秋の夜長のホラー短編集
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
保護フィルム
こつん、かつん。
……またあの音がする。
スマホの画面を叩く音。
内側から、タップする音。
怖くて枕元に置いた〝それ〟を見ることも出来ない。
頭から布団をかぶり、耳を塞ぐ。
それでも――
こつん、かつん。
タップ音は、鳴り止まない。
§§
中古でスマホを買うなんて、今時珍しいことでもない。
SIMフリーを大手三社が打ち出してからは、わざわざ定価で買う物好きも減った。
リサイクルショップで見かけたアイポンは、新しい型のくせにずいぶんと安かった。
迷わず購入し、一緒に保護フィルムも買い物籠に入れる。
まえの持ち主は、どうやらその手のアクセサリーをつけない主義だったらしい。
持ち帰って、さっそく記念の撮影をした。
スマホを新調したことを、友人連中に自慢してやろうと思ったのだ。
パシャリと鏡を使って自らとスマホを写し、グループチャットに画像を貼り付けようとして――はたと気づいた。
ストレージに、撮った覚えのないフォトが入っている。
それは、見覚えのない男の写真だった。
ガリガリに痩せ細った男。
頭髪は縮毛で、綿埃のように汚らしいのに、肩の辺りまでもあって。
眼窩は落ちくぼんでいて、生気のない眼がこちらを見詰めており。
その節くれ立った指が、緩く曲げられて、こちらを指差していた。
そんな写真が、数枚。
どうやら、前の持ち主が写したものらしい。消されずに残っていたわけだ。
店の管理はどうなっているんだと、責任者の神経を疑いながら、すぐに削除する。
薄気味悪かったのだ。
いらだちを覚えながら、保護フィルムを貼っていないことを思い出す。
ぺたりと、気泡が入らないように気をつけて、しっかりと固定する。
うん、我ながら綺麗に出来た。
満足しながら、スマホを枕元に投げ出し、眠りについた。
翌朝。
フィルムが、白くなっていた。
気泡だ。
あんなにも丁寧に貼り付けて、見栄えだって確認したはずなのに、フィルムと画面の隙間には空気が入って、白く濁ってしまっている。
腹立たしく思いながら、帰りにもう一枚、フィルムを買ってくることにして、仕事へ出た。
思えば、このとき手放してしまえばよかったのである。
そうすれば、少なくともいつもどおりの生活を送ることが、出来たはずなのだから。
§§
こつん、かつん。
音がする。
浅い眠りを妨げる、不快な音。
こつん、かつん。
なにか硬いものを、指先で叩くような音。
――ああ、スマホかな?
どうしてだか、そう感じて、枕元から引き寄せた。
寝ぼけまなこを擦りながら画面を見て。
驚きに、目を見開いた。
画面が、白く濁っていた。
違う。
保護フィルムの中に、また空気が入っていたのだ。
……おかしい。
これは寝る前、つい数時間前に張り替えたばかりだ。
そのときは綺麗だった。間違いなくうまく張れた。
だが、実際はどうだ?
濁っている。
画面が見えない。
おかしい。奇妙だ。
しかし、このままにしておくわけにもいかない。
また、フィルムを剥がそうとして。
――こつん、かつん。
スマホが、タップされた。
こちらからではない。
画面に触ってなどいないのだから。
では、どこから?
こつん、かつん。
音は。
フィルムの内側、スマホの中から、聞こえた。
ワッと叫んで、スマホを放り投げる。
ベッドに落ちる。
音が、止まる。
心臓の音がうるさい。
耳の裏で、血潮が轟々と鳴っている。
呼吸が荒い。
震える手を一度握りしめて、スマホを拾い直す。
フィルムを、剥ぎ取る。
もしかしてという予感は、こんなときばかり的中した。
あの痩せ細った男の写真が、スマホの中に甦っていた。
§§
音は、フィルムを貼るたびに聞こえてきた。
気に食わないのだろう、そういう主義なのだ。
持ち主のことを調べても、画像を検索しても、当然なにもわからない。
以前の持ち主はこのスマホを握ったまま交通事故に遭って死んだ――なんてわかりやすい回答は用意されていない。
ただ、フィルムを貼ると、今日もタップ音が聞こえてくる。
……何度もフィルムを貼るのは、おかしいと思うだろう。
けれど、そうしなきゃいけない理由がある。
だって。
せめて出口を封じていないと。
いつ――あの男がスマホから這い出してきてしまうか、わからないのだから。
今日も、無駄になるとわかりながら、俺はフィルムを張り替える。
白く濁った、指紋だらけの保護フィルムを、剥がしながら。
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