キスで遺伝子チェック?唾液による男女の攻防
二週間後、楓の第一声は
「IT社長に振られた」
だった。
事の始まりは第一回目の報告会前日、楓がスピリチュアル男子に驚愕した日の夜のこと。
待ち合わせの時間ちょうどに現れた彼は、長身、上品な雰囲気の漂うインテリ系で、楓の好みそのものだった。
相手もお酒を飲む人だと分かって、調子に乗って飲み過ぎた楓は、フラフラになり、銀座駅まで優しく送ってくれた彼に恋をしたらしい。
そして、珍しく自分からLINEを送ったそうな。
「2回目のデートはランチだったんだけど、その後ご自宅に招かれてね。何だか凄いタワーマンションに住んでてびっくりしちゃった。あの若さで、あんなとこに住んでいる人がいるんだなーって」
「自宅に行ったりして大丈夫だったの?」
昆虫男子と出会って5分で自宅を訪問した私が言える立場ではないが、楓の性格を考えると少し心配になった。
「大丈夫だよ。美味しいコーヒーを淹れてもらって、その後何話したか忘れたけど、情熱的なキスされただけだし…」
「何それ!?本当にキスだけで済んだの?」
簡単に女性を連れ込む男が、それだけで済ませるとはどうしても思えないのだが…。
「今日はここまでにしといてください!て言ったら止めてくれたよ。結構紳士だった」
…それを紳士と呼ぶのかは謎だけれど、まぁ良しとしよう。
「そこまで聞いた感じだと、楽しい恋の始まりってだけで、振られましたって話に繋がらないけど?」
「うん。その時は振られていないんだけど、その次のデートの後振られたの。他の人と付き合うことにしたんだって!」
それは御愁傷様…がしかし、思いの外、楓が明るい表情をしていることに気がついた。
「振られたって割に元気そうな様子じゃない?」
「うーん、何だろう。楽しかったし、少しだけ分かったことがあって…。その社長さんのキス、びっくりするくらい良くて!それで色々わかったんだ!」
「はぁ!?」
私は思わず大声で聞き返してしまった。
楓が若干照れながら補足した。
元カレとの間で、そんなキスをしたことは一度もなかった…というよりも、どちらかというとキスは苦痛で、大好きな人のはずなのにどうして?という思いをずっと抱えていたのだそうな。
「それは元カレのキスが下手くそで、金持ちの実業家は遊び慣れててキスが上手かったって話かい?」
「上手、下手も多少はあるのかもしれないけど、色々調べたら、女性は健康な子どもを残すために、遺伝子の欠損部位が被ってる人とのキスを気持ちよく感じない傾向にあるって…唾液で遺伝子チェックしてるんだってさ」
「あぁ、遠い遺伝子の相手ほど気持ち良くなるってわけか?」
「そうそう。男性には唾液による遺伝子チェック機能はないみたいだけど」
そうだとすると、男性にとってキスはあまり意味のない行為なのではないだろうか…
「じゃあなんで男性もキスしたがるのかな?」
「ああ、それはね。男性は相手が女性ホルモンをたくさん持っているかを検知したり、唾液で自分のテストステロンを女性に送り込んで、性欲を高めさせたりするんだって」
成程、それが本当なら、男性が女装家とディープキスしたら、相手が女でないという事実を見破ることができるというわけか…?
それにしても、キス魔の実業家め…楓に自分のテストステロンを送り込んで、真昼間から、その気にさせようという魂胆だったのか!
「その社長さんとキスした時に思ったの。どんなに愛情注いで信頼関係を築いた相手がいたとしても、このキス一つで私はあっさり乗り換えるかもしれないな…て。だからさ、それは男性にとっても同じで、唾液で遺伝子感知する能力がないにしても、それとは別に、何らかのセンサーを持ってて、それを感知した瞬間に別の人に乗り換えることもあるのかな…て妙に納得してしまって」
分からなくはない…。
性格や外見的な好みなどを飛び越えて、自分の中に眠っている遺伝子で惹かれることがあるのかもしれないと思った。
そうだとすると、どんなに相手のことを大事にしていても、努力していても、遺伝子の悪戯で、簡単に裏切ったり裏切られたりすることになる。
「何だか、ちょっと虚しいね…」
私たちはウイスキーを飲みながら、少しの間、物憂げな気分を味わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます