第1話 彼女はヒステリック。

 小さい頃の自分はどんなことにでも興味があって、どんなことにでも自信があった。それが当たり前のことだと思っていたし、誰にでもできて特別なことなんかじゃないと思い込んでいた。

  

 けれど――――――――――

  

 とある帰り道。

「今日の授業も長かったなぁ。特に数学が。いつまで経ってもできる気がしない」    

 

 「…………」

 

 「そろそろテスト勉強もしないといけないとだし、まあ理津は―――大丈夫か。いつも成績優秀だもんな」

 

 「…………ん」

 

 「あー…………えと」

 

 (…………会話が続かない!)

 そう心の中で嘆いた僕はわざとらしく咳をして、彼女に振り返る。

 

 「ええっと、新学期はどうだ?友達はできたか?」


 何パニクってんだこれじゃあ父親じゃないか!それに同じクラスだし!


 「…………ん」

 

 僕の下手なキャッチボールにも彼女は頷いてくれる。


 「まあ、楽しいならいい…………」


 少しだけ肩を落として、彼女との帰り道をとぼとぼと歩き出す。


 単刀直入に言うと、僕の彼女はちょっと変だ。

 荒木理津(あらきりつ)。黒髪ショートで丸っこい。

 無口で無表情で何考えているかわからないし、自分の意見も自身の口からはめったに言わない。

 そんな少しヒステリックさを持つ、彼女と俺が出会ったのは随分と昔のことだ。

 

 僕(藤巻望)と彼女は俗に言う幼馴染というやつで、家が隣でよく一緒になって遊んでいた。小学校に上がる頃にはそんな仲だったと思う。


 色々と紆余曲折あって今の関係性になったのだが、どうにも僕は昔の感覚を取り戻せていないようで、彼女の真意がはかりにくくなってしまっているような気がするのだ。

 

 「今日の体育の授業もやけに走らされてさ。そのせいで――――」


 と、そこまで喋ったところで。

 

 「あ、待って。今のなし!…………ごめん、失言した」


 自分がやらかしたことに気づいた。


 理津は運動ができない。

 スポーツが下手とか、球技が苦手とかそういうわけではなく体の問題でできないのだ。よって、当然のように体育の授業は見学だし、体育祭のような行事に参加できることもない。

 

 「本当にごめん。その、怒った?」

 

 「…………ううん」

 

 「そっか。良かった…………………はあ」


 こういう時、ほんと自己嫌悪になる。彼女は何とも言わないが、逆に感情が表にでないことを良いことに自分のデリカシーの無さを改善していないような気がしてしまう。

 

 「…………のぞみ」

 

 「ん?なに―――いい!?」

 

 名前を呼ばれ、彼女の方を振り向くと大きな声で驚く。

 彼女の顔がすぐ目の前にまで近づいていたのだ。

 

 「え?な、なに。やっぱり怒ってた!?」

 

 感情が追いつかず、語彙が消失する。

 まじで近い!なんか滅茶苦茶柔らかいし、良い匂いがする!

 

 「すう…………はあ」

 

 抱きつくような形で彼女が胸の中に飛び込んでくる。

 

 「ちょっ、近いって!それに汗臭いよ」

 

 「…………そんなこと、ない。良い匂い」

 

 鼻を望の首筋に押し付けて、すんすんと匂いを嗅ぐ。

 羞恥と這い上がってくる背徳感に望の体は硬直する。

 

 「いや、でも………ひゃっ」

 

 「すん、すん…………ぺろ」

 

 「ちょっと、舐めないで…………!」


 首筋を舌で線を伝るように舐める理津。


 「り、りつ!?他の人の目もあるからさ、さすがに離れてくれない?」


 こういう時の僕は当てにならない。後ろめたさもあるし、あまり彼女に強く言えない。

 

  気づけばかなり周りの人の目線を集めていた。

 今二人がいる場所は一般的な歩道だ。通学路として使っているのだから当たり前のことのように他の生徒も当然いる。


 「じゃあ、どこでなら良いの…………?」

  

 首の角度だけ変えて僕の方を向くと、当然胸の中にいる理津との距離がすぐそこまで来るわけで…………。


 くそ、可愛い。目線の角度が違うだけでなんでこう魅力的に映るのだろうか。

 

 「いや、どこでならいいってことでもないんだけど…………その、人目のないところなら良いんじゃ、ないでしょうか」


 こういうのを犬系彼女とか言うのだろうか?いや多分違うな、はどちらかというと猫っぽい気がする。

 

 「…………うん。わかった。じゃあ、あとで」

 

 「あ、うん」

 

 ダメだ。彼女を直視すると頭の中が痺れて回転しなくなる。

 ほどなくして、二人は再び帰路に着く。

 

 やっぱり、僕の彼女はちょっと変だ。

 無口で無表情で、ヒステリック。そして少しえっちな彼女。

 だけどそんな彼女のことが俺はたまらなく好きなのだ。

  

 

 

 

 

 

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