第11話 恋人がどストレートすぎて困ります!

恋人とシフォンケーキ


「――メル様? 手、止まってますけど」

「……え、あっ」

 私は、朝早くから離宮にあった簡易的キッチンでシフォンケーキを焼こうとメレンゲを作っていた。

「どうかされました?」

「いや、あの……ギルバード様とどんな顔で会えばいいのか、と思って」

 あの日、――告白された私はどうやって過ごしたのか思い出せない。というか恥ずかしくて思い出すたびに真っ赤になってしまう……。

「メル様は本当に可愛らしいですね。ふふっ」

「わ、笑い事じゃないのよ! 私は真剣に悩んでいて……どうしたらいいのか」

「いつも通りでいいんじゃないですか? 副団長様もきっとそう思われますよ」

 そ、そうなのかな。でも、その“いつも通り”がどんな風だったのか思い出せない。

「……頑張る」

 メレンゲが出来上がるとさっき混ぜ合わせておいた卵黄と小麦粉やベーキングパウダーに似た粉の中にメレンゲを合わせて二つの型に流し入れた。

 そうして焼き窯に入れて焼き上げると、膨らんだふわふわのシフォンケーキが出来上がった。

「美味しそうですね!」

「でしょう? もう少し冷めたら一緒に食べましょ?」

 侍女さんに紅茶を淹れてもらってお茶を飲んでいると騎士服姿のギルバード様が部屋の中に入ってきた。

「メル、おはよ」

「お、おはようございますっ……は、早いですね」

「そうか? いつもと同じ時間に来たんだが……」

 そうだけど、いつもと同じだけど……私の心の準備が、まだでして!

「ふふっ、メル様。先程作った焼き菓子を食べていただいたらどうでしょうか」

「あっ、うん。そうだね! ギルバード様、ちょっと座って待っていてください」

 私は彼から逃げるようにキッチンに行くと、冷めているシフォンケーキを切って三つの皿に乗せてからマーマレードを乗せた。

「お待たせしました! これがシフォンケーキですっ」

 ギルバード様が座っているテーブルにトレーに乗せて運ぶ。すると、早速彼が口に入れて口をモグモグさせている。

「普通のケーキみたいだが……すごくふわふわしていて美味い」

「本当ですか?」

「ああ、とても美味い。メルの作るものは全て美味いよ。そうだ……今日も可愛いな、メル」

「へっ!?」

 ギルバード様は照れもせずに不意打ちでそんなことを言った。ド直球にそんなこと言わないで……。

「本当に今日も天使のようだ」

「……!?」

「――少し抱きしめてもいいだろうか」

 ぎ、ギルバード様どうしちゃったの!? でも、侍女さんがいるし……

「侍女殿は先程奥に下がった。だから大丈夫だ」

「えっ、でもギルバード様今から出勤では?」

「時間には余裕がある。時間は気にしないでいいんだよ……さ、おいで」

 そう言ってギルバード様は、両手を広げた。これは、飛び込めってことでしょうか……。

「あの、ギルバードさま……あの」

「なぜ、来ない?」

「いや、だって……あの」

 私が戸惑っているとギルバード様は立ち上がり私に近づく。

「ギルバードさ――」

 彼は私をぎゅっと抱きしめると髪にキスを落とした。

「ぎっ、ギルバード様っ」

 体が熱っていくのが分かる。も、もうっ! 顔、絶対赤い。顔あげられない。

「メルは可愛いな、耳が真っ赤だ」

「っ〜〜」

「本当に可愛い、天使のようだ」

「……っ……」

「――昼にまた来る」

 私はドキドキして仕方ないのに、ギルバード様は平然とした顔をしてここから出て行ってしまった。



 ***


「メル様? 大丈夫ですか?」

「……え、あっ! リー様!?」

「ごきげんよう」

 爽やかに笑顔を見せたリー様は、今日も美しい。本当、目の保養だわ……はぁ。

「どうかされまして? もしかして、副団長のことかしら……?」

「あっ、いや……違くて、いや違うくないんですがっ」

「……ん? その様子だとうまく行ったみたいですね。よかったわ〜ふふ、そうだわ、エルサ。あれを」

 リー様は、後ろにいた侍女に声をかけると、手紙をテーブルの上に置いた。

「今度、私の婚約パーティーがあるの。メル様にも来ていただきたいわ」

「私も参加してよろしいのですか?」

「ええ! もちろんですわ……ただ、お客様には男性もいらっしゃるの。大丈夫かしら」

 リー様は申し訳なさそうにそう零した。

「……大丈夫です、きっと。それにお友だちの婚約パーティーですもの、行きたいです」

「嬉しいわ! パーティーの前に婚約者ウィリアム様を紹介いたしますね」

 いつもは凛としているリー様も婚約者様の話をするときは頬を赤らめさせて恋する乙女に見える。

「楽しみにしていますね」


 ――それから数日後のこと。

「紹介いたしますわ、メル。こちらがウィルです」

「お初にお目にかかります、エミベザ国聖女様。エレットロニカ王国王太子・ウィリアムと申します」

 この人がリー様の婚約者様か……美形だ。

「っ私は、メル・フタバ・セダールントと申します」

 私は、膝を折りドレスを摘む。

「この度は婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます……失礼ですが、聖女様は“旅の人”ですか?」

 旅の、人……?

「すみません。異界からやってきた方ですか? エレットでは異界の人間を“旅の人”と言うんです」

「そちらの国には、異界からやってきた方がいらっしゃるのですか?」

「はい、エレットにはなぜか異界人がやってくるゲートがあるのです」

 異界人……私と同じ故郷の人がいるのかもしれない?

「正しくどのくらいいるのかはわかりません。ですが、旅の人の末裔もいらっしゃいます。私が知っているのは三人ですが」

「そんなにいらっしゃるのですか?」

「はい、そうなんです」

 そっか、同じ空の下にそういう人いるんだな。そう思ったらとても嬉しくなる。

「……会いたいですか?」

「そう言うんじゃないんですが、なんだか安心して……素敵な話してくださってありがとうございました」

「いえっ、私はそんな……ですが喜んでいただけて嬉しいです。こちらこそありがとうございます」

「今夜、楽しみにしていますね」

「ありがとうございます」

 そう言うと、王子様は微笑み退出していった。

「メル様、ありがとう。副団長と仲良くいらっしゃってくださいね」

 リー様にそう言われ、今日のお茶会はお開きとなった。彼女が嫁ぐまであと一週間、あと何回リー様とお茶ができるのかな。



 


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