第16話 黒崎孝文は疲れている①
「こんなところで何してんだ。 紅葉。」
浅峰邸の二階に辿り着くと、そこにはここに居るはずのない私の"友人"が立っていた。
「黒崎!? どうしてここに・・・。」
先ほどまで裏側に隠れていた自分自身の感情が表側に戻ってくる。
「・・・紅葉、その質問に俺が答えるシナリオはない。」
「シナリオって、あんたなに言ってるの?」
今の黒崎は、普段の彼と一切違わない。間違いなく私の知る黒崎孝文その人だ。
だが、その普段通りであること自体が何故か違和感を感じさせる。
「黒崎、あんた何者なの?」
「・・・」
黒崎は質問に答えない。
その行いがさらに私に違和感を感じさせてくる。
先ほどまで同じ位置に立っていた黒崎が一歩私の方へと足を踏み出し、そのまま歩みを進めてくる。
私は未だ感じる"違和感"の正体に気付けていない。
それなのに、そんなことをお構いなしにやってくる黒崎に恐怖を感じ始める。
「こ、来ないで!!」
思わず、彼のその行動を制止させようとしてしまう。
今の彼には"悪意"が視えない。
それなのに何故か私は彼自身に怯えている。
この感覚はとても久しぶりな気がする。
数年前、"悪意"を持たずして目の前で殺しあう男達を見た。
彼らは一体何のために殺し合いをしていたのだろう。
相手が憎いから。相手が邪魔だからか。
それは違う。
彼らはある一つの目的のために『殺し』という手段を取ったに過ぎず、決して『殺し』が目的では無かったのだ。
しかし、それは"歪"だ。
何故なら、『殺し』という行為自体は"悪意"そのものであり、悪に等しいのだから。
もし仮にそのルールが破られるものなら、それを"歪"と呼ぶだろう。
私は今、やってくる彼がその"歪"でないことを祈ることしかできない。
────いつの間にか足が震えていた。
歪という名の恐怖がやってくる。
「・・・紅葉。」
直前まで逃げなかったのは、まだ彼が"歪"でない可能性があったからなのか。
それとも。
『あー、もしもーし。
浅峰徹です。紅葉君、彼が一体何者なのか知りたがっている様だから教えてあげよう。』
すると突然、校内放送のようなアナウンスが流れ始め、浅峰徹が私に語りかけてくる。
『彼にはね、もう心がないんだよ。』
『空っぽ。色のない魂を背負った"依り代"に過ぎないんだ。』
浅峰は急にそんなことを言い出し始めた。
"依り代"、何処かで見覚えのある単語が聞こえてくる。
『ヒミコちゃんとはもう会っているかな?
彼女達含め、学校にいた管理者達は全員事前に決まられている"設定"に沿うように生徒たちをコントロールしてきた。
その理由は、今後の浅峰市を支えていくために必要な人材をピンポイントで作成していけるからだ。
例えば、街一番の名医がたった一人だけ居たとする。彼はもう年でこの先数年も医師としてはやってはいけなかった。
そうなれば、数年後この街には名医と呼ばれる存在が居なくなってしまう。それは困る、実に困ってしまう。救える命も助かる命も全てに限りが出てしまう。
だから、予めその跡継ぎとなる人材を決めて、その人材が次の名医となるまで我々が先導していく。
それが、浅峰高校、いや浅峰市に存在している教育機関のモットーという訳さ。』
そんなこと、この際もうどうでも良い。
私は今、目の前にいる彼に抱く違和感を早く知りたい。
『それに対して、そこの彼が何者かというとね。』
『彼は、完全なる"物語"の登場人物そのものなんだよ。』
『かの最古の英雄、ギルガメッシュ王が登場する"ギルガメッシュ伝説"の物語。
彼はウルク市の王であり、旁若無人としてよく知られているワガママな王様だった。
しかし彼は、現実と天界の狭間、運河でエルキドゥと出逢うことによってその先の自分の人生に大きな転機を生み出しだ────。
さて、この一つの物語を聞いたうえで、このギルガメッシュという王にエルキドゥと出逢わないという物語は在り得ると思うかい?
答えは、そんな物語は在り得ない。 ギルガメッシュは決められた物語を演じきっているだけなんだよ。 だから辿るべき道がエルキドゥと出逢わない方向に向くことはない。
何故ならそれは本来辿るべき道でなければ、そもそもそんな物語は存在しないんだから。』
『さて、少し脱線してしまった。
ようするに彼、黒崎孝文くんはね、決められた行動しか取らない。
彼に自由意志なんてものは存在しないんだ。 決められた手順、決められた行動のみに従い実行する。
まるで"ギルガメッシュ伝説"のギルガメッシュ王のような、決められた結果へとしか進まない操り人形のような存在なんだよ、彼は。
どうだい? 分かったかな? 因みに君に彼が接触していたのもそれが決められた手順に順ずるものだったからなんだよ。』
難しい話をされて頭が混乱している。
もはや"それら"が悪なのかすらも正常に判断を行えない。
なので先ず、その判断を下そうとするべく質問をする。
「どうして。どうして、そんなことを彼にさせているの。」
『そうだね、実は私情になってしまうんだけども、私自身"色のない魂"がどうしても必要なんだ。
魂というものはその生命に与えられる"個"だ。
────故に根強い、元々持ち得ているその魂の色を落とすというのは並み大抵の事では到底不可能に近い。
今まで幾度となく実験と研究を重ねていったが、いつまでたっても色の落とし方は見つからずにいた。
しかし私はある時気が付いたんだよ。人の思考、行動さえ制限してしまえば"個"なんていう色はそれ以上濃くはならない。むしろその色を落としていけるとね。
ただでさえ、我々人間は事あるごとにすぐ考えを変える生き物だ。やり方さえ分かってしまえばあとは簡単だ。
すぐにその計画は実行されたよ、彼で何人目かわからないが最近やっとコツを掴んできてね。今の彼は私史上、最高傑作だよ。』
・・・校長室の地下で見たあの光景。
まるで人として"核"が存在しない、抜け殻のような人間の『死体』。
今までなんどか『死体』を見たことがあるが、それらは全て『魂』を宿していた。
人の体が入れ物だとすれば、魂はその中身だ。
世間では人が亡くなると、魂が成仏されるなどと言っているがそれは間違っている。
入れ物がまだある以上、その中身もまだあるのが当たり前なのではないだろうか。
今やっと理解できた。
浅峰は人としてやってはいけない禁忌を犯している。
生命が築き上げてきた"魂"という名のその者の"概念"を犯している。
"概念"を犯す、ということはもはやそれは"人"を殺している。
"人殺し"はいけないことだ。
それじゃあ私はどうする。
決まっている、"人殺し"は悪である。
それなら私の手で浄化してみせよう────。
『あ、因みに彼の次のシナリオは、君を殺すということだ。
では、せいぜい脚本に従うように。』
ブツリ
鬱陶しかった校内放送が終わる。
目の前の彼は動かない。
それも"シナリオ"通りなのか。
あー! もう! なんだかイライラしてきた!
「黒崎! あんた悔しくないの!?
なにが理由であんたがあいつに従ってるか知らないけど、あいつが苛立つ顔が見たいからあんたのシナリオなんて全部ぶっ壊してやる!」
まだ私は舞台の"傍観者"に過ぎない。
彼が舞台の登場人物であるのなら、全力で引きずり落として私がその舞台に這い上がってやる。
「芝居の準備はできてる? 大物俳優さん。
もたもたしてるとその役、私が奪っちゃうからね!」
閉じていた舞台の幕が上がる。
スポットライトは二人の役者に光を灯していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます