第128話 新年の会合
一月一日、王城の大広間にはフルメリンタの貴族が勢揃いしていた。
家長か、それに順ずる者が出席して、王との謁見をするのがフルメリンタの習わしだそうだ。
大広間は平らな部屋ではなく、劇場のように傾斜が付けられ、独立した座席が設けられている。
広さは高校の教室二つ分ぐらいだろう。
玉座の据えられた演壇に近い席ほど位の高い貴族だそうで、名誉侯爵なんて地位を貰ってしまった俺は、随分と前の方の席に座らされた。
というか、この席には昨年まで座っていた人がいるはずで、その人を追い落とした格好になっている気がするのだが……変な恨みとか買っていないと良いが、たぶん無理だろうな。
貴族の代表者が全員顔を揃えたところで、国王レンテリオが演壇に上がった。
出席した貴族は全員が立ち上がり、右手を左胸に当て、左膝を突いて頭を下げる。
「皆、息災で新しい年を迎えることができた、重畳である」
「今年もフルメリンタの繁栄に力を尽くします」
国王の言葉に全員で言葉を返して新年の挨拶は終わり、酒を満たした小ぶりのカップが配られた。
国王も貴族達と同じカップを右手で掲げる。
「フルメリンタの繁栄に!」
「フルメリンタの繁栄に!」
全員が唱和した後、カップの酒を一息に飲み干す。
俺は酒については全く分からないが、喉から胃袋までがカーっと熱くなる強い酒だった。
王が玉座に腰を下ろし、貴族たちも椅子に腰かけると、新たな酒と簡単な肴が配られた。
これから国王の訓示があるらしい。
国王レンテリオは二杯目の酒を少し飲んだ後で、おもむろに口を開いた。
「昨年は、ユーレフェルトの不意打ちに、ワイバーンの渡り、実に騒がしい年ではあったが、終わってみれば長年の懸案であった中州を我が国のものだと認めさせることができた。犠牲も少なくなかったが、全体で考えれば悪い年ではなかった」
ユーレフェルトと争っていた中洲の領有権を正式に認めさせたことは、フルメリンタとしても大きな出来事であった。
集まった貴族たちも口々に王の功績を称えている。
「中州からユーレフェルトの連中を追い出せたことは、本当に喜ばしいことだ」
「これも日頃から備えを欠かさなかったレンテリオ様のおかげだ」
だが、そうした賞賛の声を聞いてもレンテリオの表情はむしろ厳しさを増したように見えた。
「中州を全て我が国のものと出来たことは喜ばしいが、一時ではあるが我々はユーレフェルト国内まで攻め入っていた。もし、我々に更なる備えがあれば、ユーレフェルトを切り取って我が国のものとしていたであろう」
実際、フルメリンタの軍勢は一時的とは言えエーベルヴァイン領の半分ほどを占領下に置いていたらしい。
だが、ユーレフェルト国内まで攻め入り、かつ占領地を維持するほどの備えが無かったために講和を結んで撤退している。
「我々は備えが足りずに占領地を手放すことになったが、代わりに得難い人材を獲得することができた。ワイバーン殺しの英雄、ユート・キリカゼ卿だ」
この場で紹介されるとは聞いていなかったので面食らってしまったが、初対面の人も少なくなかったので、席を立ってフルメリンタ式のお辞儀をしておいた。
「皆も知っているとは思うが、キリカゼ卿はワイバーン殺しの英雄であるだけでなく、蒼闇の呪いの痣を取り除く技術を持っている」
痣を除去する施術の話が出ると、既に娘が俺の施術を受けた貴族が近くの者に自慢げに話を始めた。
「うちの娘を施術していただいたが、本当に綺麗さっぱり消してもらえた。何の痛みも無く、何の痕跡も残さず、最初から無かったように白い肌が戻ってきたのだ」
「うちの娘も、春までには施術してもらえることになっている」
「費用はどの程度なのだ?」
「あの仕上がりを見れば、いくら払っても安いと思うぞ」
ざわざわとした話が広がる様子を見ていた国王レンテリオは、カップに残った酒を飲み干し、また話し始めた。
「キリカゼ卿には、隣国カルマダーレからも希望者にも施術を行ってもらっている。既にオーグレン公爵家の息女も施術を受け、満足して帰国している。今後もカルマダーレからは貴族の子女が施術を受けに来る予定だ。これによって、フルメリンタとカルマダーレの友好関係は更に強固なものとなるであろう」
「おぉぉ、カルマダーレとの友好関係が強化できれば、その分ユーレフェルトへの備えを厚くできますな」」
「その通りだ。知っての通り、ユーレフェルトでは次期国王の座を巡って争いが続き、遂には第一王子アルベリクが殺される事態が起こっている。第二王子ベルノルトは暗愚という評判で、ベルノルトが国王になるのを阻止するために第二王女ブリジットが王位争いに名乗りを上げたらしい。ユーレフェルトは例え次の王が決まったとしても、簡単には目を離せない」
レンテリオはメイドさんが注ぎ足した酒をグッと喉へと流し込み、ふーっと大きく息を吐いた。
「ユーレフェルトから目が離せない以上、カルマダーレとの友好関係は、これまで以上に重要となってくる。それに、キリカゼ卿は痣を取り除く施術だけでなく、軸受けや算盤などの新しい技術を伝えてくれた。既にキリカゼ卿の話を基に新しい製品が作られ、こちらも大きな成果を出しつつある。そうした新しい製品はフルメリンタ国内に留まらず、周辺国へと輸出することで、更なる利益を生んでくれるだろう」
ベアリングとか算盤は情報を提供しただけで、実際に作り上げて実用化を進めているのはフルメリンタの職人たちだ。
集まった貴族達からも口々に賞賛されるのは、手柄を横取りしているようで面はゆい。
「今年は、ユーレフェルトで何らかの動きがあるだろう。一部の民衆が反乱を企てているという噂もある。いつ事が起こっても狼狽えぬように、皆も心しておいてほしい」
「はっ!」
最後に再びカップを掲げてフルメリンタの繁栄を祈り、新年の会合は終わりを告げた。
俺は会合が終わった後も、それまで面識の無かった貴族達に囲まれて挨拶を繰り返す羽目になった。
昨年の暮れからあちこちのパーティーに招待され、多くの貴族と挨拶を交わしたのだが、正直半分も名前を憶えていない。
特徴的な髪形とか体型をしていれば覚えられるのだが、普通のオッサンにしか見えない人などは自己紹介をされても覚えきれない。
逆に向こうは新入りの若造を一人追加で覚えるだけだから、殆どの人に顔も名前も憶えられている状態だ。
当分の間は、失礼を重ねることになりそうだ。
貴族たちは、会合の後も互いの家を訪問したりパーティーを開いたりするようだ。
俺にもあちこちから声が掛かったのだが、正直言うと家に戻ってアラセリとイチャイチャしていたい。
どうやって断わろうかと悩んでいたら、宰相のユド・ランジャールに声を掛けられた。
「申し訳ございませんキリカゼ卿、少しお時間をいただけますか?」
「えぇ、構いませんよ。すみません、ちょっと失礼いたします」
俺のところに集まってきていた貴族達に断りを入れて、ユドに案内されて別室へと移動した。
「キリカゼ卿、酒とお茶、どちらになさいますか?」
「お茶をお願いします。酒は飲み慣れていないもので……」
「承知いたしました」
会合では二杯飲んだだけなのだが、少し足下がフワフワしている。
メイドさんが淹れてくれた熱いお茶を味わうと、少し頭がスッキリした。
「それで、何の御用でしょう?」
「はい、実はキリカゼ卿のご学友、カズミ・ウンノとの接触を試みています」
「手紙は渡せたのでしょうか?」
少し前にユドから申し出があって、新たに海野さん宛の手紙を書いた。
文字は日本語で、内容は俺の近況を伝える当たり障りのないものだ。
「分かりません。第一王子アルベリクが殺害されてから王城の警備が大幅に強化されて、我々の手の者が入り込めなくなりました」
「それでは、どうやって接触を試みたんですか?」
「カズミ・ウンノと他二名は、年末年始を第一王子派の貴族の領地で過ごすことになったそうです」
「なるほど、その領地で接触を試みたんですね?」
「その予定だという報告は届きましたが、その後どうなったのか迄は分かっておりません」
「そうですか、海野さん達は無事なんですよね?」
「えぇ、色々な伝手を使って調べた限りでは、王城内では優遇されているようです」
見違えるほどに肌年齢を若返らせる海野さんのエステは、ユーレフェルトの貴族の女性にとっては他に替えの利かない存在だ。
第一王子派、第二王子派のどちらからも重要視されているはずだから、彼女たちが厳しい生活を強いられる可能性は低い。
「では、その貴族の領地にも招待されて行くんですかね?」
「そのようです。それとユーレフェルトの王都は、服喪期間なので祝い事は敬遠されているようです」
「招待された貴族の領地では、王都ほど厳格に喪に服さないってことですか」
「三人が招待されたオルネラス侯爵領は、ユーレフェルトの南方に位置する交易の街です。交易船に乗って寄港した船の乗組員などは、新年を祝いたいと思うでしょうし、実際に祝うでしょう」
さては、菊井さんあたりが退屈を持て余して、それなら王都以外の街に行こうと海野さんか蓮沼さんがエステの常連に頼んだのだろう。
「三人をそのままフルメリンタに連れて来ることは可能でしょうか?」
「残念ですが、そこまでの準備を調える時間的な余裕がありませんでした」
「では、今回は接触だけ……ですか?」
「はい、それと王都での連絡方法の確立が目的です。海路でフルメリンタへ向かう方法が使えるので場所としては良いのですが、船を手配出来ていません」
「そうか、船で国境を越えるという手もあるのですね」
「はい、ユーレフェルトの東側で騒動が起こった場合には、むしろ船で移動したほうが安全でしょう」
先程の会合でも話題になっていたが、どうもレンテリオやユドはユーレフェルトとの再戦を前提に動いているようにみえる。
それを指摘すると、ユドはアッサリと認めた。
「昨年の戦は、ベルノルトを支持する者達が引き起こした戦です。彼らが次期国王として実権を握れば、間違いなく自分達の失敗を挽回しようとするはずです」
「でも、中州はフルメリンタのものと認めて講和したんですよね?」
「そうですが、それこそが彼らの汚点で、無かったことにしようとするはずです」
そんな馬鹿な……と言いかけたが、第二王子派の連中に俺達の常識なんか通用しない。
むしろユド達のように備えるのが正しいのだろう。
「戦が始まるのは、いつ頃になりそうですか?」
「分かりませんが、陛下も私も、いつ勃発しても良いように準備は進めています」
油断の欠片も見当たらないユドの姿勢を目の当たりにして、酒の酔いも正月気分も吹き飛んだ気がした。
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