第21話 ブレ:一日目①
この状況が私一人のものであったのなら私は間違いなくこの物語の主人公だっただろう。
今私が居るのは正真正銘、過去である。
その事実を決定付けるのは、数年前に既に伐採されていたはずの目の前にある紅葉の木。
ここは過去の地方都市秋葉。
中学時代まで私が住んでいたいわゆる故郷と呼べる場所だ。
私の名前は鹿野紅葉。
父の鹿野剛と母の鹿野汐里の間に生まれた一人娘。
母譲りの長い茶髪はサイドで束ねており、普段の生活で邪魔にならないようにしている。
身長は女子にしては高めで普通体系、運動神経はそこそこよくて男子にも負けてないと思う。
ただそんなどこにでも居そうな女子高生の私には、一つだけ他の人達にはない変わった体質がある。
それは人の悪意が形として視えるということ。
私はいつの間にか気づいたら人の悪意が視えるようになっていた。
もしかしたら生まれた時からそうだったのかもしれないけど、子供のころはそもそも周りに悪意を持った大人達、子供達が居なかっただけなのかもしれない。
そう考えると、小さいころは危険とは無縁の生活だったと思う。
周りの子達と同じように幼稚園に行って、小学校にも行った。
そして黒いモヤのような形をした悪意を知覚し始めたのは、中学に上がった辺り。
その時親しかった友人から、"悪意"という名の黒い靄が湧き始めたのだ。
結局その"悪意"の元は"嫉妬"だったらしく、私が人気のある同級生の男子生徒に好意を持たれていたのが切っ掛けだ。
それから先のことはあまり思い出せない、文字通り空白だった。
それから何もない空白の2年間が過ぎていって、浅峰高校に去年入学。
そして一年が経って高校2年の春。
私は再び悪意に巻き込まれてしまう。
それを切っ掛けに私は入学した学校の裏側で企まれていた陰謀へと踏み込むことになるのだが・・・。
気が付くと私は過去に居た。
誰が想像するだろうか、嫌いな奴に校舎裏へ呼び出され顔を刻まれ、校長室に忍びこんだと思ったら気が付いたら牢屋に閉じ込められた。
そしたら急にひょっとこのお面を被った奴がやってきて、牢屋をぶった切って助けてくれたと思ったらそのひょっとこの奴はまさかの内の学校の生徒会長の信条奏太朗。
そして生徒会長から告げられた霊術と呼ばれる力の存在と学校を裏で操る黒幕である浅峰学長の目的。
それらを知った上で私は会長と親友の橘楓を連れて、浅峰が待つ彼の屋敷へと足を運んだ。
そこで待ち受けていたのはかつてのクラスメイト、黒崎孝文。
彼の感情はどうやら消えているらしく、私はその消えた感情を取り戻すため彼と戦い、なんとか虚無から彼を連れ戻すことに成功した。
そして等々、私は浅峰の前に辿り着いたのだが、彼は不思議な能力を使用して別の世界の"鹿野紅葉"をこの場に呼び出したのだ。
するとビックリ、そんなイレギュラーな事態に世界は大混乱。
この世界の時間という概念は一時的に崩壊し過去と未来が入り混じった結果、私達含めた全人類は一斉に過去へとタイムジャンプしたのだった。
てっきりこの物語は私の青春ラブコメだと思ってたのに、誰だよこんなファンタジー要素入れてきたのは!!
神様に会うような機会があれば、必ずそいつらの息の根を止めてやる・・・。
◇◇◇◇◇
目の前にそびえ立つ大きな紅葉の木は、いつかの思い出の中に残っていたものと偶然にも姿形が重なった。
忘れるわけがない。
ここは秋野だ。
生まれてから中学生になるまで住んでいた故郷とも呼べる場所。
その秋野の中心にある公園内の小さな丘のてっぺんに生る紅葉の木。
だがその木は現在、既に伐採されていたはずなのだが何故だろう。
辺りを見渡すと人混みで溢れかえっているが、その人ひとりひとりが驚き、声をあげている様子だった。
「ここは一体どこなんだよ・・・!」
「お家に帰りたいよ・・・。」
「どうなってんだよ! さっきまで夜だったじゃねーかッ!」
私はその人混みの中から、見知った人たちを探す。
「楓────! 会長────! あと黒崎────! みんなどこにいるの!?」
見知った土地とはいえ、突然の出来事に私自身も落ち着いてられない。
先ほどまで、浅峰の屋敷に居たはずなのに気が付いたら屋敷の外に居るし、時間も夜だったのに日が昇っているのを見ると恐らく昼間になっている。
「楓────! 楓────!!」
「も・・・!」
何処からか私の事を呼ぶ声が聞こえてくる、その声を探すように必死に辺りを駆ける。
「楓!? 何処かに居るの!?」
「・・おっ、っと────、おーい紅葉。」
声の主は黒崎だった。
辺りがとにかくうるさくて、男女の声質も判別できない。
「黒崎! 楓知らない?」
「知らない、まだ見てないな。
・・・これどうなってんだ? 周り見る限りだと明らかにこれ異常事態だよな。」
「私に聞かないでよ! それより会長は見なかった!? 会長ならこのことも知ってるはずなんだよ!」
「さっきから俺の事一切興味ねーな、おい!! 顔見知り同士が合流できたことでまず喜ぼうぜ?」
「あぁ、ごめん。私も冷静じゃなかった。
・・・ここ私の故郷なんだ。」
私は中央にある紅葉の木を見つめる。
思い出に浸る時、先ほどまで騒がしかった周りの声がシンと一瞬だけ聞こえなくなった。
「紅葉君・・・、黒崎も、何か変わったことはないか?」
すると平然と先ほどまで探していた人物が話しかけてくる。
「会長!? 良かった、何処にいたんですか? ずっと探してたんですけど。」
「済まない、こちらに来てから少しだけ辺りを捜索していた。
どうやらここは2014年の秋野市という所らしい、浅峰市の隣ではあるが来たことはなかったな。」
「2014年!? ってことはやっぱりここは過去ってことですか!?」
「あぁ、そうだ。
そういえば、ブレの話をしていなかったな、ブレというのは要は世界が起こした不具合と思っていい。
不具合が起こる理由は様々だが、今回の場合は"鹿野紅葉"という存在が同じ世界に同時に居るという矛盾が切っ掛けだろう。
そうして同じ世界に同じ人間が複数人存在して起こった不具合は"ブレ"と呼ばれている。
どうしてこうなっているかまでは解明できていないが、過去と未来が交錯し、時間が定まらなくなっていることから"ブレ"と呼ばれているらしい。」
「会長の言いぶりだと、今回以外にもそんなことが起きてるように聞こえるんですけど・・・。」
「? ああ、その通りだ。 今回の規模がどれほどのものかは知らないが俺は過去3回この"ブレ"を経験している。」
「ちょっと、待ってくださいよう。」
ここまで黙り込んでいた黒崎が口を開く。
「俺は、今日までの一年間確かに記憶が曖昧ですけど、こんなことが今回初めてなのはわかりますよ?
流石にこんなことがあれば、眠ってる自分も起きるだろうしな。」
黒崎の言い分はごもっともだ。
私もこんなことが生きている中、巻き込まれた覚えはない。
「この辺りでは今回が初めてかもしれないな。
本来、ブレというのは大きくても一つの地域程度の規模だった。 現に俺が今まで遭遇した"ブレ"はイギリスのロンドンと東北にある田舎の村・・・、まぁその辺だ。」
思ったより日常茶飯事というか、そんな自然災害のようなものなのだろうか。
「でもこれって、結構大問題ですよね?
ニュースでもこんなこと見覚えがないですけど・・・。」
「それはそうだろう、言ったろ? これは不具合なんだ。
それが解消されれば、消えるんだ。 勿論そこで過ごした記憶もな。」
「・・・、え? でもそうしたら会長はどうやってブレの記憶を?」
当たり前の疑問だと思う。
このブレで起こった記憶が消えるのであれば、今会長がブレの記憶を持っているのはおかしいからだ。
「・・・それは。」
会長はあまりそのことを言いたくないのか、黙り込む。
ウ────、ウ────
突然、パトカーのサイレンが公園内に響き渡る。
「会長! これなに!?」
「────もう来たか、逃げるぞ。」
「来たって、この音警察ですよね!?
だったらこの状況をなんとか・・・。」
「こっちではそんな常識的な考えは今すぐ捨てるんだッ!!
俺たちは今この世界にどこからともなく現れた異世界人どうようなんだッ! 今、警察は親身になって相手をしてくれる存在ではなくなっている。
この先生きたければ付いてくるんだ。」
そう言って、会長はサイレンの鳴る方向とは別の森の方へと大勢いる私達と同じような被害者を払いのけながら突き進んでいく。
それに黒崎も迷わず着いていく。
「紅葉? 来ないのか?」
会長に着いていく間際、動かない私に気が付きそう問いかけてくる。
「楓がまだ見つかってない。」
そうだ、まだ私はここを離れるわけには行かない。
大事な親友をこんなところに置いていけるハズがないだろ!!
「黒崎! 先に行ってて、後で必ず追いつくから!」
「おい、待てって!」
黒崎の制止を振り払い、私は公園の中を無我夢中に駆けだした。
会長の話通りなら物騒な警察がすぐにでもここにやってくる。
先ほどサイレンが鳴り終わったとなると、彼らはパトカーを捨て走りでここへ向かってる頃だろう。
私は覚えている。
この公園の駐車場からこの紅葉の木がある広場までかかる時間。
いつもの様に駐車場に止められた車を降りて、パパに見守られながら駆けたあの道。
・・・あと2分だ。
あと2分で警察はこの広場へやってくる。
それまでに私は楓を見つけて、会長たちの後を追う。
やるべきことは決まった。
私は目の中に橘楓の枠を感覚的に作り上げ、会う人会う人にその枠を当てはめていく。
違う、違う、違う、違う。
こいつじゃない。
あいつでもない。
あの子か? いいや違った。
あれもこれも違う違う。
楓! 何処に居るのッ!!
広場を駆ける中、視界の隅も一切逃さない────。
あ────。
次の瞬間、一点だけピントが合った。
見つけた────。
「楓!!」
「・・・」
遠くから声を掛けてみるが、聞こえていないのか彼女は返事をしない。
「楓! 良かった、無事で・・・。
会長に着いていきましょう、多分あの人についていけばなんとかなる気がするんだよね。」
彼女の元へ駆けつけ、再び声を描ける。
「・・・」
彼女の返事はない。
流石に周りの声が五月蠅くとも、目の前で声をかけているので聞こえないということはないはず。
少し心配になって、背を向けている彼女の顔を覗いてみる。
「え? どうしたの、・・・楓?」
結果、彼女の意識はあった。
生きているということが見ていてもわかった。
それぐらい、感情的になって彼女は思い切り歯を食いしばっていた。
その感情の先にあるものが何なのかは知らない。
ただ今言えることは、彼女に"悪意"は視えていないということだ。
「か、楓・・・?」
もう一度声を掛ける。
「あ、ごめんもみじ。居たんだ。
周りは騒がしいけど今どんな状況?」
「・・・良かった。
今の状況はかなりヤバメです、なんで一先ず会長に着いていきましょう。」
「ん、りょうかーい。」
楓はいつもの調子に戻ったのか、こんな状況でも緊張感のない雰囲気で返事をする。
私は楓を見つけたので、先ほど会長たちが向かっていった方向へと人混みを払いのけながら進んでいった。
人混みを払いのける中、先ほどの楓が思い浮かんでくる。
あれはいったい何だったんだろう、あの時は全く楓の感情が読めなかった。
だが私が目で見て分かったことは、"悪意"は出ていなかった。
その事実だけで、安堵する。
しかしこの時、私は忘れていたんだ。
"悪意"のない"悪意"こそ、自身を脅かす唯一の要因であったと。
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