月桂樹の灰 先を行く白川さんと、追いかけたい百井

高瀬京

序章

淀み

 今、何時だろう。

 フロアランプの光が一際眩く感じる。

 今日は夕方に大学から帰ってきて、そのまま部屋の床に座り込み、天井や壁を見ていた。こういう日はたまにある。

 姿勢を変えようとしたところで、テーブルに置いていた携帯電話が鳴った。

 しかし、手に取る気力が湧かない。

 代わりに棚の上の時計を見る。そこで午前零時を過ぎていることに気付く。

 今日は私の二十歳の誕生日。今の私に相応しい埃っぽい部屋で迎えた。

 少し前までは大切な日だったけど、今は違う。何の変哲もない一日に過ぎない。


 再び壁に目を移す。

 すると、また携帯電話が鳴った。しょうがなく手に取る。

 友人から届いたメッセージは私の誕生日を祝うものだった。

 それでも私が望むものではない。

 虚しい気持ちを生み出す原因をベッドに放り投げ、元の姿勢に戻り膝を抱える。間をおかず掛け布団から滑り落ちて床に落ちる音が聞こえたが、どうでもよかった。

 私の誕生日を最も祝ってほしい人、明日香あすかからのメールは、もう送られてこない事実が私を腑抜けにする。


 寂しい気持ちに耐えられず、側に置いていたアルバムを開く。

 中には私と明日香が写っている写真が収納されているが、半分ほどしか埋まっていない。もっと二人で写真を撮るべきだった。

 後悔ばかりではない。アルバムの中には笑顔の明日香がいる。変な顔をしている明日香がいる。

 明日香の写真は、私が一線を越えることを踏みとどまらせてくれる。

 尤も、過去を思い返す行為には苦痛が伴う。

 楽しい思い出を追憶すると、過去への口惜しさが大きくなり、悲観に満ちた現在が嫌になって、未来を捨てたくなる。


 どうしようもなくてアルバムを胸に抱く。

 こんなことをしても明日香の体の温もりは、もう感じられないのに。

 強まった寂寥感に苛まれたまま、フロアランプの光に背を向ける。

 冷たい床に横たわり、口元の床に積もった甘い埃を吸い込み、瞳を閉じた。


 せめて夢の中で明日香に会えますように。


 願わくは、その夢が覚めませんように。

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