第234話 拭えない現実

 その日、ユーレフェルト王国の女王ブリジットが即位宣言を行った広場には、民衆の怒りが渦巻いていた。

 広場の中央には処刑台が設置され、集まった民衆は罪人の到着を今か今かと待ちわびている。


 この日行われるのは、オーギュスタン・ラコルデール公爵と、その息子で王配のアリオスキの処刑だ。

 ラコルデール公爵領の接収に失敗したと知った女王ブリジットは、即座に二人の処刑を命じた。


 それも、民衆の面前で罪を問い、斬首するように命じたのだ。

 オーギュスタンの裏切りに対するブリジットの怒りは、凄まじいものがあった。


 父である前王が急逝したのも、オーギュスタンとベネディクトが仕組んだ暗殺だと分かっていたが、それでも国の行く末を考えれば止むを得ないと納得した。

 だが、王位に就くと決まった後も、オーギュスタンのフルメリンタに対する煮え切らない態度には納得できずにいた。


 極めつけは、戴冠式における傀儡のごとき扱いだった。

 余計な事はするな、喋るな……それでは父を排してまで王位に就く意味が無い。


 ブリジットは、即位宣言の時にオーギュスタンの指示に背き、関係は決定的に悪化していた。

 それでも、ラコルデール公爵家は祖母の生家であり、旧第一王子派を支える旗印でもあったので、フルメリンタへの反攻を条件に関係を改善しても良いと思っていた。


 アリオスキとも体を交えて、その子供を産んでも良いと思っていた。

 それだけに、フルメリンタとの内通は決して許されざる行為だった。


 捕らえられたオーギュスタンへの処遇は苛烈を極めた。

 連日行われた事情聴取は拷問というのが相応しいレベルで、公爵家の当主として権勢を振るっていたオーギュスタンが、下履き一枚の格好で鞭打たれ、冷水を浴びせられた。


 文官であるオーギュスタンが拷問に耐えられるはずもなく、フルメリンタとの密約を全て白状しても、まだ隠し事があるはずだと疑われ、追及の手は止らなかった。

 アリオスキも事情を聞かれたのだが、こちらは父であるオーギュスタンから何も聞かされておらず、知らないと答えるしかなかったのだが、取調官は納得しなかった。


 その結果として、アリオスキは父親以上に厳しい追及を受け、精神的に壊れかけていた。

 縄を打たれて刑場へと引き出された二人は、まるで幽鬼のごとき有様だったが、その姿に同情する者はいなかった。


「この裏切り者!」

「フルメリンタの犬め!」

「地獄に落ちろ、売国奴!」


 兵士に槍を突き付けられて、ヨロヨロと歩みを進める二人に罵声が豪雨のごとく降り注いだ。

 既に、ラコルデール領がフルメリンタの手に落ちてしまった事は、民衆の間にも広まっている。


 一年前には、遥か東方だったフルメリンタとの国境線は、早馬を飛ばせば二日の距離にまで迫っている。

 王都の民衆にとっては、喉元に刃を突き付けられているようなものだ。


 その原因を招いたのが、かつて三大公爵家と呼ばれ、国を支え、それ以上に多くの恩恵を受け取っていたラコルデール公爵とその息子では、民衆が怒りの声を上げるのも当然だ。


「これより、国を裏切った大罪人の処刑を執り行う! まずは、アリオスキ・ラコルデール! この者は王配という立場にありながら、国を裏切り、宿敵フルメリンタと内通していた。言語道断である! よって、打ち首の刑に処す!」


 断頭台は、跪いた状態で体を前に倒させ、首を突き出すように木枠で肩を固定するように作られている。

 民衆から見えやすいように、二メートルほどの高さの台上に据えられた断頭台の下までは大人しかったアリオスキだが、台に上らされる時になって暴れ始めた。


「嫌だ! 死にたくない! 僕は何も知らなかったんだ!」

「往生際が悪いぞ、さっさと上がれ!」

「嫌だぁぁぁ! 僕は悪くない! そうだ、みんな父さんのせい……ぐふぅ」


 アリオスキは殴られながらも泣き喚き、断頭台に上がるのを拒み続けていたが、屈強な兵士に抱え上げられて木枠に固定された。


「嫌だぁ! 助けてぇ! 僕は王配だぞ、こんなの間違ってる!」

「早くぶっ殺せ!」

「いいや、たっぷりと恐怖を味わわせてから殺せ!」

「そうだ、裏切り者の親父を良く見える所に引っ張って来い!」


 民衆の声を聞いた兵士がオーギュスタンを処刑台へと引っ張り上げて、アリオスキの横に跪かせた。


「助けて、助けてよ、父さん!」

「すまん……」

「なんでだよ! なんで裏切ったんだよ、僕が、僕がこの国の王になるはずだったのにぃ!」

「ふっ……どうせ、この国はもう終わりだ」

「ふざけるな、あんたが裏切ったからだろう! ちくしょう、みんなあんたのせいだ!」


 喚き散らすアリオスキの顔の横に、ゴトンと重たい音を立てて戦斧の刃が置かれた。

 ピタリと口を閉じ、恐る恐る見上げたアリオスキの視線の先には、身の丈二メートル近い巨漢の兵士がニヤリと酷薄そうな笑みを浮かべていた。


「執行!」


 合図と共に巨漢の兵士は軽々と戦斧を振り上げた。


「嫌だぁ! 死にたくない、死にたく……」


 ズドンという音と共にアリオスキの首が飛び、噴き出した血飛沫がオーギュスタンの顔を朱に染める。

 集まった民衆は熱狂し、地響きするような歓声が広場を支配した。


 処刑の様子を女王ブリジットは即位宣言を行ったテラスから見守り、満足げな笑みを浮かべた。

 オーギュスタンの目の前で、アリオスキが恥も外聞も無く取り乱し、無様に首を打たれたのを見て、手を叩いて喜びを隠そうともしなかった。


 首を失ったアリオスキの遺体が片付けられ、転げ落ちた息子の首を呆然と見つめていたオーギュスタンが、兵士に髪を掴まれて立たされる。

 断頭台に据え付けられる直前、オーギュスタンの視線がテラスに立つブリジットの姿を捉えた。


 食事もろくに与えられず、連日苛烈な取り調べを受けていたオーギュスタンの瞳からは、生きる気力すら失われているようだったが、その時ばかりは光が戻った。

 それまで老人のように丸まっていた背筋をすっと伸ばし、オーギュスタンは集まった民衆に呼び掛けた。


「聞け、王都の民よ! 命が欲しくば、秋の収穫が終わる前に逃げ出せ! ユーレフェルトにフルメリンタの新兵器を止める術は無い! この国は終わりだ!」


 数瞬、民衆は息を飲んだように静まり返った後、罵声と怒号を爆発させた。


「ふざけるな! 手前の無能さを棚に上げて何ぬかしてやがる!」

「この裏切者! お前がユーレフェルトを窮地に追い込んでるんだろうが!」

「死ね! さっさと死ね!」

「息子みたいに惨めったらしく命乞いをしてみろ!」


 罵声を浴びせられながらも、オーギュスタンは勝ち誇ったように胸を反らして笑みさえ浮かべてみせた。


「聞け! ……次にこの場に上がるのは、ベネディット・ジロンティーニか、ブリジット・ユーレフェルト、貴様だ! うははははは……がはっ!」


 ブリジットを見据えて高らかに笑ったオーギュスタンは、兵士に鳩尾を殴られ、叩き付けるように断頭台へと据えられた。


「ふはははは……終わりだ、ユーレフェルトはもうすぐ地図から消えて無くなる。終わりだ、終わりだ、ふはははは……」

「執行!」


 再びズドンと重たい音が響き、オーギュスタンの笑い声は途切れた。

 だが、血飛沫が舞い、オーギュスタンの首が転がっても、アリオスキの時ほどの歓声は上がらなかった。


 オーギュスタンを処刑したところで、フルメリンタの脅威が無くなる訳ではない。

 突き付けられた現実が、広場に集まった民衆にズシリと圧し掛かった。

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