第249話 自得の旅(前編)
年が変わる前に、ユーレフェルト王国という国は消滅した。
王城が建っていた丘の形が変わるほどの砲撃を見せつけられれば、それに抗って戦いを挑もうと考える者はほんの一部の者に限られた。
かつての第二王子派、ビョルン・ザレッティーノ伯爵は、フルメリンタへの恭順を拒否して居城を軍勢に囲まれた。
湖を天然の水堀とした居城を攻め落とすには時間が掛かると思われたが、フルメリンタの砲撃部隊の一部が派遣されて砲撃が始まると、あっさりと城の方から降伏の申し出があった。
フルメリンタ側の使者が城へと入ると、内部では兵士による反乱が起こり、伯爵家の人間は皆殺しにされていた。
ザレッティーノ伯爵以外にも、抵抗の姿勢を見せる貴族はいたが、本気で抵抗しようと考えている訳ではなく、少しでも有利な条件を引き出すためのポーズでしかなかった。
銃、大砲、火薬を用いた新しい戦術による圧倒的な戦力差は、フルメリンタへ寝返る動きを加速させ、王城の陥落を機に勝敗の趨勢は決した。
ユーレフェルトの西方、ミュルデルスとマスフォの二ヶ国は、どさくさ紛れに国土の拡大を画策したが、フルメリンタの勝利が想定以上に早く決したことで手を引かざるを得なかった。
宰相ユド・ランジャールは、ユーレフェルトの王城が陥落した頃から部下の文官を次々に送り込み、占領地域のフルメリンタ化を推し進めていった。
フルメリンタに恭順を誓った元ユーレフェルトの貴族は、戦争が終了すると僅かな手勢を率いてフルメリンタの王都へ向かうように命じられた。
降伏後の爵位、領地を確定し、フルメリンタ国王レンテリオから叙任を受けるためだ。
その際、元ユーレフェルト貴族の子息は、全員フルメリンタの現在の王都ファルジーニにある学園で学ぶように命じられたそうだ。
フルメリンタ貴族として相応しい教育を受けさせる……というのが表向きの理由だが、実質的には人質だ。
元ユーレフェルト貴族にとっては屈辱的な命令ではあるが、当然ながら逆らう術はない。
少しだけ救いがあるとすれば、学園はいずれ遷都と共に新しい王都に移されることだろうか。
現在の王都は古くからのフルメリンタの王都だが、新しい王都はフルメリンタとユーレフェルトが長年に渡って領有権を争っていた中州周辺となる。
元々の自分たちの領土にある学園に通うと考えれば、ほんの少しだけ気分が楽になるだろう。
それに、希望をすれば俺の痣を除去する施術も受けられるようになる。
俺がフルメリンタに引き渡されて、ユーレフェルト貴族が施術を受ける機会は失われていたが、閉ざされていた道が再び開かれたのだ。
『蒼闇の呪い』と呼ばれる痣を目立つ場所に持つ子供にとっては朗報だろう。
そして、宰相ユドの話では、遷都が完了した後はフルメリンタの東の隣国カルマダーレだけでなく、西の隣国になるミュルデルスとマスフォからも留学生を受け入れるそうだ。
留学生の目的は、俺の施術によって痣を取り除くことだが、こちらも戦争状態となれば人質の役割を果たす。
宰相ユドからは、俺の役割は痣を取り除く別の方法が見つかるまで、更に重要になると言われた。
そして、戦のゴタゴタも落ち着き春が訪れる頃、俺たちは元ユーレフェルトの王都エスクローデを訪れる旅に出た。
旅のメンバーは、召喚されて生き残った七人と俺の息子和斗、アラセリで、二台の馬車に分乗していく。
その他に八人の騎士、不測の事態に備えた物資を積んだ幌馬車一台、兵士八人が同行する。
俺たちが最初に向かったのは、新川と三森が戦争奴隷として働かされていた鉱山だ。
とりあえず埋葬しただけのクラスメイト達をちゃんとした形で埋葬しなおして、慰霊碑を建てる予定でいる。
慰霊碑の建立については、新川が宰相ユドから許可状を貰っている。
許可状には、亡くなった五人を奴隷から解放し、身分を回復することも書き添えられているそうだ。
目的地の鉱山は、東西に延びる街道を外れて、北の山脈にあるそうだ。
俺たちの乗る馬車は、王家の紋章こそ入っていないが見るからに上質な造りで、しかもフルプレートの鎧に身を包んだ騎士が護衛に付いているから目立つ。
田舎の集落などでは、沿道に見物の村人が集まってくるほどだ。
細い山道を進み、坑道の入口近くに作られた集落では、明らかに場違いな存在だった。
「ようこそいらっしゃいました。キリカゼ侯爵」
「お騒がせして申し訳ありません、ビンダーラ男爵」
「とんでもございません。宰相殿より用件は窺っております」
俺たちを出迎えたのは、この鉱山を含む一帯を治めているビンダーラ男爵だ。
宰相ユドからの情報では、先代の頃に民衆が反乱を起こしかけ子爵から男爵に格下げ、転封の憂き目に遭い、復権のための出世欲が強い人物らしい。
俺はこの後の作業のために汚れても良い格好をしていたのだが、慇懃な態度で接してきた。
そして、その態度は元戦争奴隷である新川と三森に対しても同じだった。
「ようこそおいでくださいました、シンカワ子爵、ミモリ子爵」
「ご面倒をお掛けします」
「ご無沙汰してます……」
新川と三森は、ビンダーラ男爵とは初対面ではない。
奴隷から解放された直後に、火薬の情報を伝えるために何度か顔を合わせているそうだ。
ただし、当時は領主と奴隷上がりという立場だったので、見下されて腹の立つ口の利き方をされたそうだが、今日は立場が逆転している。
名誉子爵ではあるが、新川と三森はフルメリンタの子爵であり、ビンダーラ男爵よりも格上の立場にある。
ビンダーラ男爵は卑屈なほどに腰の低い態度で新川と三森を出迎えたが、傍から見ると目が全く笑っていない。
まぁ、出世欲が旺盛な男が、元奴隷よりも格下になれば腹が立つのも無理はないだろう。
ビンダーラ男爵との挨拶を終えた新川と三森は、鉱山の入口を感慨深げな表情で見上げていた。
「いくぞ、三森、霧風」
「おう、どっちだ?」
「こっちだ」
新川と三森が二つ、俺が一つ蓋付きの壺を抱えて、建ち並んでいる質素な造りの小屋の裏手の方へと足を向けた。
敷地と森の間辺りに、枯れた雑草の中に傾いた丸太が四本立っていた。
よく見ると、もう一本倒れた丸太が転がっている。
「ここか?」
「あぁ、奥から高坂、南雲、えっと……」
「内山田、広川、国崎だ」
新川を補足して、三森がそれぞれの墓碑の下に埋まっているクラスメイトの名を呼んだ。
「まずは黙祷しよう……」
「待って、私達も一緒に」
馬車から降りてきた富井さん、和美、菊井さん、蓮沼さん、アラセリと和斗も一緒に黙祷した。
黙祷を終えた新川と三森は鼻をすすり、目が潤んでいるように見える。
正直に言うと、俺はまだ実感が湧いていないというか、現実とは思えないでいる。
「じゃあ、始めるぞ」
黙祷を終えた後、新川は地面に両手をついて目を閉じた。
墓標の下の土が蠢き始めて、まるで泡立つ水面のように動いたかと思うと、土にまみれた骸骨が姿を現した。
新川が魔法で土を操作して、骨だけを地上へと引き上げたのだが、やはり強い腐臭が辺りに漂った。
「国崎……」
三森が現れた全身の骨を水の魔法で一つ一つ洗い清めてから骨壺へと納めていく。
俺たち男子高校生の骨が、こんな小さな骨壺に納まるのか不安だったが、本来丈夫なはずの大腿骨でさえ、少し力を入れただけで折れてしまった。
確か、国崎はテニス部に所属していて、クラスの中でも運動神経が良かったように記憶している。
その国崎の骨が、こんなに脆くなっているのは、土の下に埋葬されていたからではなく、まともな食事も与えられずに扱き使われていたからだろう。
日本に居た頃の国崎の姿と、骨になってしまった姿のギャップが埋められずにいたが、ボロ泣きしている三森を見て現実なのだと思い知らされ涙が溢れてきた。
もう少し、自分にも出来ることがあったのではないか、救う手立てがあったのではないかと思うと胸が苦しくなった。
国崎の遺骨を収集し終えたら、次は内山田の骨を掘り返す。
内山田の骨も、国崎同様にボロボロだった。
五人の遺骨の収集を終えると、新川は地均しを始め、水平を確認しながら寸法を測って地面を掘り始めた。
三森と俺は兵士達の手も借りて、馬車に積み込まれていた石材を運ぶ。
新川が地均しした所に、俺と三森も手を貸して日本風の石室と墓石を建てた。
墓石は話が決まった後、俺がフルメリンタに来てから知り合った石工さんに頼んでおいたもので、表面には家名ではなく鎮魂の碑、後ろ側に五人の名前を刻んでもらった。
高坂翔太、南雲伸二、内山田光雄、広川幸樹、国崎漣。
たぶん、漢字の誤りは無いと思うが、間違っていたら俺たちが死んだ後であの世で謝ることにする。
墓を建て終えた後、これも特注で頼んだ線香を手向けて冥福を祈った。
「すまねぇ……俺達だけ助かって、すまねぇ……」
線香を手向けた後、三森はその場に蹲り、絞り出すような声で五人の友に謝罪の言葉を繰り返した。
「誰も恨んでなんかいないよ。拓真も新川も必死だったんだろう。いや、ここに居るみんなは必死の思いで生き残ってきたんだ。誰も恨まれることなんかしてないよ」
「多恵……うぅぅぅぅ……」
三森は富井さんの胸に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくっていた。
きっと五人は新川も三森も恨んでなんかいないと思うけど、たぶん空の上から三森は爆発しろとは言われてるだろうな。
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