生まれたその日から1匹で生きていくのなら親という存在を認識して頼ろうとする刷り込みなんて必要ないものだし。


 だが、手懐ける手間は省けたとはいえ、最初のうちは食事などに親の世話が必要な生き物であるということもまた証明されてしまったわけだから、放し飼いでいいウミガメよりも飼育難易度が高いことは明らかだ。


「これは、最初のうちは結構世話が大変かもしれんな。当然俺もサポートするけど、こいつが美岬を母親として認識している以上、美岬に中心になってやってもらわなきゃいけないだろうな」


「うぅ~、乗り掛かった船っす。なんとか頑張って母親代わりをやってみるっす」


「頑張れよ、ママ」


 そう言った瞬間、美岬が未だかつて見たことがないような名状しがたき表情を浮かべて俺を見る。


「…………」


「……その表情はどう解釈したらいいんだ?」


「……ガクちゃんからそう呼ばれるのは、いつか二人の子供があたしのお腹に宿った時だと思ってたのに、まだ結ばれてもいないのにママと呼ばれてしまったことに言い様のないショックを受けてしまった新妻の美岬とはあたしのことっす」


「あー……それは、なんかゴメン」


「んー、あたしのことをママ呼びするのは本当にあたしたちの子供ができてからにして欲しいかなって」


「ん、おけ。みさちをいつかママと呼べる日がくるのが楽しみだな」


「もぅ~、またそういうこと言う。……危険日に避妊しなかったらたぶんすぐにそうなるっすよ? やっちゃいます? ガクちゃんが望むならあたしは頑張って産むっすけど?」


「すまん。今のは俺が悪かった。将来はともかく、今はまだ当分はそのつもりはないから」


「……はぁい。とりあえず、この子で将来の子育ての予行演習をするってことっすね」


「そうだな。この子が自分で生きていけるぐらいまでは面倒見て、もし可能ならコミュニティに戻してやりたいけどな。たぶんこの島の近海に棲息しているだろうし」


「……もし群れがあったとして、あたしら近づいて襲われないっすかね?」


「プレシオサウルスの主食は小魚やイカだからな。口も歯も小さいからわざわざ人間を襲うことはないと思うぞ。まあ、そのへんの生態はこの子を育てていく中で見えてくるかもしれないけどな」


「なるほど。元気に育つといいっすね」


「だな。さて、となるとまずは名前を考えないとな。いつまでもこいつとかこの子と呼ぶわけにもいかないし。なにかいい名前はあるか?」


「んー、それっすけど、さっきからいくつか名前の候補は考えてるんすけど」


「ほう。話が早いな。どんな名前だ?」


「真っ先に候補に上がるのはやっぱりジェローム・ブリリアント13世っすね」


「は? なんて? じぇろ?」


「ジェローム・ブリリアント13世っす」


 なんかいきなりスゴいの来たな。


「…………うん。由来は? あとなんで13世?」


「やっぱ竜ってことで、ジェローム・ブリリアントは実家にあったラノベに出てきた偉大なブラックドラゴンの名前にして我が家の歴代ヤモリの名前っす。実家のヤモリのナンバリングが12世まできてるので、次は13世かな、と」


「なるほど。悪くないとは思うがその名前は実家の次のヤモリに残しておいてやろうか。他の候補は?」

 

「あはは。速やかに却下されたー。じゃあ鳴き声由来でキューちゃんとか、灰色なのでアッシュちゃんとかどうすか?」


「ああ。それなら分かりやすくていいんじゃないか」


「てか、ガクちゃんにはなにか名前の候補ないんすか?」


 そう言われて咄嗟に捻りだした名前をあげてみる。


「えーと、見た目がゴマフアザラシに似てるからゴマフとか?」


「ゴマフアザラシ! ……ほほう。その視点は無かったっす。なるほどゴマフちゃん。可愛いじゃないっすか。じゃあそれでいきましょー」


「え、それでいいのか?」


 あっさり採用して美岬が自分の足元にじゃれつく子竜を抱き上げる。


「お前はこれからゴマフちゃんっすよー」


「キュウゥ!」







【作者コメント】

 ジェローム・ブリリアントのネタが検索せずとも通じる人は同世代のヲタクだろうなー。ちなみに美岬の母親の蔵書という設定です。わかった人はこっそりリプしてください。


 ちなみに我が家ではヤモリにジェローム・ブリリアントの名をマジで踏襲させています。通称じぇろたん。

 あと何故か実家ではアシダカグモを親父がジョージとかメアリーと呼んでますねぇ。特に大型の個体には冠詞としてグレートまでつけてますねぇ。


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