6話 マムシの娘に転生しまして1
広大な農地を見渡せる、高い山を切り開いて作られた
みんなに蝶よ花よとかわいがられるように、小蝶姫。すくすく育って現在9歳。満10歳。数えで11歳。
父のあだ名を聞いてみたところ、狡猾で残忍な戦略の立て方から、「
そのあだ名は、前世の漫画やドラマでよく見聞きしたものだった。
美濃のマムシ、斎藤
そして先日会った婚約者はのちの織田信長。吉法師くん、現在10歳。
私、織田信長の正室、
「戦国時代の日本だったんかい!」
思わず姫君にあるまじき叫びをあげてしまったが、最近は私の奇行にそう驚く人もいなくなったので、かまわないだろう。
まさか歴史上の人物に……過去に転生していたとは。
いや、でも、前世で読んでいた漫画に「やり直しもの」、いわゆる自分の過去に転生して人生をやり直すジャンルがあった。あれに近いといえば近いかもしれない。
過去の日本に転生も、私が知らないだけであり得ることなのだろう。
漫画アプリは3つダウンロードして読んでたけど、どうせならもっと読んで予習しておくべきだった。
やはり長い夢の可能性は、戦国時代だと気づいてすぐになくなった。
なぜなら前世の私、歴史ものの知識が
学生時代も日本史は苦手で、卒業してからまったく触れてないから、何年に何があったかなんて覚えていない。てか、歴女でもないのに、覚えてるひととか、いる?
こっちで記憶を思い出した時に「天文十三年」と言われたし、住んでるところが「
戦国武将は……ゲームやアニメに出てくるような有名な人の名前くらいしか知らない。
織田三郎信長って言われて自分が帰蝶だって気付いたのは、察しがいいぞとほめてもらいたいくらいだ。
こんな戦国知識の乏しい私の夢が、これほどリアルであるわけがないのだ。屋敷の作りとか城の中とか。
とにかくこれは妄想や夢なんかじゃない。間違いなく現実。
ついでに、知識がなさすぎて斎藤小蝶という自分のフルネームは知っていたのに、信長の名前を聞くまで
なんでゲームとかに出て来る名前と違うのよ。
帰蝶にしといてよ。
「普通のOLが、織田信長の妻なんて有名人に転生すると思わないじゃん……」
自分の体をくるりと回して見てから、いつも髪を結ってもらう際に使う鏡台に顔を向ける。
なんとなく自覚はしてたけど、あらためて覗いた鏡の中には、9歳ながらため息をつきたくなるほどの美少女がいた。
お姫様らしく伸ばした艶やかな長い黒髪に、白く滑らかな肌。卵型の整った輪郭の中に、バランス良く目鼻が収められている。父似の切れ長の目は、しかしぱっちりとしていて睫毛も長い。
あと10年、いや5、6年で国ひとつ傾けるような美女になる気がする。
帰蝶は、創作の中では美女として描かれることが多い。
でも……
「どちらかと言うと“悪役令嬢”ってかんじ」
そう、美人ではあるがどう見ても正統派ヒロイン顔じゃないのだ。
切れ長なうえに吊り気味の目は、鏡を下にして見下ろしたりすると、威圧感がすごい。
そのまま口角をあげて笑おうものなら、身分の高さも相まって平民のみなさんはさぞ恐怖することだろう。
完全に悪役だ。
悪逆非道の第六天魔王織田信長の横にいる、セクシー担当女ボス。
身分の高い婚約者。悪役顔。
これじゃ悪役令嬢転生じゃん。
それはまずい。このまま育つのは………いけない!
信長が本能寺の変で死ぬのは知っているけど、帰蝶はどうだっただろうか。
信長と一緒に殺される?後を追って自害?よくある国外追放?島流し?
わからん!
有名な織田信長ならまだしも、奥さんの方なんてキャラクターの行く末まで、わかるわけがない。
偉人がイケメン化して出てくる乙女ゲームとか、やっとけばよかった!
「でも、早死には嫌だな」
何歳で死ぬのかわからないけど、戦国時代だしあまり長生きできない気がする。
それでも本能寺で焼死とか、苦しいのは絶対やだ。
顔の造形は変えられないから、せめて悪事はせずに品行方正に生きよう。
前世で読んだ悪役令嬢ものの漫画だって、転生したら改心してハッピーエンドをもぎ取ってたんだから、それに習うしかない。
あの元気いっぱいの少年が悪逆非道の魔王になるとはあまり思えないけれど、とりあえず人の恨みを買う行為をしていたら、次に会った時にやめていただく方向でお願いしよう。
そして、
本能寺の変の首謀者は明智光秀。このくらいは前世では小学生でも知ってる歴史。さすがに私でも覚えてた。
私と信長の婚約は、どうやら先日の会談で本決まりになってしまったようなので、もう婚約破棄は諦めるとして。せめて本能寺の変を起こさせないようにすることが、今の私の長生きの秘訣と考える。
明智光秀を早めに見つけ出して信長と会わないようにするとか、信長の家臣になるのを止めるとか、最悪、本能寺に火をつける前に火種になりそうなものを奪うとか。できることはたくさんある。
そのためにまずは、
「体力づくりね!」
そう、体力は基本だ。筋肉は裏切らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます