オレンジ
Crom
オレンジ
夜の廊下は暗くて怖い。
自分の家なのに可笑しいと思われるかもしれない。
でも、怖いんだ。
たった数メートルの距離なのに、ものすごく遠く感じる。
寝る前にトイレに行ったはずなのに、何故かこの日は夜中に目が覚めた。
温い空気が気持ち悪い。
外から微かに聴こえる虫の声。
それ以外は無音。
住み慣れた自分の家なのに異空間の様に感じる。
誰もいないはずなのに誰かに見られているような感覚。
得体のしれない恐怖心と戦い、部屋のドアを静かに開けて小走りでトイレに向かう。
正面の洗面台、飾り窓から差し込む月光で微かに照らされた鏡。
暗い中でもはっきり分かる。
そこから突き出し、手招く手が。
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世界中どこに行っても遭遇する。
一種オカルトじみた大手ファストフードチェーン店の2F、階段を上がり右手奥角の二人掛け席。
そこを譲れ小娘と言いたげに先ほど何度も目の前をうろつく老人の視線を華麗にスルーし、陣取っているのは、近隣の有名私立高校の制服に身を包んだ少女である。
「おっそいわー」
黒髪に特に特徴の無い髪型とどことなくクールな印象を与える整った顔立ち、空調が効いている店内でも感じる湿気のせいか少し気だるげな雰囲気をまとった彼女は、誰に聴かせる訳でもなく気の抜けた声でそう呟いた。
先月、兄を締め上げて奪い・・譲ってもらった白い滑らかなフォルムの腕時計にチラッと視線を落とす。
約束の時間からは20分程経っている。
もうすぐ着くからという連絡を5回ほどよこした待ち合わせ時間と場所を指定した当の本人はまだ来ない。
「まーた変なもの拾ってなきゃいいけど」
これといった用事があるわけではないし、家にいてもオババがうるさいから別にいいんだけどね。
0.3秒ほど待ち人の身を案じ、猫の様に伸び。
脳に十分に酸素を送り込んだその直後、ふと2つ隣のテーブルから聞こえてくる会話が耳についた。
「昨日のあれみた?」
「見た見た!超怖かった!!」
油の染みたポテトをかじりながら氷で薄くなりはじめたコーラを啜る。
別に聞き耳をたてるつもりは無かったのだけれど、どうしてもこの手の話題には意識が引っ張られる。
「でさ、知ってる?なんかこの店にもさ・・・」
あー、この話題は、アレか。
「何っ?何っ?えっ、待って、怖いんだけど」
止めてほしいな。
来るじゃない、アレ。
「出るんだって!!」
「えーーーっ!!、やめてよ!!!!」
ほーら来た、早速。
・・・・ズル、・・ズ・・ズズッ
湿り気のある何かを引きずるような音が階段から上がってくる。
いつからソレがここに居るのかは知らない。
「ここで」この手の話をしていると大体出てくるコレ。
人を脅かそうとする以外に特に害は無いから無視しているけど、変な方向に曲がった関節と虚ろな表情、ブリッジのような奇妙な姿勢と動きで床を這っている。
人のような形状をしたようなモノは、食事中に見ていてあまり気持ちのいいものではない。
いつもの様に気付かぬふりをして自然に視線を外そうとしたその時。
「ゴメン!!お待たせ!」
ようやく待ち人がやってきた。
隣のクラスの「月城 神無(つきしろ かんな)」
数ヵ月前、ある出来事を通じ仲良くなった同級生。
そう広くもない店内を律儀に小走りで向かってくる。
狙っているのかいないのか、ズルズル床を這うソレの頭を綺麗に踏み抜いて。
「ブッッ!!ゲホッケホッ!!」
あまりにも珍妙な光景に思わず
飲みかけのコーラを吹き出しそうになるの我慢し、咽ながら手を振り答える。
「いーよ、面白いもの見せてもらったから。とりあえず鞄置いて何か買ってきなー」
5分程経って、神無はトレーにジャンクフードの山を築いて帰って来た。
「はい、これ。レーカにあげる。待たせちゃったお詫び!」
ジャンク山の麓から神無が取り出したのは、箱に入った熱々のアップルパイである。
「いいの?ありがと、カンナ」
好きなんだ、コレ。
思わぬ収穫。
ラッキー。
「そういえばさ、さっき言ってた面白いものって何?あっ・・・もしかして、また何か変なの憑いてる?」
BBQソースとマスタードソースがたっぷりついたナゲットとポテトを両手にしたまま不安そうな様子で尋ねるカンナ。
「いーや、そういう訳じゃ無いから。大丈夫、大丈夫」
「なーんだ、昨日テレビでやってたみたいなのついてきたのかと思って一瞬焦ったよ!」
「あ、ポテトも食べてね!」
半分嘘で半分ホント。
でも今はまだソレの事は話せない 。
現時点では判断がつかないから。
「ありがと。流石に私もそんなしょっちゅう変なの連れて来られたら困るって」
さっそくペーパー上に広げられたポテトをつまみながら、レーカは軽い口調で友人を安心させる。
「前教えた事、守ってるでしょ?」
「うん。ちゃんとレーカが教えてくれたとおり黒っぽいのと歪んでるのには絶対に近づかないように気を付けてる!」
バーガーの包みをガサガサ解く手を一時止め、目をキラキラさせながら自信満々に答えるカンナ。
小動物がドヤッと仁王立ちしている光景がレーカの脳裏に浮かんだ。
「・・オッケー、取りあえず安心。で、相談したいことって?」
脳内の小動物を追い払い、指先を覆う塩と油をペーパーナプキンで拭きながら、カンナに本題を話すよう促す。
「えっとね。実は」
再び不安そうな空気を醸し出し、ドリンクカップを抱えながら少しずつ本題を話し始めるカンナ。
「私弟がいるんだけど、最近気になることを言ってて」
「なんかね、この前友達の家に遊びに行ったらしいんだけど・・・」
ようやく火傷しない程度に冷めたアップルパイの封を開けながら、レーカこと、
「五行 鈴華(ごきょう れいか)」は友人である月城 神無の話に注意深く耳を傾け始めた。
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それは先週の昼間の事である。
仲の良い友達がカンナ弟の友人R君宅に集まりいつものようにゲームで遊んでいた。
そのころ、1Fでは母親達はお茶を飲みながらいつものようにワイワイと話に花を咲かせていた。
そんな時である。
ドンッ!ドンッ!
と2階で思い切り飛び跳ねているような音が1階のダイニングに響き渡った。
あまりにも音が大きいので2階で子どもたちが暴れていると思い母親達は、部屋の中で走り回らず外で遊んできなさいと叱った。
しかし、叱られた子どもたちはポカンとしている。
だって皆で座ってゲームをしていたのだから。
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カンナ弟
小4
友達R君の家
4人でゲーム
2F静か
1Fうるさい
ママ友 怒(#^ω^)
~~~~~~~
「でさ?何が問題なの?」
トレイに敷いてあった紙の裏にカンナの話を簡単に書きなぐったメモを眺めつつレーカは首を傾げた。
「え?」
レーカの反応が超意外、とポカーンとした表情を浮かべているカンナ、
「だってさ、2階でみんなゲームをしていて誰も暴れたりしていないのに、1階では誰かが跳び跳ねたり、走り回ってる様な大きな音がしていたってだけなんでしょ」
「うん」
「それさー、何か動物でもいたんじゃない?ウチのオバアの家にも前、屋根裏にイタチか何かが侵入して、バタバタうるさかった時あったよ」
「うーん、そう言われちゃうとそうなんだけど・・・」
おいおい、つい心の中でツッコミを入れてしまうレーカ。
「他は?何か聞いて無いの?」
「うーーん、あ、そうだ。見たって!」
「何を?」
「「手」!オレンジ色の」
「手か・・・、どこで見たって言ってた?」
「えっと、確か2階廊下の洗面台の鏡から生えてたんだって」
「・・・・・・」
体の一部だけ見える、特に手が見えるっていうのはよくある話だけど、「オレンジ」か。
聞いたことがない。
「出てくるのは夜中?昼や他の時間に見たって言ってない?」
「んー、弟から聞いたのは夜中の話だけだって」
音は昼間するけど、「手」が見えるのは夜中だけと。
「どう?レーカ、何か分かる?」
「うーん、手ってのはよくある話だけど。オレンジっていうのは聞いたことないかな」
バカアニキにも聞いてみるか。
スマホを取り出し目にも止まらぬ早さでメッセージを入力するレーカ。
「とりあえずさ、週末見に行こっか。その家」
「えー、嫌だよ!!!絶対嫌!怖いもん」
「大丈夫、大丈夫。昼間だし、家には入らないから。案内だけしてくれればいいからさ」
まずは情報を集めないと始まらない。
イヤイヤしているカンナを説得しつつ、
残りのポテトをドリンクで流し込み。
2人はそれぞれ帰路についた。
早くも週末。
まだまだ暑さの残る晩夏
スクーターで走ること30分
旧国道沿いから少し外れたところに
その家はあった。
「あっつー、ここ?」
道路を挟んで家の正面に位置する木陰にスクーターを停め、途中コンビニで買った溶けかけたアイスを頬張りながらカンナに問いかける。
「そー、ここ。ねぇ、どう?」
「んー、少なくともここから見る感じ、特に何も感じないかな」
今のところ特に嫌な気配や臭いを感じることはない。
玄関正面のコンクリートうちっぱなしの駐車場には、車が1台停まっており、その回りで子供達が遊んでいる。
さて、どうするか。
結局バカアニキからの連絡はまだ無い。
念のため土地や家に関する調査を頼んだのだが、既読のまま音沙汰無し。
カンナから聞いた以上の情報が無い現状では、話が進まない。
となれば・・・。
「カンナ、ここの人知ってるんでしょ?もっと近くで見たいから、ちょっと話してみてくんない?」
「うん?OK!」
カンナとレーカは、車のボンネットの上に置かれた皿からスナック菓子を摘まんでいる子どもたちの脇を通り真っ直ぐ玄関に向かう。
「こんにちはー、カンナです」
「はーい!、いらっしゃい!ちょっと待ってねー!」すぐさまインターホン越しに明るい声が返ってきた。
少ししてパタパタと廊下を駆ける音が聞こえ、ドアが勢いよく開かれる。
「こんにちは、カンナちゃん。今日はどうしたの?あら、そちらはお友達?」
「はい、友達のレーカちゃんです」
「こんにちはー、はじめまして・・・」
カンナがインターホンを鳴らし、家人が玄関のドアが開いた時から感じる微かな違和感。
敷地外から眺めているときは分からなかったが、これは視線?
「おばさん、実はちょっと聞きたいことがあって・・・」
何処だ?
「この前、弟から聴いた話のことなんですけど・・」
レーカは空を見上げる。
二階の角部屋。
薄手のカーテン越しに一瞬何かが見えた。
「あー、その話。そう!なんか変なこと言ってるのよー。鏡から手がとか訳の分からないこと言ってて。やでしょー。カンナちゃんも大きくなったんだからトイレぐらい1人で行きなさいって言ってやって 笑」
ッ!!後ろからも!?
「危ない!」
レーカは振り返りざまに車の周りで遊んでいる子供たちに警告を発したが遅かった。
「ぎゃーーーーーぃだあぁーーーっ!!」
レーカの目は捉えていた。
車の周りで遊んでいる子供達の内の1人、ボンネットの上のお菓子を取ろうと台に足を乗せた子の足元、台を引っ張った手を。
頭から転倒した子の鮮血が辺りを染める。
「おばさん!!救急車呼んで!早く!!」
私のせいだ。
変に刺激したかもしれない。
レーカは、念のため鞄から紫の布に包まれた細長いモノを引っ張りだし構える。
「カンナ!!一旦帰るよ!」
救急車が到着した後、スクーターをかっ飛ばしていつものファストフード店へ駆け込んだレーカとカンナ。
「あー、もうめちゃ疲れた。あれダメだよ、ダメ。かなり質悪いわ」
「私おばさんと話しててよく見てなかったんだけど、いた?」
「チラッと見えたのは地面から出た手だけ。色まではよくわからなかったけど。嫌な視線は二階の窓辺りから感じたから。多分弟くんの友達が言ってたとおり洗面台に何かいるんじゃないかな?」
「じゃああの子が頭割ったのって・・」
「うん。ああいうのってさ、普通は外から人が来ると一旦静かになるんだ。様子見って感じで。だから今回みたいに強い反発を示すのってかなり危ないんだよ。しかも昼間からさ。大きな事故なんか起こる前にそっこー引っ越した方がいいね!でもなー絶対信じてくれないよな」
「うーん、引っ越し大変だしね。そういえば、レーカちゃんさ。それ何?さっきも出してたけど」
レーカの鞄からはみ出た紫の包みを差し
「ん?あぁこれ?これはね、お守り」
スルスルと紫の包みがほどかれ、ボロボロの脇差しが露になる。
「え、刀?すごーい」
「そ、よくわかんないんだけどお守り。なんか悪運の強かったひいじいちゃん、ん?ひいひいじいちゃんだっけ?まいいや、が持ってたんだって」
「ふーん、よくわからないけど何か凄いんだね!漫画に出てきそう」
ヴォオオオオオオ!!!ズグダンズグダンズグダンズグダン!!!!!
突如鳴り響いた、およそ女子高生の携帯から発せられているとは思えないヘヴィーな着信音。
ビクッとするカンナ。
「いつ聞いてもびっくりするよ、その着信音。誰から?」
「バカアニキから。ちょっとゴメンね」
「レーカ、今どこにいる?」
いつもどおり抑揚に乏しいが、珍しく若干ひっ迫感のある声だ。
「いつもんとこ。てか、連絡遅すぎ!携帯持ってる意味無いじゃん!!」
「わりぃ、調べるのに時間がかかっちまった。お前の言ってたあの家な、結構ヤバイぞ」
「それは見に行って一発でわかった。アタシもそう言ってるとこだっての」
「おまえ・・何のために俺に調査依頼出したんだよ。直接乗り込む前にリスク減らすためだろ?」
「わかってるよ、中には入ってないし。で?どうだったの?」
「ああ、過去の借り主1通り調べたんだけど全員漏れなく破産して、一家離散、もしくは無理心中してる。最近借りた人は、〇〇年××新聞に載っていたM県の一家無理心中の家庭」
「ええ、何それ。めちゃくちゃヤバいじゃん。引くわー」
「ああ、憑いてるのが土地か家かは分からないが、悪いことは言わねえからさっさと引っ越した方がいいぜ、そのご家族。だが、ある意味ラッキーだったな、調べた限りはオレンジの手を見たなんて話はこれまで聞かないから、たまたま今すんでいる子供の波長が合ったんだろう」
「兄貴見に来てくれないの?」
「こっちもこっちでヤバい案件舞い込んできてな、しばらくソッチには戻れない。下手に手出しせず、家の人には引越しススメな。ま、お前や俺が言っても信じてもらえないだろうから、Y寺の和尚のルート使って信じてもらえそうな人手配しとくわ。その人に見てもらって、お前はもうその家には近づくな」
それから数日後。
またいつもの様にレ―カとカンナはハンバーガーショップの2F席にたむろっていた。
「あの後ね、おばさんから連絡きたよ。血が多かったけど傷自体は小さいってさ」
「良かったー、頭の傷ってめちゃ血でるもんね」
「あとね、いちよう引っ越した方がいいってお話はしておいたよ」
「ふーん、信じなかったでしょー」
「ううん、それがね。あの後R君体調崩しちゃったんだって。それとね、おばさんも前々から家の音とか色々妙だと思ってたことが幾つかあったらしく、Y寺が紹介してくれる霊能者さんだっけ?その人の話を聞いてから考えるって」
「へー、ならよかった」
予想外にすんなり事が進んで、レ―カは安心してナゲットのソースにポテトをディップして口に放り込んだ。
それから更に1週間後。
今日も今日とてレ―カとカンナはハンバーガーショップの2F席にたむろい、新作のシェークに舌鼓を打っていた。
その後、R君宅を訪れた、Y寺紹介で霊能者さんが詳しく現地を見たところ、
どうもR君宅の怪異は土地に起因するものらしく、なんでもオレンジの手は金運を吸い取るものなんだとか。
R君一家即座に引越しを進められ、その後すぐに家を開け、知人の家に一時的に避難。
2週間後、引越し事業者に荷造りを全て任せ、別の賃貸に引越しをした。
先日、引越し祝いを兼ねて家族で遊びに言ったカンナ曰く引っ越した後は、R君も変なモノを見るような事も無くなった様だ。
レ―カの兄が調べたとおり、過去の入居者一家は皆不幸な末路を送っており、今回R君達のご家族は取り返しのつかない自体に陥る前に家を離れることが出来不幸中の幸いであった。
「よかったよね無事に済んで」
「まーねー」
今日のレ―カはいつになく不機嫌そうだ。
「何があったの?」
「うんそれがさ、財布落としたの。最悪。余波くらっちゃったのかな・・・」
「えー、じゃあさ今日は私が奢るよ!」
「マジ!?やった。じゃチーズバーガーよろしく!」
その後レ―カはカンナは一緒にチーズバーガーを頬張りながら、新しいオカルト話に花を咲かせつつ、二度とあの家の周辺には近づくまいと固く心に誓ったのだった。
つづかない
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