第247話 虚しい伝令
デヴォル・クレジュカは、男爵家の五男として生を受けた。
男爵家の五男坊なんて、裕福な平民よりも遥かに貧乏だ。
長男、二男は家督を継ぐか、不測の事態に備えるという意味で配慮されるが、三男以下の扱いなどは平民以下と言っても過言ではない。
家を継げる見込みが無いならば、自分で家を興すか、食うための術を身につけるしかない。
幸い、デヴォルは丈夫な体に恵まれていたので、王国騎士を志した。
貧乏男爵家ではコネも使えず、実力だけで成り上がるしかない。
デヴォルは厳しい訓練に耐え、戦闘技術で頭角を現し、王国騎士として叙任を受けた。
しかも、訓練の様子を視察に来た第一王子アルベリクに見出され、近衛騎士の一角に潜り込むことが出来た。
つまりデヴォルは生粋の第一王子派であったのだが、アルベリクはワイバーンの渡りからの復興状況を視察中に暗殺されてしまう。
守るべき王族を失い、近衛の任を解かれたデヴォルだが、王国騎士としてアルベリクの母シャルレーヌと妹ブリジットだけは守ると心に決めていた。
フルメリンタの軍勢が王都エスクローデに迫る中、デヴォルは重要な任務を言い渡された。
女王となったブリジットと宰相ベネディットの連名による派兵の命令書をジロンティーニ公爵家へと届けるものだった。
任務を言い渡した騎士団長の話によれば、既にジロンティーニ公爵家では派兵の準備を進めており、後は機会を見計らうだけになっているらしい。
デヴォルの仕事は、フルメリンタが提示した攻撃までの最終期限の前に王都を出立し、二十日後にフルメリンタ背後を突けるようにジロンティーニ公爵家に伝えることだ。
「いいか、デヴォル。例えフルメリンタが攻め込もうとしても、我々が跳ね除けておくから安心して命令書を届けろ」
「はっ! 命令書を届けしだい、急いで戻って参ります」
「別に急ぐ必要など無いぞ。馬を労りながら、ゆっくり戻って来い」
「了解です!」
余裕の笑みを浮かべている騎士団長に見送られ、フルメリンタが提示した最終期限の二日前に王都を発ったデヴォルは、一路西へと馬を走らせた。
ジロンティーニ公爵家の領都の屋敷までは、馬を飛ばせば二日で辿り着ける距離だが、デヴォルは騎士団長の言葉に従い、馬を労りつつ三日掛けて到着した。
命令書を渡し、その晩はジロンディーニ家の騎士団の宿舎に泊まり、翌朝王都に向かって出発した。
命令書は無事に届けられたし、後は王都に戻ってフルメリンタを追い払うだけだとデヴォルは考えていたが、出発した翌日に異変を感じることになった。
王都へと続く街道を西に向かって進む避難民の行列と出くわしたのだ。
進むほどに避難民の数は増え、馬を走らせるのも困難になってきた。
道端で休息している避難民から話を聞くと、既に王都の門は破られて、フルメリンタの軍勢が入り込んでいるらしい。
王都の四方に設置された頑丈な門が、そんなにあっさりと破られる訳がないと、デヴォルは信じられない思いで話を聞いていたが、他の避難民も門は突破されたと口を揃えて話した。
デヴォルは焦る気持ちを抑えて、避難民を跳ね飛ばさないように気を付けつつ、出来る限りの速度で馬を東へと進めたが、王都に辿り着けたのは三日目の夕刻だった。
王都が見える以前から、大気を震わせる砲撃の音が響いていて、その頃にはすれ違う避難民も疎らになっていた。
「そんな、馬鹿な……」
夕日に照らされた王都の風景を目にして、デヴォルは言葉を失った。
見慣れていた王城の建つ高台の形が、砲撃によって変わってしまっていたのだ。
切り立っていた南側の崖が崩れて、なだらかな斜面のようになってしまっている。
当然、斜面の上に建っていた城の一部も粉々に破壊されてしまったようだ。
南側の崖下には国軍の施設があるはずだが、城壁によって見えない部分がどうなっているのか想像するだけでデヴォルは体が震えてくるのを止められなかった。
台地の形が変わってしまっているのに、砲撃はまだ続けられている。
デヴォルが見守っている間にも、残されている建物が着弾の土煙と共に崩れていく。
「止めろ、止めてくれ!」
誰にともなく叫びながらデヴォルは馬を走らせたが、そこで改めて気付いたことがあった。
台地の西側から城へと上がる通路が破壊され、跡形も無くなっていた。
西側の崖も崩れて、形が変わってしまっている。
「シャルレーヌ様、ブリジット様!」
敬愛する二人の名を呼びながら馬を走らせたデヴォルは、西門に辿り着いた所で又しても言葉を失った。
頑丈な門の扉は開け放たれ、門を守っているはずの兵士の姿はどこにも無かった。
詰所の内部も滅茶苦茶に荒らされていて、酷い有様だ。
西門を抜けた先には大通りが続いていて、その先には城の台地へと上がる通路の登り口が見えるはずなのだが、あるのは崩れ落ちた岩や土砂だけだ。
デヴォルは城のある台地に向かって馬を進めるが、大通りの両側に見えるのは略奪されたり焼け落ちた商店ばかりで、住民の姿は見当たらない。
城の間近まで馬を進めたところで、ようやくユーレフェルトの兵士の姿を見つけた。
「戦況はどうなってる!」
「話にならねぇよ、近付くことすら出来ねぇんだからな」
普段なら騎士に対しては姿勢を改めて敬礼してから返答するはずだが、疲れ果てた表情の歩兵はお手上げだとばかりに両手を広げて戦況を語った。
フルメリンタは、強固な砲撃陣地と補給路を確保すると、その場から一方的に砲撃を続けているそうだ。
砲撃を止めるために、何度も陣地に向かって突撃が繰り返されたが、銃撃によってことごとく失敗に終わり、悪戯に兵を死なせているだけらしい。
「女王陛下は御無事なんだろうな!」
「さぁ、そんなの下っ端の俺らには分かりませんよ」
「司令部はどこだ!」
「たぶん、あっちじゃないっすか」
兵士は北の方角を指差したが、司令部が何処にあるのかも把握できていないらしい。
デヴォルは台地の北側に回り込むように馬を走らせながら、出会った兵に訊ね、ようやく仮設の司令部に辿り着いた。
混乱するというよりも、既に諦めムードすら漂っている司令部を率いていたのは、王都の西側を担当する第三師団長だった。
騎士団長や第一、第二師団長の安否は不明、東側の通路も破壊されて城との連絡は途絶した状態らしい。
「そうか、ジロンティーニ公爵家に派兵命令が下ったのだな。それで、兵は何時到着するんだ?」
「それは……早くても十日後ぐらいかと」
「なんでだ! なぜそんなに時間が掛かる! それまで待っていたら城は更地になってしまうぞ!」
「私が出立した時には、騎士団長は急ぐ必要は無いとおっしゃっていて……」
「もう一度だ」
「えっ?」
「馬を替えて、もう一度ジロンディーニ家に行き、今すぐ兵を出立させるように伝えろ!」
「しかし、今から戻ったところで……」
「では、何もせずに滅びるのを待つのか? 命令書が作れない今、先の命令書を届けたお前が行くしかないだろう。急げ!」
「はっ!」
第三師団長に尻を叩かれて、デヴォルは馬上に戻って西を目指して出立した。
もはや一刻の猶予も無いので、夜も馬を走らせるつもりでいる。
ただ、途中の街や村で替えの馬が手に入るかどうか分からないので、あまり無理もさせられない。
途中で馬を休め、自分の体も休めながら、デヴォルはひたすら西を目指す。
次に王都エスクローデに戻った時には、王城の建つ大地は無くなっているのではないかという不安を押し殺しながら、デヴォルは馬を走らせ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます