今日の晩御飯

らぶらら

今日の晩御飯

 学校の帰り道。

 少年は今日のおかずを何にしようか考えていた。

 

 少年は一人暮らしだ。両親共、海外へ出張しており、高校生になると同時に、毎日献立を考えながら帰るのが日課となった。 

 

 学校から家への道のりを少し外れ、商店街へ続く道に入っていく。いつも、学校終わりに寄っては、必要な物を買って帰る。並ぶ店々を見渡しながら、その店の名前を頭で反復させ、思い浮かべる。

 

 肉。魚。どっちにしよう。値段を見て決めようか、昨日食べたのが魚だから、今日は肉にするべきか。だが、肉といっても種類がある。鳥に、牛に、豚。どれにもそれぞれの良さがあり、料理のレパートリーにも恵まれている。そう思案を巡らせていると―――――――

 

 ふと、目の前が明るくなるのを感じた。

 思わず手で目を塞ぎたくなるような、眩しさ。

 小さい頃、太陽の直視が危険と聞いて、それでも、何故か気になって見上げたときのそれとよく似ていた。遠いようで、こちらまで温かさが届いているような、そんな感覚に見舞われる。

 

 明かりが急に無くなると思うと、知らない所にいた。

 

 最初に聞こえてきたのは、鳥の鳴き声だった。辺り一面の草原、草木が生い茂り、近くからは水のせせらぎが耳に囁いてきた。

  

 天井を見上げると、すこし、青白い空と真っ赤に照りつける太陽が見えた。

 周りの草木に乗る水滴が、周りの光を乱反射して、輝いている。雨上がりなのだろうか。所々に水溜まりができている。

 さっきまでいた商店街の風景とは違う事に驚きながらも辺りを見渡し、ふと、川の方へと向かう。流れる水が透明で、日本の街ではあまり見られない綺麗さに感激したが、その感動を吹き飛ばすものと目が合った。

 

 全身桃色の体毛に、円な瞳。ずんぐりむっくりといったような体型に、人間に比べるとかなり大きいその両耳は先程からピクピクと動かせていた。

 それはまがれもない、豚の姿だった。


 「ぶひ!?ぶひぶひ、ぶひぃいい!!!(なんじゃこりゃぁああああ!!)」

 

 「ぶひ?ぶひっ、ぶひぃぃぃぃ(なに?ナニ、何なのこれぇぇええええ!!!)」

 

 自分の姿が、日本でも一般的な家畜の姿になっていたとあっては、戸惑わない人のほうが珍しいだろう。

 

 いくら助けを呼んでも、長い鼻の下から、ブヒブヒと、まるで覇気のない音が聞こえてくるだけ。

 

 段々と冷静になると、(さっきまで暴れ回っていたが) ふと、下流の方の草むらから音がした。


 「おやおや、こんなとこに豚っころじゃねぇか」

 

 「ぶひっ?(何?)」

 

 草むらの中から出てきたのは三人組の男。

 頭にターバンのようなものを巻き、薄汚れた服装にくたびれた靴、ガラの悪そうね顔付きは、いかにもな山賊だった。

 そんな山賊様がなんの用だよこちとらただの豚だぞ? ん?豚?


 『豚(ぶた)』

 哺乳網鯨偶蹄目イノシシ科の動物。イノシシを家畜化・食用化したもの。

 強靭な鼻とオスにある牙で柵などを壊してしまう―――(Wikipediaから)

 わーお、美味しそうだなぁ。


 「こいつ、もしかして、白豚ってやつじゃねぇですかい?」

 三人組のうちの一人が言う。パッと見、ひょろそうな顔をしていて、縦長な顔で鼻高、頬には黒子がある。

 「白豚ぁ?どこに白があるんだぁ、ピンクじゃないか」


 もう一人が、文句を言う。先程のやつよりもガタイがよく、元の世界ではヤンキーが似合いそうな見た目をしている。


「よ、よく見ろ。目ん玉のところが真っ白じゃねえか。こいつはツイてるぜぇ。白豚っていや、銀金貨十枚はつく。それにうめえらしい」


 鼻高な男が、舌なめずりをしながら、実に楽しそうに言う。銀金貨というのがどれだけの価値をしているのか分からないが、男達の反応を伺う限り、高そうだ。


「豚、美味そう、でへへへ、」


 一際目立っていた男。フードを被り、いかにも不潔そうな雰囲気。いや現に十メートルは離れるこちらにも異臭が漂ってくる。


「おい、お前涎垂らすな、って臭!」


 「おいおい、自分の涎で気絶してんじゃねぇよ!」

 

 意外とこいつらバカなのか?囲まれる前に逃げてしまおう。


「お、おいっ!逃げるぞ、早く!」


 こちらが逃げることに、気づくと同時に捕まえようと、三人組が襲いかかる。(一人は気絶したが)


(ど、どう逃げる?上流に逃げるか?だが、男達が来た方向を考えると上に向かうと人里は果たしてあるのか?元の世界に帰る手がかりを見つけないことには……)


 そうこう悩んでたじろいでいると、かなりの所まで近づかれてしまった。

(や、やばい!!そうだ、こういう時は美少女が助けにくるっていうお決まりが!)


「ぶっブヒッーーー(だ、誰か助けてくれーーーー!!!)」

「やめたまえ、」

 

 来たーーーーー!!!!!

 ―――――――――――――――――え、


 男性。白髪がところどころ生えており、四十代は超えているだろう。年季の入った服装に使いこまれた大剣。何よりも子供が人目見たら泣き出しそうな強面だった。


 「ーーーーーーぶひっ(まじで?)」

 

 やだやだやだやだやだやだーーーー!!!!


 (何あれ、絶対持ち帰ったら美味しくいただく側の人じゃん!美少女は?ちょっぴりセクシーなお姉さんは?俺のウキウキライフはどこ?)


「ブヒイイイ!!!!(どこにいったのーーー!!!!!)」

 

 走馬灯を見た、強靭は胸筋と上腕二頭筋に圧迫されながら。

 ふと、目が覚める。気絶してしまったのだろうか。

 何者かに抱えられている。先程よりも随分と高い位置にある目線からは、鍛えぬかられた腕と、歩く度に抜けていく草木が見えた。

 どこに向かっているのだろう。

 って、さっきのおっさんじゃん!


「ブヒイイイ(離して!!)」


 身の危険を感じたので、精一杯の抵抗として、暴れてみる。


「暴れるな。別にとって食ったりはしない。娘への大事なプレゼントだ」

 

そこから、また、数分歩いた先に見えるは小さな小屋のようなもの。木造で作られた建物は、いかにも、中世期初頭に建てられる家畜小屋を少し小綺麗にしたものでそれはもう簡素なものだった。


「今帰った」


 白髪の男が、そう言うと特に広くもない部屋の奥から小さい女の子が出てきた。


 (なんだ、このガキはこんなもので俺が気を許すとでも―――)


「っ!わ〜い!!ぶたしゃんだぁ」


 碧色の瞳に、茶色の髪の毛。クシャッとした子供独特の穢れを知らないその笑顔は、いかにも純真無垢な感じで、十六才の高校生にはすでに失われたものだった。


(か、可愛い!!!な、なんだ、この可愛い生き物は、父性か!?まさか高校一年の俺がこの歳にして父性に目覚めようとしているのか!?)


『父性。』父の子供に対する愛情。または、それに似た思い。英語で書くと、HUSEI!(Wikipediaではない別の何かから)


 それからというもの俺は彼女と生活の大半過ごすようになった。

 

 この女の子はミリ。会話の内容からして、この二人は親子なのだろう。白髪のおっちゃんは、普段ミリからお父さんとしか言われないので名前までは分からない。


 朝起きると、ミリと一緒にご飯を食べ、昼食までの時間をミリと過ごし、昼食をミリと一緒に食べ、夕食までの時間をミリと一緒に過ごし、夕食をミリと食べ、そして、ミリと一緒に寝る。(決して、邪な思いは抱いていない。あえて言うなら父せ―――)


 その間、白髪のおっさんは何をしているかというと、


 「ミリ、少し出かける」



 「うん!おとうしゃん、行ってらっしゃい!」


 「ブヒッヒ(はい、可愛い)」

 

 狩りに行ったり、



 「ミリ。少し出かける」


 「うん!おとうしゃん、行ってらっしゃい!」


 「ブヒッヒ(マジ可愛い)」


 買い物に行ったりと、事情までは分からないが、一人で娘を育てるというのは、何時の時代も大変らしい。それにミリは、あまり体が強くないらしい。あまり外で遊ぶことも無く、家で過ごすことが大半だった。


 そのためか、貴重な白豚?(らしい)の俺を見つけて、プレゼントとして持って帰ってきたのは、少しでも、ミリの孤独感を紛らわせようとしての行動だったのだろう。


 そのおかげか、出会う前はどうだったか知らないが、俺といる時は、ミリは笑顔を絶やさなくなっていた。そんなミリの笑顔を俺も微笑ましく見守っていたし、ずっと見ていたいと感じていた。


 ある日―――――


 「ミリ、おしょとで遊ぶ!」

 

 白髪のおっさんが、いない時に外で遊ぶことにした。(もちろん、俺も一緒に)


 ここは、人里はからは少し離れているようで、夜には、獣の鳴き声が度々聞こえてくる危険なところだった。それはミリも理解しているのか、外で遊ぶと言っても、家が見える範囲での話だった。


 「はい。これ、ブタひゃんの!」

 

 シロツメクサ(俺がそう呼んでいるだけで本当にそうなのかは分からない)で作ってくれた冠を俺の頭に乗せてくれる。



 「キャハハ、にやうにあう!」

 

 そう言って、笑うミリを見て、俺のあるのかも分からない表情筋が自然と緩んでしまう。

 近くの草むらから突然、踏みつけるような音がする。

 

 獣。黒と白のコントラストが目立つ相貌。グルルルッと、唸り声が聞こえる事に歯がむき出しになり、鋭い牙が光る。肉食獣特有の前に着いたその紅い目は、完全にこちらを捉えており、捕食者の目をしていた。

 

 前に一度、白髪のおっちゃんが、 狩りの際に狩ってきてくれたことがあった。『ハードウルフ』それが、獣の名だった。足音を立てては、こちらを伺っている。目線が、俺とミリの間を行ったり来たりしている。それが、どちらを狙おうか、算段を練っていることは、一目瞭然だった。


 ミリの方へ目をやる。

 体が先程から震えている。

 普段、別の世界を生きているミリにとって、野生という、また別の世界というのが、恐ろしくてたまらないのだろう。その双眸は、恐ろしいはずの獣に釘漬けになっていて、固まってしまっている。


 このままでは、まずい。


 今までも、遠巻に獣に出会うことはあった。その時は必ず白髪のおっちゃんが、助けてくれたし、あまり外に出ること自体もなかった。だが、今日はおっちゃんもいないし、助けも来ない。今までにないピンチだった。

 途端に獣がこちらに襲いかかってくる。自分が圧倒的強者だと悟ったのか、牙をむきだして、近くにいたミリに向かって走り出す。


(ちくしょう、俺も体が震えてきた。動け!動け!動いてくれ!)


 野生というものに触れたことがないのは、ミリと同じことで、その恐怖も存外なく自分自身に降り掛かってくる。

 

 自分の無力さを知った。たとえ、姿が変わっても、女の子が一人守れないのか俺は。マイナスな言葉ばかり浮かんできて、自己嫌悪だけが、宙を舞う。体が溶けた鉛のように重くなり、それが、どんどん黒ずんで動かなくなる。


 このまま、灰にでもなって消えてしまいたい。


「ぶたしゃん、たしゅけて!」


 ハッと、意識が戻る。

 一体何を考えていた。

 助けるんだ。たった一人の女の子を。泣きじゃくって、顔はぐちゃぐちゃで、それでも、必死に生きようと足掻いている女の子を。

 俺が助けるんだ。


「ブヒイイイ!!!(どけ、犬っころ!!!)」


 猛々しい雄叫びをあげる。体が軽かった。大義名分があるだけで、不思議と力が沸いた。

 俺は小さい四肢で地を思い切り踏み出して、その牙を勢いよく、獣の首元についたてる。


「グギャアアアアアア!!!」


 俺は勢いのまま、獣と一緒に倒れ込み、ポヂャっと、硬めのスライムでも叩きつけたような音がなる。すぐさまに体勢を立て直し、ミリの姿を確認する。


「ぶたしゃん!」


 良かった。

 助けられた。

 その目は赤く腫れていて、せっかく可愛らしい顔が台無しだ。


「グルルル!」


 途端、俺と一緒に吹き飛ばされたはずの獣がミリへと闊歩する。


「ミリっ!!」


 (おっちゃん!帰ってきたのか!)


 後ろから、おっちゃんの声が響く。


 今日は、ミリへの薬を買いに遠い街まで向かっていたはずだ。騒ぎを聞きつけて、急いできたのか、息が上がっている。

 だがその距離は、聞いただけでも離れていて、そこからでは間に合わない。

 まずい。間に合わ――――


 いや、今度こそ助けるんだ!


 俺は最後の力を振り絞り、先程の数段早くミリの元へと駆けていく。自分でも信じられない。

 俺は、ミリと獣の間に挟まるように入る。

 死ぬ間際、ミリの顔が見えた。

 不安そうな目。


 枯れたはずの涙は、また両の目から溢れ出ていて、今にも、消えてしまいそうだ。笑ってくれ。出来れば、もっと一緒に居たかった。一緒に遊んでいたかった。でも、それももう叶わぬこと。それでも―――――


(良かった。無事で………)


 俺の意識はそこで途絶えた。

 

 それはもう、呆気なくて、気づくと、また同じ商店街のあの風景に戻っていた。姿も豚の姿ではない。れっきとした男子高校生のシルエットだ。


「おばちゃん。コロッケ一つちょうだい。」


 お肉屋さんのおばちゃんから受け取った、紙に入ったコロッケを頬張り、ごくんと飲み干すと、少年は少し考えて。


 少しだけ、満足気に微笑んで、とりあえず今日の晩御飯は豚カツにしようと決めた。

 

 

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今日の晩御飯 らぶらら @raburara

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