人間は一人でいてはいけないのか?
「優香、私最近よく思うんだけど、人は一人でいる方が傷つかないし、誰も傷つけないし、幸せなんじゃないかと思うんだ」
ウイスキーの中で氷が動く音がすると、虚な瞳をしていた楓は唐突に話し始めた。
「楓、それは違うと思う。人間は一人じゃ生きていけないし…」
私は人と一緒にいる時間が好きで、本心からそう答えたのだが、楓は何故か困ったように笑った。
「優香もそれを言うんだ…。今までに三人ほど同じことを言った人に会ったけど、全員男性だったんだ。女性でもそういうこと言ったりするんだね。そういうことを言うのは、行動は理不尽で無責任なクセに、自分は正しいこと言ってる風な男性の特徴だと思っていたから…あっ、優香は全然無責任じゃないからね。あくまで、それを言った男性に対する感想だから…」
珍しく批判的な言葉を放ってはみたが、私に対しても失礼に当たるのではないかと思い直したのか、慌てて言葉を付け加えたようだった。それから、楓は私を見つめ、再び口を開いた。
「人は生まれてくる時は親の力を借りて生まれてくるけど、死ぬ時は結局一人だよね。例え、誰かに看取られてたとしても、最終的に一人で旅立つわけだから。それなら最初から一人でもいいのでは?と思ってしまったりもしていて…。」
「確かに、死ぬ時はそうだけど、旅の途中は誰かと一緒にいることが自然だし、その方が絶対楽しいと思う。誰とも関わらないなんて、生きてる感じがしなくない?」
何気なくそう言った私は、楓の冷ややかな視線に気がついた。
「アプリで知り合った、例のIT社長さんに言われたことなんだけど…『誰かに傷つけられたり、誰かを傷つけたりするとしても、人と一緒にいるべきだ。一人でいるべきじゃない』ってね。私にはヌクヌクと幸せに生きてる人たちの
「楓、いきなりどうしたの?」
楓の辛辣な言葉の連続に私は酷く驚いた。
「その社長の言ってること、私も正しいと思うけど?」
「優香たちが言うことが真実なら、私は半分死んでるってことになるね」
楓はガラス玉のような無機質な瞳で、口元だけ笑顔を浮かべていた。
「楓、何言ってるの?ウイスキー飲み過ぎた?楓はいつでもどこでも楽しそうだし、誰よりも生き生きしてるでしょ?」
「そう見える?でも、家族はいないし、地方を転々としてきた間に友達もほとんどなくしたよ。元カレの都合に合わせて海外と往復するために、正社員を辞めてキャリアも失ったし。残りの人生もきっと地方を転々とするだけだと思うから、今後もずっと一人だと思う。それって、優香に言わせると生きてる感じがしないってことだよね?」
楓の問いかけに私は狼狽えた。
「家族がいないって…?」
「あぁ、両親とも他界したって話してなかったっけ?」
楓は両親が結構な歳になってから生まれた一人娘だとは高校時代に聞いたことがあったが、再会してからは家族の話をしたがらなかったので、踏み込まないようにしていた。亡くなっているという話も勿論初耳だった。
両親が健在で、兄と妹とも仲が良い私には想像もつかない世界だ。
「いつ亡くなったの?」
「母は大学時代に癌で。父は5年前に心筋梗塞で」
元彼とは5年間付き合っていたと言っていた。時期的に父親を亡くした頃に付き合い始めたことになる。その男が支えだったのだろうか?
私は楓とは高校時代の友人だが、卒業後、10年以上連絡を取っていなかった。5、6年前に偶然再会して、ここ数年はかなり親しくしてきたつもりだったが全く楓のことを知らなかったということか。
こんな大事なことを全然話してくれなかったなんて…。楓が私に対して、少しも心を開いてくれてはいなかったということに気づかされて酷く落胆した。
「言ってくれたら良かったのに」
私の呟きに対し、楓は少しの間沈黙した。
それは、『言って何になるの?』と暗に言われているようでもあった。
「誰が悪いわけでもなく二人とも病死だから気にしないで」
少しの間の後、楓はいつものようにあっさりと笑顔で答えた。
楓は何に対しても無頓着で、悩みなど何も無さそうに見えたが、それは諦めからくるものなのかもしれないと思った。その笑顔に虚無感や心の闇を見たような気がして、私は底知れぬ不安を感じた。
案の定、楓は再び音信不通になり、その日から数年間、姿を消したのだった。
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