彼岸の火事

桜幕斗一

第1話

 路地裏から黒いゴシック・ファッションの少女が姿を現した。彼女は気だるげな表情でドレスに付いた血をロンググローブで拭ったあと、フリルパラソルを広げ悠々と夜の街を闊歩し始めた。

 彼女は騒めきと光が飛び交う夜の街を抜け、辺境の森までやって来た。ここには黒い噂が絶えず放置されている廃墟がある。なんでも『作品にされた死体の魂が集まっている』とか。

 馬鹿馬鹿しい。ずっと住んでいるが何も起きていない。廃墟なんぞ、こうしての根城にされるのがオチだ。

 しかし、今日はいやに疲れた。を使いすぎたせいだ。もう寝よう。

 傘を閉じたあと、彼女は静かに白いベッドの上に寝転んだ。瞼を閉じると、真っ黒のスクリーンに映像が浮かび上がる。

 映像内では、暗い部屋の中で女性が笑顔で赤ん坊を抱えていた。そしてカメラは徐々に引いていき、親子の全体像を映し出す。

──母親らしき女性に下半身はなかった。足はひしゃげほぼ原型を失い、暗闇に血だまりを作り、白い骨がすねの皮膚と肉を貫通している。

 しかし彼女は笑顔を崩さない。心配をかけまいとしているのか、子守唄を口ずさんでいる。

「うあっ…!」

 彼女は荒い呼吸と共に目覚めた。飛び起きたという方が正しいか。心臓が破裂しそうなほどに鼓動している。最悪の夢だ。

 あれは、私が初めて能力を知った時の夢。そして、初めて人を殺した夢。

 幼い頃の私は能力をコントロール出来ずにいた。

 能力の暴走は原則、事故として処理される。そして唯一の保護者である母を失った私は親戚の家を転々とした。能力の暴走は収まったがいつ再発するか分からないという理由で、私はいつもしいたげられていた。

 そして3年前、私は家を出て一人で生きることを決意した。お金は人を殺し奪った。生きるには外道に堕ちる他なかった。

 こうして私は指名手配犯のリストに名を連ねることとなった。罪状は『窃盗』と『能力違法行使及びそれによる致死』だ。捕まればまず死刑だろう。

「お早う。よく眠れたかね?」

「…誰?」

 いつの間にか寝室の入り口には男が立っていた。口調の割に見た目の齢は10代後半に見える。薄浅葱うすあさぎの着物に藍鉄あいてつ色の袴。紺碧こんぺきの羽織に金色の羽織紐。片手には白の扇子を持ち、笑みを浮かべていた。

「そうさな…誰と問われても、儂に名前はない。皆には『青天狗あおてんぐ』と呼ばれておった」

「青天狗…なんか古臭い名前」

「お前さんのゴシック調の衣服も大概じゃろうに」

「それで、天狗が私に何の用?返答次第では殺すけれど」

「物騒じゃのう。年相応の振る舞いをせんか。…まあ安心せい。別にお前さんの命を金に換えよう、なんぞ思っとらん。幼子おさなごなぶる趣味も持ち合わせておらぬ」

「随分と下に見られたものだわ」

「無論。その気になれば息をするよりもずっと容易く命を奪える」

「へえ?お強いのね」

「──試してみるか?」

 途端、全身に悪寒が走った。

 不味い。今ここで少しでも動こうものなら、確実に殺される。目の前の男からは、そういう覚悟と殺意を感じる。

「…儂に殺意を向けられてなお睨んできたのはお前さんで二人目じゃ。やはり儂の目に狂いはなかったのう」

 青天狗は呵々かか大笑たいしょうすると、私に扇子の先端を向けてきた。

伽藍がらんひとみ。儂と手を組む気はないか?」

「手を、組む…?」

「左様。生きるために金は必要不可欠。儂と手を組んで指名手配犯を殺せば、容易く稼げよう」

「そんなの、私一人でやるわ」

「『殺害報告書』もなしに殺してどうする?殺害報告書は国の認可が下りた一部の者しか書けぬ。しかしそれがないと懸賞金は受け取れんぞ」

「…そうね。貴方の言う通り」

 青天狗は私の言葉に共鳴するように強く首肯しゅこうした。

「そうじゃろう、そうじゃろう。どうじゃ、儂と組まんか?」

 ここで断ったって別に生きていける。命を狙われたって一人で生きていける自信がある。

 でも――。

「いいわ。組みましょう」

 私にはお金が必要だ。今さら手段を選り好みしている余裕はない。

 青天狗はその返答を聞いて、愉快そうに扇子を広げ扇いでいた。

「良し。善は急げじゃ。早速取り掛かるぞ」

 彼は背を向け桐で出来た二枚歯下駄をかこんかこん、と鳴らしながら部屋を出て行こうとした。

「ち…ちょっと待って。もう行くの?」

「無論じゃ。手をこまねいていると鳥獣共に横取りされるぞ」

 青天狗はそのままどこかへ行ってしまった。伽藍も慌ててベッドから立ち上がり、黒い傘を携えて廃墟を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る