第221話 縁組

 貴族にとって結婚とは政治であり、貴族の家に生まれた娘はそのための道具である。

 ローレシア・ノルデベルドもユーレフェルト王国の辺境伯爵家に生まれ育ってきたので、そうした状況は十分に理解している。


 その上で、自分の伴侶となる人物には、自分以上の強さを求めているのだ。

 ノルデベルド辺境伯爵家に生まれたローレシアは、幼い頃から女の子らしい遊びよりも剣術や槍術に興味を示した。


 北部の山岳地域に有る領地では、魔物や獣の被害を防ぐために、騎士達は訓練を欠かさない。

 体を張って領民や領地を守る騎士たちの強さこそが、辺境伯爵家には必要なのだと幼い頃から思い続けてきた。


 そしてローレシア自身も剣や槍を手にして、男の子に混じって鍛錬を積んで来た。

 ローレシアには三つ年上の姉が居て、こちらは才色兼備のどこに出しても恥ずかしくない令嬢として育っていたので、辺境伯爵も大目に見続けてきた。


 その結果、ローレシアは『北の剛腕令嬢』などと呼ばれるようになってしまった。

『剛腕令嬢』などと呼ばれているが、ガチムチな体型をしている訳ではない。


 武術の才と突出した身体強化魔法によって、ローレシアは自分よりも体の大きな騎士達を圧倒してしまうのだ。

 ローレシアの腕前は、貴族の家の騎士団においては騎士団長を務めるクラスなので、嗜み程度に鍛えている子息程度では歯が立つはずもない。


 これまでにも何度か縁談があったのだが、ローレシアのお眼鏡に叶う人物はいなかった。

 そのローレシアに、新たな縁談が持ち込まれた。


「バットゥーダ伯爵ですか?」


 父ブローリオから釣書を受け取ったローレシアは、聞き慣れない伯爵の名を聞いて小首を傾げてみせた。


「新興の伯爵家だ。先の戦において大きな戦功を残したそうだ」

「ほう、それはそれは……」


 戦功を上げて貴族となった相手と聞いて、舌なめずりでもしそうに口許を緩める娘を見て、ブローリオは頭を抱えたくなった。


「また手合せを望むのか?」

「場合によっては……ですわ」

「はぁ……我が家はユーレフェルト王国の北東の国境を守ってきたが、今や東隣りは同じ国となった。もはや辺境ではないのだぞ」

「父上、国境が遥か西になっても、山の魔物や獣の脅威に変わりはございません」

「だとしても、其方の役割は魔物や獣と戦うことではなく、良き縁をもたらすことだ」

「軟弱な領主の家が、良縁であろうはずがございません」

「はぁ……とにかく、この縁談は宰相ユド・ランジャール殿の肝煎りだ。断るならば、相手を怒らせずに納得させよ」

「心得ました」


 フルメリンタ貴族の縁談は、婚約という形で嫁や婿となる人物が相手の家を訪れて生活を共にして、問題が無ければ挙式という形になる。

 当然ながら、この婚約期間に肉体的な関係が結ばれれば、自動的に挙式への流れとなる。


 今回は、ローレシアがバットゥーダ家を訪れて、ヤ―セルと生活を共にする。

 ローレシアは、長年身の回りの世話を任せている侍女のサニタと共に馬車に揺られてバットゥーダ伯爵領を目指した。


「お嬢様、今回こそは大人しくなさって下さいよ」

「それは相手次第だな。噂では竜神の加護を持つ者などと呼ばれているそうだが、人の噂ほど当てにならぬ物はないからな」

「はぁ……今回も出戻りかなぁ」

「相手に会わぬうちから縁起の悪いことを口にするな」

「毎回、大暴れして追い返されるお嬢様が言っても説得力がありませんよ」

「相手が貧弱なのが悪いのだ」

「お嬢様の許容範囲が狭すぎるんです。これじゃあ、私も嫁にいけないじゃないですか」

「別に私に構わず相手を見つければ良いではないか」

「ノルデベルド領で結婚して、お嬢様が他の領地へ嫁がれたら付いていけないじゃないですか」

「別に、身の回りの世話など……」

「駄目です。お嬢様のお世話は私の仕事ですから」

「ふふっ、それならば私に見合う男を連れて来るのだな」

「はぁ……」


 道中、溜息を連発していた侍女のサニタは、バットゥーダ伯爵家で出迎えたビルバオの顔色の悪さを見て、今回も早々に帰る事になりそうだと感じた。

 屋敷の者に手を借りて、サニタが荷物の運び入れをしている間に、ローレシアはヤーセルとの対面を済ませて部屋へ戻って来た。


「いかがでしたか、お嬢様」

「ふむ、何というか普通だな」

「普通……ですか?」

「そう、これまでの相手は対面の時から尊大であったり、媚びてきたり、自分を大きく見せようとする者ばかりだったが、ヤーセル様は変に飾ったところが無い人だった」

「そ、それで、強そうなんですか?」

「いや、武術の腕前は十人並みよりも劣ると言っておられた」


 ローレシアの言葉を聞いて、サニタはガックリと肩を落した。


「はぁぁ……では、荷ほどきは中止しますか?」

「いや、進めてくれ」

「えっ、よろしいのですか?」

「うむ、ヤーセル様がな、こう申されていたのだ。宰相殿は、ヤーセル様のことも、私のこと御存じの上でこの縁談を進められた。だとすれば、ヤーセル様と私に釣り合うような強さがあるのではないかと……それを見てもらえないかと……」

「それでは、ヤーセル様には武術以外の強さがあると?」

「さて、それは見てみないことには分からぬよ」


 ローレシアの言葉を聞いても半信半疑だったサニタは、荷ほどきを半分だけ進めることにした。

 その日の晩、夕食の前にサニタはヤ―セルと顔を合わせる機会があった。


「貴女がローレシアさんの侍女さんですね」

「は、はい、サニタと申します」

「あぁ、私は平民上りですから、そんなに畏まらなくても良いですよ。何か困ったことがあったら、気軽に声を掛けて下さい」

「は、はい!」


 ローレシアは普通だと言っていたが、サニタにとってヤ―セルは普通の領主ではなかった。

 これまでローレシアと共に訪れた家では、当主に声を掛けられる事など無かった。


 ローレシアに尊大な態度をとっていた者は勿論だが、ローレシアに媚びへつらっていた者でさえも使用人であるサニタにはぞんざいな態度で、自分から話し掛けて来ることなど一度も無かった。

 夕食後、ローレシアが部屋に戻ると、そこにはせっせと荷ほどきをするサニタの姿があった。


「どうした、サニタ。荷ほどきは終わったのではなかったのか?」

「はい、先程までに終わらせたのは、とりあえずの分だけですので……」

「そうか、私もここには長く……何事だ!」


 ローレシアがサニタと話をしている最中、突然窓の外が紅蓮の炎によって照らされた。

 慌てて窓辺へと駆け寄ったローレシアが見たのは、屋敷の庭から竜のごとく夜空へと駆け上っていく炎の帯だった。


 ローレシアが呆然と空を見上げていると、再び庭から炎が噴き上がった。

 炎が照らし出す庭には、ヤ―セルの姿がある。


 ローレシアが見守る中で、ヤ―セルは三度炎の魔法を発動させた。


「お、お嬢様、これは?」

「ヤーセル様の魔法のようだ」

「えっ、これをお一人で?」

「うむ、凄まじい魔力だが、これは領主の行動としては見過ごせぬ」


 ローレシアは部屋を飛び出すと、速足で庭へと向かった。


「ヤーセル様、何を考えておられるのだ」

「あぁ、ローレシアさん、驚かせてしまいましたか」

「確かに、これほどの威力の魔法をお一人で放てるのは驚きですが、領主たる者、常に有事に備えなければなりませぬ。一度だけならいざ知らず、三度もそのような魔法を放っては、今すぐ敵と戦うことになったらどうするのです」

「それは……魔法で対処するしかありませんね」

「その魔法を放つ魔力が無ければ話になりませぬぞ」

「あぁ、そういう意味でしたか。大丈夫ですよ、さっき程度の魔法なら、まだ十発以上撃てますし、威力を絞れば更に多くの魔法を発動出来ますから」

「なっ、さっきの魔法を十発以上ですと?」

「はい、私はちょっと厄介な体質なもので……」


 屋敷の中に戻り、ヤ―セルの抱える事情を聞かされ、ローレシアは宰相ユド・ランジャールの意図を悟った。

 確かに、攻撃魔法の使い手としてはヤーセルは最強と言っても間違いないだろう。


 ただし、近接戦闘においては凡庸と言わざるを得ない。

 そこで『剛腕令嬢』ことローレシアの出番という訳だ。


 攻撃魔法最強の伯爵に、近接戦闘最強クラスの嫁。

 家と家、家と国家の繋がりだけでなく、個人の能力までも考えた縁談という訳だ。


 ローレシアの推察を聞いて、ヤ―セルも大きく頷いた。


「それで、私はローレシアさんのお眼鏡に叶いましたか?」

「はい、不束者では御座いますが、よろしくお願いいたします」


 かくして、バットゥーダ伯爵家とノルデベルド伯爵家の縁組は整い、両家は後々フルメリンタの北と南を固める名家として名をはせていくこととなる。

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